18話:お月見
秋となった。
変わらぬ穏やかで平和な日々が続いていたが、その日は人の出入りが激しく、メイドたちも慌ただしくなっていた。何が行われるのかというと、お月見である。
エイジス教は月を崇める宗教なので、お月見文化が存在していた。それが秋なのは収穫祭でもあるからであろう。
私たち幼女たちは、使用人のような服を着て、頭に三角巾をし、エプロンを装着。ずんずん、とんとん、くちゅくちゅ、ねちねちと塩湯でしたじゃがいもをすり潰していた。もちろん、姫たちは普段は料理なんてしないし、させてくれない。そもそも幼女だし。何気なしに私が「お団子作りたい」と言ったら、ロアーネが「なんですか、また太陽の国の文化ですか?」という話になり説明したところ、「アナもやりたい!」と言い出して、リルフィも巻き込んでお団子作りとなったのであった。
しかしお団子作りと言ってももち米がない。
それならば小麦粉を練ってパンを作るかと言えば、この日はピザ生地みたいなパンを何枚も作って重ねてドーム状にし、それに蜂蜜をかけるという料理が出てくるので、さらに団子パンを作ってもパンづくしになるだけだ。
そこでじゃがいもでお団子を作ることにしたのだ。
中には砂糖で煮た豆を入れる……と説明したら侍女リアとロアーネの二人から反対された。元のお団子はそうするというだけで、あんこを作るのはさすがに無理なのはわかってる。
なので中にはチーズを入れることにした。
チーズの塊から、チーズをこそぎ取るやつでしこしこ削っていたら、シリアナがやりたいと袖を引っ張ってきたので代わってあげた。楽しそうなのは良いけど、めちゃくちゃチーズが飛び散っている。
潰した芋を手のひらサイズにして、削ったチーズを乗せて包み込む。シリアナの手が止まり、それをじっと見つめていた。うん。チーズ削るより成形の方が楽しいよね。
ポテトマッシャーリルフィがチーズスラッシャーリルフィへと変わる。地味な作業を続けさせてすまない。シリアナの作業のチーズの量が大雑把すぎて、そのため包む芋の量が増え、どんどん巨大な塊になっていくので隣で見ていないといけないのだ……。
チーズも十分量になったところでリルフィも芋団子作りに参加し、三人でこねこねする。
三人で一番上手だったのはリルフィだった。良いお嫁さんになるで。私がそういうと「えへへ」とはにかんで笑った。かわいいなぁ。よし、おっちゃんが嫁にもらっちゃる。
シリアナが「私はー?」と聞いてきたので、もちろん「良い王妃になれる」と言っておいた。うん。喜んでいたから間違いない。王妃は料理なんてしないからね。そっちの方が良い。
さて。お団子の成形ができたところで、焼くのと味付けは料理人に任せる。きっといい感じに仕上げてくれるだろう。シンプルな味付けでお願いと頼んでおいた。メイン料理が蜂蜜パンだからね……。
街の喧騒が風にのって微かに聞こえてくる。街でもお月見祭りを楽しんでいるのだろう。祭りと言っても夜に街ごと馬鹿騒ぎするようなことはないが、家の前で月を見ながら酒を呑み祈りを捧げればご近所さんと投合し声も大きくなる。
宮殿では食事を取り、東から昇ったまん丸お月さまを拝んで終わりなだけであったが、ロアーネから「太陽の国でのお月見はどのようなものでしょうか」と聞かれ、「稲穂を飾ってお外でお団子を捧げてみんなで食べる」と答えたら、日本式お月見が行われた。
外にテーブルが用意され、銀の皿の上にチーズ入りじゃがいも団子を並べて重ね、その脇には稲穂が飾られ、白に金刺繍の祭事服のロアーネがハリセンを振るい、満月に向かって月の女神へ感謝の祈りを捧げた。その光景を見ながら、私たちはじゃがいも団子をもぐもぐ食べている。
なんだこれ……。
だけどみんな楽しんでいるようなので、おっさんの日本人としての感覚が混乱を引き起こしているだけで、おかしい光景ではないようだ。ハリセンがツッコミ道具のハリセンにしか見えないのもそのせいなだけで、神事に使われるものなのだろう。神道だって白い紙を付けた木の枝振ってるの、冷静に見ればなんだこれって思うし。ハリセンについては後から聞いたところ、本来は月の女神の美しさを讃えた一節を記した木簡を祈りながら振っていたらしいのだが、時代の変化で紙へと変わったらしい。
「おだんごおいちー!」
「美味しいです。お姉さま」
とりあえず、チーズ入り団子が美味しくできて良かった。
私たちはタルト兄様の元へ突撃した。
「これ、私たちがこねた。タルト美味しい?」
「ああ」
なんかタルト兄様が不機嫌だ。ほっぺつんつん。反応が薄いので、タルトの手の団子を奪い取ってぱくっと食べた。
どうやら団子作りに誘われなかったので拗ねているらしい。しかしなぁ。タルト兄様は次期当主である。実質ナンバー2である。ぷにぷに幼女たちならいざ知らず、その立場の方を調理場に連れてしかも作業させるとは、と兄様の侍女に言われてしまった。いやまあそりゃそうだよね。
タルト兄様も自分の立場がわかっているから、わがままを言わないのだ。だからただ拗ねているのだ。
「タルトは、団子作るより、大事なことある」
「わかってるよ」
「ここを、机と椅子を準備したの偉い。タルトの仕事。褒めてつかわす」
「なんか偉そうだな」
「ぴゃっ!」
もちもちほっぺを抓まれた。「これ団子と違う」と文句を言ったら、「おかしいな。ここにおれの団子があったはずだが」と返された。もう飲み込んだからないよ。
タルト兄様の八歳の誕生日が過ぎた。
タルトのお勉強の時間が増え、一緒に遊ぶ時間は減っていった。
アスフォート遊びもパパが怪我をした日から行っていない。騎士団ごっこも減ってしまった。
幼女ズたちは歳が近いこともあっていつも一緒にいるので、それを見ると寂しくもなるのだろう。
タルト兄様はじゃれ付くように私に抱きついた。そして私の耳元で囁いた。
「魔法を教えてくれないか」
「へ?」
タルト兄様の、私の肩を掴む力が強くなる。
「おれは、月の民ではないかもしれない」
「ん?」
私は小首を傾げ、空を見上げ、満月が視界に映った。
そして視界を下ろすと、タルトは下唇を噛んで私を睨んでいた。だが、その顔は敵意や嫉妬などではない。んん?
「なんでもない」
そして背中を向けて去っていってしまって、私はその場に残された。
私は今、彼に何か声をかけないといけないと感じた。
「タルト団長! 剣は民のためにあり!」
タルトは一瞬立ち止まり、そして宮殿の中へ戻ってしまった。
眠かったのかな。私も眠くなってきた。こういう時は侍女リアにくっついていれば、寝落ちしても大丈夫なのだ。すぅ……。