178話:メイド勉強中でござる
私が妹シリアナ相手の侍女教育を始めて早一ヶ月。シリアナのお世話とかさぞ大変だろうと思ったけれど、そうでもなかった。まあ時々喧嘩はするけど、大抵はシリアナの癇癪が原因だ。触らぬ少女に祟りなし。そうなったシリアナからはそっと離れるしかない。そうしたらそうしたらでシリアナはぐずるのだ。よちよち。
シリアナの心の傷は中々治らなかった。今ではやっと親しい人たちを囲んで庭を散歩できるようになったくらいだ。しかしそれでも庭で使用人を見かけると不機嫌になる。そして私に当たってくるのだ。でもそのくらい元気な方がシリアナらしい。
かつてシリアナは外で激しい運動と魔法を使っていた。それをしなくなったシリアナはとたんに丸くなった。しかし縦にも伸びたので女性らしくなったというか。私より頭一つ大きくなってしまった。私が小さいともいう。んにっんにっ。背伸びしても届かなかった。
「ララちっちゃ」
「むっ」
私は髪の毛を伸ばして身体を浮かせた。ふふんこれで私の勝ちである。シリアナはずると言ってくるけども、髪の毛だって身体の一部だ。「精霊のおかげでしょ」と言われた。うぐ。そのとおりである。私はしゅるりと髪の毛を戻した。
「どうなってんのそれ……」
隣にいたスパテーナがツッコんできた。――テーナは私のメイドさん教育係になった。シリアナは最初「誰そいつ」と反抗を示した。私が「スパイだよ」と言ったら興味津々になった。テーナは「めんどくさ」って顔をしていた。
「わからん」
「わからんて」
なんかシリアナに身長負けたくないって思ったら勝手に伸びた。髪の毛に住み着いた精霊はますます私の意思を勝手に読み取って勝手なことをするようになった。気がつくとテーブルの上の焼き菓子を髪の毛が掴んで口に運んでいたりするのだ。恐ろしいことである。
「ララの魔法ってよくわかんないよねー」
暴走魔法少女がよく言う。最近は暴走させていないが。私でさえ巨大魔力を使う時はお漏らしというリスクがあるというのに、シリアナはやりたい放題である。うっ。脳内ポアーネが私に直接ネタバレをしてくる。私の……漏れ出した魔力を……吸収して……使っている……だと……?
唐突なネタバレロアーネだった。しかしさもありなん。言われてみれば魔力は他者に直接効果を及ぼす。ロアーネは私の魔力と親和性の高いぽぽたろうに魂を移した。私の魔力で翼ライオンが懐いてきた。私の魔力で妊娠したママは体調を崩して弟アルテイルくんがおでこに金色の瞳を持つ子になった。私の魔力でリルフィはおちんちんの付いた美少女になった。最後のは違いますけど。
私はシリアナの顔をぢっと見た。
この暴走魔法少女ができた原因が私であったとは……。
「なによお」
「ちょっと寒くなってきたなあって」
もうすぐ冬がやってくる。
冬は寒い。当たり前だが寒い。そうなると人はどうなるか。家に閉じこもるのだ。そうなるとどうなるか。教育係は私に課題を増やしてくるのだ。
私は寝そべる翼ライオン暖房のお腹の毛の中に顔を埋めた。
「ふええ……もうティンクス語なんて頭に入らないよお……」
「ある程度は魔法語で補えるけど、最低限のグルゴン語を覚えないと困るよ」
そうしたら不思議ちゃん系無口美少女になるしかない。すんっ。私はおすましした。
ティンクス帝国の地域に広く分布していた民族の言語と、クルネス語が混じったのがグルゴン語。別の言語体系とはいえ、同じくクルネス語が混じったべらんめえ田舎言葉のオルバスタのクリン語に近い部分がある。覚えやすく、ティンクス帝国で通じるとはいえ、イメージ的には「ござる」を付けて喋ってる感じでござるよ。不思議ちゃん系無口ござる美少女は新しすぎではござらんか?
「それよりも肝心な潜入方法は問題ないでござるか?」
「検討中よ。まだ根回ししているところだけど、うまくいくかは半々ってとこね」
失敗したらグルゴン語の勉強は無駄になるでござるな。ますますやる気が失せるでござる。
「わちはもう古語だけで良いと思うのじゃがござる」
「ララちゃんはクルネス語もあやしいけど」
なんじゃと!?
ちなみに潜入する時の名前はララちゃんになった。偽名を使う時は慣れているものが良いらしい。ロアーネが魔法学校に入った時みたいに本名がお漏らししまくるからであろう。なのでテーナは私をララちゃん呼びとなった。
……それにしてもティンクス帝国か。地球と同じならば、花の都はうんこの都であろう。パリ症候群になってしまう。いや、もしかしたら首都はすごい都会かもしれんな。
「パリ……? 首都はラパームね。もう何年も帰ってないけど、そんなにすごい都市でもないかな。ベイリア帝国首都リンディロンの方がよほど進んでる。いや、オルビリアの方が上なんじゃないかな」
え? 辺境田舎都市のオルビリアより下……? まさかそんな……。
「それはオルビリアの発展を甘く見すぎでは?」
ふうむ。鉄道もできてオルビリアは著しく大きくなった。人足として猫人の存在も大きい。猫足か。
昔スラム街があった所などとっくに飲み込まれている。駅がやや郊外になったため、むしろ昔ながらの中心街が逆に少し寂れたくらいの勢いだ。オルバスタ侯爵フロレンシア家の敷地。その外に歴史的な趣のある中心街。旧外壁の外の駅前新商店街。さらにそれを覆って急発展する住宅街。そのような様相だ。ちなみにオルビリアの猫人特区は小さいながらも残っている。今では道端にうんこが落ちていることもそんなにない。ままある。まあそこそこある。猫人だし。
「もう勉強終わり! 休憩でござる!」
「あ! ちょっと!」
ぴゅうん。私は部屋から飛び出し、髪の毛で廊下を駆け出した。今では私の蜘蛛モードに驚くメイドさんはそんなにない。ままある。そこそこある。新人メイドさんだ。オルビリア宮殿のメイドさんは厳正な審査がされているが、それでも稀にスパイメイドが混じっていることがあるらしい。どうやらメイドさんはスパイによく使われるようだ。スパイメイドは蜘蛛モードになっている私を攻撃してくる傾向がある。
「くっ! 蜘蛛の魔物!?」
ほらきたいつもの。私は放たれた電撃の魔法を髪の毛で防ぎながら、飛びかかって床に組み伏せた。もはや言い逃れもできないほどの近接パワー系能力者になってしまった。
捕らえた曲者を骨助に渡し、私はリルフィの部屋に駆ける。
「リルフィ! よちよちして!」
「ララ姉さま。またですか?」
私はリルフィの侍女の暗殺者の目を向けられながら、リルフィに飛びかかってベッドに組み伏せた。そして額を擦り付けてすりすりする。
なるほど。私は思った。もしこの世界の人間が年中発情する生物だったら危ないところであった。私はリルフィに癒やされたいだけであり、にゃんにゃんしたいわけではそんなにない。ままある。そこそこある。しまった私は精霊であって人間ではなかった。年中発情する精霊かもしれない。そんな私でも一線を超えることはしない。なぜなら世界から消されてしまう、そんな予感がするのだ。
でも少しだけなら……。
私はリルフィの胸に顔を埋めた。すーはー。もちろん男の娘なのでぺたんこである。すばらしい。しかし男の娘にもおっぱいはあって良いと思う。その計画のために、裏庭にラベンダー畑を作ろうと思う。