179話:星降の月
エイジス教圏での暦の月は13ある。ひと月は30日で、最後の月は4〜5日。それが年越しの月であり、冬の終わりとなる。ようするに、旧正月だけの月があり、そこで閏年が調整されている。それが星降の月。新年と誕生日を祝う月。月から人の子の魂(厳密にはエイジス教には魂の概念はなく、人となる精体が胎内に宿るとされている。まあほぼ魂みたいなものなので、魂と私は脳内で解釈している)が降りてくるされている。今でこそ満年齢は出産日となったが、誕生日が祝られないのはそのためだ。誕生日とは年に一回まとめて月に感謝する日なのであった。
とはいえ、お月見や精霊姫祭と違って子どもはこれといって楽しみはない。楽しみといったら深夜に流星群が見られることだが、子どもはその前に寝かせつけられる。むしろ子どもが流星群を見ると不幸が起きるだの、怪我をするだのと脅される。いや実際に隕石が降る時期なので本当に危なかったりする。
またそれとは別の理由もある。子どもが宿る月……つまり夜は大人の時間なのだ。まあ、古今東西お祭りといったら男女が出会い交わる風習があるものだ。すごくわかりやすくいうと……街は日本におけるクリスマスの雰囲気となる。
そして今年は私が安易に言った電飾、いや魔灯飾によって街はカラフルな光に包まれたのであった。精霊姫教に鞍替えした元エイジス教ペタンコ神官たちが「精霊姫様から神の国の年越しを伝えてくださりました」と話していた。微妙に違う……いやだいぶ違う……。日本でも年越しは電飾キラキラはしない……。私はこくりとうなずいた。
キラキラの街の中を、翼ライオンに乗ってぬっこぬっこと進む。妹シリアナも熊人の熊さんに乗ってくっまくっまと進む。熊さんは遊びに……いやオルビリアの視察に来てくれたのだ。魔灯飾の開発には錬金術師の方々が一枚噛んでいた。──月のない森に草原犬人族が移住して犬人の町フライモグモグを作る支援のついでに交流ができた。錬金術師の長アイシアの頭を頭をくちゅくちゅして精霊姫教に洗脳したせいで狂信者になってしまった。そのためなんでも言うことをホイホイ聞いてくれるようになってしまったのだ。しかし彼女の性格からして裏がありそうで怖い。まあしかし、ちょこちょこ彼の地を汚染していた魔黒炭を魔力で無理やり浄化させていったので、私は錬金術師の信頼を得ていたのも間違いではない。そうじゃなきゃ漏らし損だ。
「テリステラーテリステラーテリカルタリー」
熊さんに肩車されたシリアナがごきげんに歌う。すると熊さんは「おや? ティンクス帝国の歌だすか?」と反応した。シリアナは「違うよーララが作ったんだよー」と返した。
ギクリ。メロディはきらきら星である。てぃんこーてぃんこーりとるすたーは英語の歌ではないのか……?
「土地柄、西の麓の町ではティンクス帝国の流行りも入ってくるだす。ララ、精霊姫が作った歌が回り回ったのかもしれないだすな」
いや……おそらく原曲がフランス……ティンクス帝国なのだろう。私はパクリ作者となった。こういう時はパクリを認めてしまう方が傷が少ない。
「マヨネーズの人から教わった」
私は、ティンクスのさらに西の国のスパルマ共和国からやってきた天使マヨネーズ食品のカルラスに責任を被せた。完璧な偽証である。
「ララ、自分で作ったって言ってたよ?」
「言ってないもん」
「言ったー!」
いつものようにくだらないことで姉妹喧嘩が始まりかけて、熊さんが慌てだす。この熊さんは子ども好きのようだ。少なくとも少女好きのようだ。少女好きの熊さん……危なすぎる響きだ。
「そんなことより新商品のはちみつパイ食べようよ」
「あーごまかしたー」
「ごまかしてないもん」
口喧嘩で妹のシリアナに勝てない。シリアナは幼女だからだ。いや、見た目的にはもはや明らかに私の方が幼女……。おかしい……。子どもの頃から魔法を使い続けると成長が止まるはず……。すでにシリアナはおっぱいぽいんとなっていた。ぺたんこ組は私とリルフィだけである。ソルティアちゃんは少々あり、カンバは多少ある。シリアナはすでにその次になるほどのぽよんであった。
さて。駅へ向かうとさらに街は活気づいていた。新区域で綺麗にレンガ模様で舗装された道に、新たしい建物が並び立つ。そんな新都会に、薄汚れた商売人が道端で勝手に露店を開いている。これに関しては「店舗の邪魔してなきゃいいんじゃね?」と精霊教として許可を出した。ただし祭りの期間だけである。
「だーいじゅ! だいじゅだーいじゅ! 福は内ー!」
巨大乾燥大豆を粉にして練って丸く固めて焼いたものが、練り歩く神官たちによって空へ向けて撒かれていく。新年の祝いと節分がうっかり混じってしまった。ついでに女性から男性にチョコレートを贈るのが流行っているらしい。完全に文化侵略である。私のせいじゃないもん。ぷいっ。私は見て見ぬふりをした。
駅で多くの人に出迎えられ、金色のネコラル列車の専用車両に乗り込んだ。護衛とメイドさんがそれに続く。行き先は隣の猫人の町。馬車で遠出する距離の町はいまや列車で10分となった。
わざわざ新年に向かった理由は、一応私が猫人の町の領主だからである。領主というか管理責任者? 実質的な管理者……支配者は猫人の王ヌアナクスだが。
猫人の町に降り立つ。その駅の構内では、多数の猫人が殴り合いしていた。床には空き瓶が転がっている。こいつら……新年の祝いに浮かれてマクナムをキめやがったな!?
私もその酒気……いや、マクナム気におってあらまがふにゃふにゃしてきら。
らいりょーぶ。いくます!
わらしは、止めようとしれきら、護衛のお兄さんを、髪の毛でぶっ飛ばし、猫人の乱闘に闖入した。
「わちに勝てるやつ、おりゅうんぬ!? いにぇえよなあ!?」
襲いかかる猫人をばったばったと髪の毛で殴り倒し、私は雄叫びを上げた。そこへ転がった猫人と私ごとまとめて水魔法の激流に流し込まれた。ごぽぽぽぽ。
ぐっ。こんな日にこんなとこにも刺客が!? 護衛やメイドは厳選されていたはず……!
「ララー。目を覚まして!」
シリアナ、お前だったのか……私の敵は……。
ぶるぶると頭を振った私の背後に巨体の影が立つ。私のフードの首根っこが掴まれ、私はぷらーんとなった。ぐえっ。ちょ。首が締まる。
私は髪の毛を伸ばして巨体に巻き付き、その肩に乗った。
なんだヌアナクスじゃあないか。
「あーあ。出迎えの者どもはどーしちまったんぬぁ、こりゃあ」
「マクナムで酔ってたよ」
「こんのアホ共めが!」
ヌアナクスの横に立つ猫執事が「姫様を護衛するために腕利きを用意したのですがぬう」と言っていた。だからこうなった。猫人の知能と武力はおおよそ反比例する。
そして周囲の倒れていた猫人は、激昂しているのが猫人の王ヌアナクスと気がつくと、ぴょいんと立ち上がりしゅたっと立ち上がり尻尾をぴーんと張った。そして「あいつが悪いんぬー!」と声が上がり、「なんじゃとゴルァ!」といきり立ち、「ふぎゃぎゃぎゃ」と殴り合いが始まった。
ダメだこりゃ。
私はシリアナを呼んで、水に流した。
「だからシリアナは来ないほうがいいって言ったのに」
「んーん。楽しいよ」
それならいいけど。でも猫人の町の見どころって、さっきみたいな殴り合いをする闘技場と、うんこ畑くらいなんだよなあ。
しかしどうやら今日は闘技場での殴り合いはお休み。どうやら猫人アイドルコンサートが開かれるらしい。なんというサプライズ。なるほど。血気盛んな戦士達が駅で酔って殴り合っていたのも、その場所が取り上げられていたから……。
私たちはそのままコンサート会場となった闘技場へ連れられていく。この間に会食とかなくいきなり連行されるのが猫人らしい。
猫人の町発祥の猫人アイドルグループ、ニャンニャンの22人がコロシアムの舞台に上がった。猫といえばニャンニャン。ニャンニャンと言えば22という安易な発想である。なぜ22なのかは理解してる人はいない。ただアイデアを求められた時に22人のアイドルグループと案を出しただけだ。そうして11人対11人で戦うアイドルグループである。
「ぶっ飛ばせー!」
「コロセー!!」
おおよそアイドルコンサートとは思えない怒号が会場に響く。アイドルたちは歌って踊って殴り合う。これは一体なんなんだ……? しかし猫人たちは盛り上がっている。活動拠点が猫人相手ゆえに変化したアイドルの姿なのだろう。アイドルとはいえ強くなくてはいけない……。プロレスかな?
最後まで立っていた最後のアイドルが両手を上げて「にゃおーん」と叫び、腰に優勝ベルトが撒かれた。そして副賞の肉の山が運ばれてくる。それを見た負けたチームのアイドルたちが悔しそうに「ぐぬぬ」と嘆いた。
ああ。私は気づいた。年越しアイドルバラエティのノリだこれ。過激なタイプの。
そして舞台の汗や血が片付けられていく。
まだ日が高いはずなのに、舞台が闇に染まっていく。これは光魔法……!? 光魔法は明かりを灯すばかりではない。光の遮断もできるようだ。それで作られたのがこの舞台暗転。闇で見えなくなった中から今度は光が放たれた。明るいポップな曲が流れる。
「シロマルにゃん」
「アオタレにゅ」
「オウヒョウだにょ」
「私たち、NLPフォーティーエックスでーっす!」
ガタッ! なんだと!? 私が拾ってアイドルにした子たちであった。あれから4年が経ち、ロリだった子たちは立派に色気あるアイドルになっていた。歌もダンスも熟達している。
しかしここの猫人たちには受けが悪かった。彼女たちのパフォーマンスは人間向けだったのだ。いや、猫人たちにもカルト的な人気はあるのだが、それは人の街に居着いている猫人だ。そうした猫人たちは彼女たちのように体毛が薄く、人の顔に猫耳尻尾といった、人間色の強い猫人だ。この町に住んでいるのはもっと猫要素が強い者が多い。つまり前世でいう、和ゲー猫獣人と、洋ゲー猫獣人の違いだ。
しかし会場は冷めた反応ばかりではない。ニャータウンの猫人の中にも人間社会に詳しい猫人もいるので、会場の席のあちこちでは興奮の声が上がっていた。
「シーロ! シーロ! うぇいうぇい!」
「アオちゃーん! 結婚してー!」
「オウちゃん! 踏んでー!」
おかしいアイドルオタクにも笑顔で応える三人。そしてオープニングが終わり、メインの楽曲へ入った。すると猫人たちがざわめき始めた。聞き耳を立てると、「おい、これ我ぬの故郷の曲だ」「待て、うちの部族の祝いの曲もあった」「いくさじゃあ! 猛ってきたぁ!」と興奮する猫人が現れはじめた。どうやら色んな猫人部族の曲のフレーズをミックスした曲のようだ。
そして会場のボルテージが上がっていく。
「ぶっ倒せー!」
「コロセー!!」
おおよそアイドルコンサートとは思えない怒号が会場に響く。どうやら昂り我慢できなくなった観客が殴り合いを始めたらしい。ダメだこの種族……早くなんとかしないと……。新年のコロシアムの客席。そんな中でマクナムが持ち込まれていないわけがなかった。
「マクナムー。公認猫印のマクナムいかがーっすぬー」
むしろ客席の中で公然と売り回っていた。まあめでたい日だし、多少はね?
あっ。ちょっと良い香りで気持ちよくなってきたんぬ……。ぬああ……。