181話:余計なことをした
ドッゴワァアアアン! と大地が揺れ空気が震えた。私は盛大に「まじっくあろー」をぶっ放したのである。ふぅ。すっきり。
「ららぁ!?」
「これで問題解決したんだからいいじゃん」
――ティンクス帝国の田舎の旅の途中。のどかな畑が続く中、私たちの旅は一人の村長によって止められた。
「こんの先は、うんたらかんたらはらほれ牛がなんたらほにゃららほほいのほい」
こくり。私は目を閉じてうなずいた。私がテーナから最低限習ったのはティンクス帝国での古い綺麗な言葉だ。少しだけ単語は聞き取れたが、田舎言葉すぎてほとんど意味がわからなかった。しかしその様子からして、どうやら牛の魔獣が出るから危険だと言っているように思う。
「それでは、違う道で行こうか」
テーナは簡単なティンクス語で私に話しかけた。私はふるふると首を横に振った。
「うじゃらめじゃらほんじゃらでごわす」
「え? なんて?」
「じゃけん道はぐにゃらぽんぽこぺっぺろぺーでごわす!」
どうやら私が聞きかじりで覚えたティンクス語はなまりすぎて、テーナにすら伝わらないらしい。仕方がないので髪の毛でテーナの頭に有線接続をする。きゅぽっ。
「(遠回りってどのくらい?)」
「(そうね……。協力者のいないルートとなるなら二ヶ月遅れってとこかしら)」
「(それは遅すぎるし、別のリスクも高い。ならば予定は変えずに進むべきだろう)」
念話中にひそひそ話のふりを始めた私たちを、村長は片眉を下げ片眉を上げて見つめていた。めっちゃ怪しまれている。
「牛、ぶっ殺すでごわす!」
「ええと、ご忠告感謝いたしますが、待ち合わせがございますので、我々は道は変えずに進みます」
すると村長のおじいちゃん両眉がきゅぴーんと上がった。
「んだら、牛がらぱんすとびりばりひきさきろしゅつせいへきじゃ」
ふむ。変な空耳にしか聞こえない。テーナが思念で「(牛の魔獣を怒らせるな。儂らの村に迷惑をかけないでくれ、と言ってます)」と翻訳してくれた。
村で村長の屋敷に一晩泊まらせて頂いた。一応村では極上の部屋とベッドだ。なんたって新品な綿が詰めてある。なんとこのふかふかの布団は、冬の行商人を泊めたお礼に、「高貴な方も満足して頂ける布団」に貰ったものらしい。行商人が言うには、万が一のために一室にそのような備えをしておくことが必要と説いたらしい。うむ。確実にテーナの仲間の仕込みだ。この先も不自然に私のためにふかふかベッドが用意されているのだろう。
「まあ精霊姫を藁の寝床で寝かせられないから」
そう言ってテーナは私の布団に潜り込んできた。なんだよ。同衾するつもりはないんだけど。私は布団をぐいと引っ張った。
「なんでよ。精霊姫はいつも女の子に抱きついて寝てるんでしょ」
でもなあ。テーナはちょっと違うんだよなあ……。なんかこう、抱きたいっていうタイプじゃないっていうか……。いやらしい意味じゃなくてね?
「ベッドは一つなんだから。テーナはそこの汚い毛布に包んで寝ろっていうつもり?」
うーん。しょうがないにゃあ。まだまだ肌寒いし、一緒に寝た方が暖かいか。
……テーナはちょっと土とうんこ臭かった。服に田舎の香水の臭いが染み付いてしまったのかもしれない。つまり私の服も……。そして新品の布団が……。
私は考えることを止めた。
一夜明けた。まだ外は暗い。朝一に犬の吠える声と鶏の鳴き声で起こされた。だから犬は嫌いなんだ。鶏は卵を生むから許す。
朝飯はめっちゃ田舎臭いの食事であったが、村人総出で用意されたもてなしなことは伝わった。とにかく量が多い。さらにあれ食えこれ食えと勧めてくる。わたくし、これでもお姫様なので田舎の青臭い野草は食べられなくてよ? うっわーなにこれ野蒜みたいなのがある。なつかしー。味噌で食べたーい。もぐもぐ。
「こちらの牛乳も搾りたてでさあ!」
私はテーナと有線接続し続けることで、同時翻訳させることに成功していた。
それはそうとして、搾りたての牛乳かあ……。ちらり。私は勧めてきたおっちゃんの風貌を眺めた。衛生観念なさそー……!
私は恐る恐る木のコップに入った牛乳をちびっと口にした。こ、これは……。濃厚な味と乳の香り! うぐっ! 臭すぎる! 搾りたてがおいし~と食レポする都会人は絶対に嘘だ。牛乳なんてものは加工してこそなのだ。ほんのりうんこ臭いし。これ絶対お腹痛くなるやつ。私はそれ以上飲むのを止めた。
朝食はほどほどにして、保存が効く食べ物は包んでもらった。やっぱ旅にはビーフジャーキーが最強である。むぎゅむぎゅくちゃくちゃ。私はジャーキーを加えながら村に別れを告げる。
ぽっかぽぽっかぽ道を征く。
なだらかな丘に囲まれたのどかな田舎道。世界も国も時代も変わってもこういう景色は代わり映えしないものだなとため息が出る。田舎の景色で興奮するほど都会育ちではなかった。
それにしても人通りが少ない気がする。牛の魔獣のせいだろうか。私は警戒しながら進む。警戒しなくても見えた。でかい。まるでジュラ紀風SFゲームの巨大恐竜のようであった。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!
「ブモォォォオオオオオ!!!」
まだ距離があるというのに、牛の鳴き声で空気がぶるぁと震えた。
「いやあ、こりゃまずいっすなー」
「いいや、アレはまだこっちに気づいていない。殺れる」
「まじで? テーナは手を貸さないわよ」
言われなくても頼るつもりはない。私の魔法はジャイアントキリング向けなのだ。ちゃきん。私はこぶし大の魔法結晶をバッグから取り出して掲げた。そして――。
「やりすぎちゃった」
「目立ちすぎよぉ!? この先どうすんのぉ!?」
そうは言われても。プロスパイのテーナがなんとかしてくれる。大丈夫。私は信じてる。
テーナはぶつぶつと一人呟いている。
「確実に空を貫く虹色の光は遠所からも確認されているはず……。ごまかしは無理……。いっそこの成果を手土産にしたほうが……」
プロスパイのテーナがなんとかしてくれそうだ。大丈夫。私は信じてる。