174話:問題児
アヒルメスタの治療院。妹シリアナはドレスを脱がされ、個室のベッドに横たわっていた。そしてベッドの側に治療神官、そしてアイシアが立っていた。神官のおばちゃんは頭を振り、私に申し訳無さそうに顔を向けた。
「治療の施しようがありません……」
なんだとこのヤブ神官め! いいから治せと言っているんだ! 血圧が上がった私はふらりと倒れそうになり、ソルティアちゃんが身体を支えた。
神官は続ける。
「そうはおっしゃられましても、すでに治癒魔法がかけられております。わたくしどもがかけたところで、そう、かさぶたを剥ぐようなことになります」
ああ、そういう?
私がかけた魔法は成功していたようだ。
「あとは安静にされていれば……。そうですね、春になる頃には外を歩けるようになるでしょう」
「え!? 半年以上も!?」
ロアーネがパパの腕をくっつけた時はすぐにくっついた。しかしくっついただけで動かせるようになるまで時間がかかっていた。そうか。治癒魔法は外傷はすぐに治るが、中身の回復には時間がかかるのか。人体の自然治癒能力と同じように。
神官の代わりにアイシアが答えた。
「この辺りは黒い塵のせいで魔素が少ないからな」
「なんだそれなら魔力の多いところへ連れていけばいいのか」
しかし神官は頭を振る。
「いえそういうわけには行きません。魔素にも性質がございます。あの鍾乳洞へ運んだ所で精霊姫の魔力と適合するとは限りません。ここから遠くに運ぶリスクより、ここで治療を続けるほうが賢明でしょう」
「そういうことだ」
そういうことなら。
私は熊人ヴァウストに妹シリアナを担がせた。そして鍾乳洞に運ばせる。人けの無いところで寝ているにゃんこも一緒だ。
「熊さんは見てたからわかると思うけど、私はここから転移できる。いい。私と一緒についてきてね」
ウニ助の苗木に手を当てる。すると、にゅぽっとその先へ吸い込まれた。背後でバチンと音を立て、ワープ先で私にシリアナが倒れ込み、私は地面に潰れた。
どうやらヴァウストはワープできなかったようだ。
私の上でシリアナが呻く。白いワンピースのお腹がじんわり赤く染まっていく。どうやら傷が開いてしまったようだ。あわわわ。
「な、治れー!」
私は慌てて魔力を注いだ。今回はにゅるっと魔力が入った。ふう。やっぱ地元の魔力だわー。
どう? 治ったかな?
私はシリアナのワンピースをぴらりとめくった。そしてそこには衝撃の光景が目に映り、私は愕然とした。
「は、生えてる……だと……?」
ちんちんのことではない。おけけのことである。一緒にお風呂に入っているとはいえ、こんな近距離でまじまじと見ていなかったので今まで気が付かなかったが、かすかにそれはにょろっとこんにちはしていた。
私は妹の見てはいけない部分を直視してしまい、罪悪感に襲われる。いやこれは治療だ。だから問題ない。問題なかった。問題ないのじゃ。
そして、肝心のお腹の怪我はというと、塞がっているが、傷痕が残っている。女の子のお腹に傷があるのはまずい。
ここにはあれがあるよー。私は閃いた。
「にゃんこ。ここでシリアナを守ってて」
私はにゃんこの背中にシリアナを乗せて、水辺の岩へ向かった。確かこの辺りにあるはずだ。あった。隠し通路の出口だ。宮殿からの地下通路の出口である。知らないはずの知識が頭の中にあるのは、ロアーネが混ざったせいだろうか。そうだよー。そっかー。
鍵の付いていない四角いマンホールみたいな蓋を無理やり髪の毛で引っ張りあげた。がこん。
暗闇の中の螺旋階段を下っていく。真っ暗だな。
「光の球よ 手のひらより 照らせ」
おお! 手のひらが懐中電灯になった。なるほどな。私は光属性だったのか。ちがうよー。違うんかい!
頭の中で会話をしながら、階段の先の黴臭い通路を進む。そしてつるっと滑った。しかし大丈夫。こけるだろうと見越した髪の毛たちが私を支えてくれた。よし。このまま行くぞ! かささささ。
目的に付いた。ポアポアルームだ。巨大化したポアーネの影響でできたダンジョンである。部屋に詰まったポアポアが「おかえりー」と私を歓迎した。私は「ただいまー」とポアポアの白い毛玉に埋もれる。ままぁ……。
抱きまくらを両腕に抱えたような感覚で目覚めた。私はポアポアに吸収されかけていた。危ない! どうやら私はマザーポアポアと一体化しようとしていたらしい。さもありなん。私はポアーネを吸収したため、この毛玉群と兄弟のようなものだ。
私は心を鬼にして、毛玉の一部をむしり取った。もぎゅん。もいだらぽぽたろうにならないかなと思ったが、それは意思のない毛玉であった。
少し残念に思いつつも、それを手にしてシリアナの元へ帰る。ただいもー。
ぐーすかにゃんごろぴーしてるシリアナのお腹をめくり、毛玉を当てた。ヨシ!
そして私はパンツを脱いだ。
「治れ!」
魔力を全力で注ぐ。毛玉が虹色に煌めく。それをこねこねぺたぺたと傷口に練り込んだ。
これで本当に治るの……? なおるよー。内なるロアーネがそう言うならいいか。
なんか傷痕が虹色のキラキラになってしまったけど。
そうだ。にゃんこも治してあげなきゃ。
治れー。ぎゅっ。
にゃんこはビビクンと立ち上がり、私の腕を噛んだ。うぎゃあ!
かくして。私は再びタルト兄様とパパンに叱られた。なぜじゃ……。そうだ。ポアーネに許可貰えばいいよねと思っていたのに、私はポアーネを吸収してしまったのだ。つまり責任の所在は私にある。
私は大人しくしおらしく、お小言を左耳から右耳へとドライブスルーさせた。
タルト兄様に鞘に入った短剣の先を突き付けられた。
「お前は今後外出禁止な!」
「まずは無事に帰ってきたことを褒めるべき」
「リルフィの侍女から聞いてるぞ。一度帰って来ていたとな」
な! あの殺し屋メイドめ! 余計なことを!
私は観念して起こったことを洗いざらい白状した。
パパンの顔の陰がどんどん濃くなっていく。
「ティンクス帝国を亡ぼすか……」
ふらりと立ち上がったパパンの目はマジであった。落ち着いてパパ!
「かの国に負けぬデザートを用意すれば、ティアラはここを離れないよな」
「お待ち下さい父上! 父上はこいつを甘やかし過ぎです!」
いいや、もっと甘やかしても良いと思うね。私は蜂蜜パンケーキスグリ乗せをもぐもぐした。
そして紅茶でお口を流し、ハンカチでふきふきした。
「パパ。私は覚悟を決めています」
「またなんか言い始めたぞ。やめろよな」
「私を問題児のように言うなタルト」
「まだ問題児の自覚なかったのか」
問題児は私ではない。シリアナである。私は巻き込まれただけだ。いや巻き込んだのか?
「まあまあ。まずは話を聞こうではないか」
「私がティンクス帝国へ行きます」
「ほら! やっぱろくでもないこと言い出した!」
パパはタルトに静かにするように諭した。やーいやーい! タルトも問題児ー!
「それはどうしてだね?」
「ティックチン派の狙いは私です。ならば私がティンクス帝国へゆけば、これ以上オルバスタの民が傷つくことはないでしょう」
そう。私はシュラウド様の言っていた美味しいティンクス料理の話が忘れられなかったのだ。なので家に軟禁させられるのは困るのである。
「……なるほど。考えておこう」
「父上!?」
「わーいやったあ! パパだいすき!」
私はパパに抱きついた。パパはかわいい私にメロメロである。この作戦は成功するであろう。
「ところで侍女はどうしたのだね?」
あっ。ソルティアちゃん置いてきちゃった。迎えに行かなきゃ。




