173話:ボスキャラ
私は急ぎ、そして妹シリアナを揺らさないように、火の手が回っている森を突っ切った。
炎を超えるとソルティアちゃんがおろおろしていたので、本陣へ案内してもらった。
その後、妹シリアナは熊人ヴァウストに担がれてアヒルメスタの町の治療院へ運ばれていった。その後ろを満身創痍のにゃんこがぬっこぬっこと付いていった。
私はアイシアに戦況報告をした。私たちの特攻は失敗だった。刀身を伸ばす白コートの男と、光の屈折で消える弓女。あと火炎放射の男。三人だけは撃破したことを伝えた。
「待て、そいつらのことをよく聞かせてくれ。おい。魔術師目録を持て!」
熊人がひょっこり現れて、アイシアに本を渡した。アイシアは、分厚いハードカバーの本の留め具の、魔導鍵に魔力を込めてバチンと開いた。そしてぱららとページをめくる。
「あったこいつだ。三人とも載っている。大手柄だ」
なるほど。斃した奴らは要注意人物だったわけか。特攻は失敗ではなかった。
アイシアはぱたりと本を閉じて、鍵を戻そうとした。
「そうだ、ちょっと待って。シュランド様っていうのは?」
「シュランドだと!? なぜそいつの名を――」
「呼んだかね」
アイシアが言い終わる前に風がぶわっと吹いた。炎を纏った旋風が降ってきた。その炎は風に乗って周囲を焼いた。あちちち。アイシアが土壁を作り炎を防いだが、熱風が回り込んできた。喉が焼けそう。んっ。んっんっ。
土壁がぼろりと崩れた。くすんだ紫髪の黒服の男が現れた。炎と風使いなのに紫髪とはややこしいな。
「アレらがやられたと聞いてまさかと思い追ってきたが、くくく。精霊姫がこっちに釣れていたとはな」
はい。精霊姫です……。
どうやらボスキャラがこんにちはしてしまったようだ。どうしよー。ぶっ殺せ。
「女の子を付けて来るとは変態め」
私より先にアイシアが変態に攻撃をしかけた。ボスキャラが立っている周辺の地面がぼこっと窪み、石が棘となって窪みから生える。いわゆる魔術版のピットトラップだ!
しかしボスキャラは穴に落ちずに風に乗って浮いていた。
「この程度の魔術罠で私を殺れるとでも?」
アイシアちゃんが「ぐぬぬ」っている間に、さらにその旋風に再び炎が噴いて巻き付いていく。
「精霊姫よ。我らの下へ来い。金髪の皇子ヴァイフはすでに我が手中にある」
「嘘だ!」
リルフィは部屋でお勉強をしていた。いやまさか、あの殺し屋の目のメイドが魔術師側なのか……?
……ん? ヴァイフ?
「我らは真の平和を世界にもたらす事を目標にしている。精霊姫の目的と違わないはずだ」
「何を言っている?」
話がわからん。
私は女の子ハレムを目指している。もちろんリルフィもその中に加える。そしてちやほや人生を送るのだ。なるほど。真の平和とはそういうことか。ティックチン派の奴らもかわいい男の娘を育てる計画があると?
私は彼らの思想に心が動いた。
「とぼけても無駄だ。我と同じく神体コロネレルを目指しているのだろう」
神体コロネレル……ってなんだっけロアーネ。私は私の中のロアーネに尋ねた。おなかすいたー。だめだ。ぽぽたろう化してて役に立たない。私のお腹がぐうと鳴った。
仕方がないので、私は肯定も否定もせず、無口キャラになって男の顔を見つめた。困ったときは大体これでなんとかなる。
「ふん。そういう態度ならわからせてやろう」
おかしい。なんとかならなかった……。
炎はさらに勢いを増し、猛烈な風の酸素供給によって紫色へ変化した。
しゅごおおおってゆってる。どうみてもやばいやつだあれ。どうしよー。ぶっ殺せ。
「さあ……どうす……われを……すか……まの……だ……」
炎が激しすぎて何を言ってるかわからん……。もう殺っちまうか……。隙だらけだし……。
「マジックアロー」
長くなった髪の毛と、浄化されてキラキラしてる大地が有線接続された。私の魔力が手のひらに集中して強く輝く。
ヴァイフ少年のかたき!
しかし私はそれよりも妹シリアナの容体の方が心配であった。集中できなかった魔力は、私の気もそぞろな状態のように、どばっと放射状に発射された。
しっぱいだ! おばかー! お馬鹿じゃないもん……。
私の魔力は紫の炎風を包み込み、炎を青白く変化させた。
火力上がってる!? おばかー! なにやっとるんじゃ! 本当に馬鹿だよ……。
おろおろしながらなんとか謝罪の意を伝えられないか考え始めたところ、超高熱を発した青白い炎は消え去り、風も止んだ。
ボスキャラはバーナー状態の炎から再び姿を現した。火力が高過ぎたのか、紫の髪の毛が焦げてチリチリアフロになってる……。
ふふ。計画通りだな。あついよー。
「我の魔術に過剰な魔力を足して消すとは、なんという発想だ」
ふふんっ。私はチリチリアフロボスキャラに褒められて得意気になった。ボスキャラさんはお喋りが好きらしい。こういう奴は急に用事を思い出して逃げ出したりするものだ。
しかし逃したくはないのだが、今の私はすでにくたくただった。
「そしてなんという無駄な魔力の使い方だ。我々の下へ来れば有意義な使い方を教えてやる」
「ほんと?」
私は、両手を広げた紫アフロのボスキャラに無邪気に近づいた。もちろん振りだ。私は演技が上手い。
「次は何を企んでいる?」
た、企むってなんのこと? 何も企んでなんかいないけどー? ぴゅーぴゅー。私は口笛が上手くなった。
「後ろか?」
ボスキャラは自身の背後へ炎弾を放った。そこには回り込んだソルティアちゃんがいた。ソルティアちゃんはすんでの所で土壁でそれを防ぐ。
「そして私を奇襲するつもりだったか?」
私が髪の毛を使ってぴょいんと飛び跳ねたところへ、ボスキャラは無防備な私に炎弾を放った。私はとっさに髪の毛で丸まってそれを防ぐ。どばんという衝撃が身体に走る。私の勢いは殺され、ぼうんころころと地面を転がった。
なんてこった。自動魔法バリアも発動したが、爆発の衝撃は消せなかったようだ。とっさに髪でガードしたので怪我はない。
「あがいても無駄だ。我と共に来い。そしてこの世の魔物を駆逐し、人類の平和をもたらすのだ」
そう言われてもなあ……。ティックチン派に下るつもりはない。
「悪いけど、三色昼寝付きおやつのプリンなしの生活じゃないと生けられないのでね」
私はきっかりと決別し、両手が塞がっているボスキャラへ止めの一撃をすべく、手を向けた。
「なんだそんなことか?」
「……なに?」
「ティンクス帝国の飯は美味いぞ」
「なっ!?」
私の動揺が見えたのか、ソルティアはとっさに「にゅにゅちゃんダメです!」と叫んだ。
石の雨が止まった。そしてボスキャラは私に向けて手を差し出す。魔法行使ではなく握手の手だ。
「悪いようにはしない。そして皇子も。お前がこの手を握れば、何もかも収まる」
「そんな戯言が」
「もちろん、三食昼寝にアフタヌーンティー毎食デザート付きだ」
「ぐっ……! そうやって私を誘惑する気か!」
私はボスキャラの手を握った。ぎゅっ。だめー! でもさー。それで丸く収まるなら、付いて行ってもよくない? たしかにー。頭の中静かにしろ。
「ようこそ精霊姫。我らと共に素晴らしき人類の未来を築こうではないか」
「離れろ!」
私と紫アフロのシュランド様の間に、地面から土の三角錐がずぎゅるっと生えた。私たちの手は離れ、私は再び地面を転がった。ごろごろ。
「精霊姫はすでにアヒルメスタだ。ティックチンなどには渡さん!」
「私はシュランド様と幸せな生活をするの! 邪魔をしないで!」
アイシアは倒れた私を引き起こし、頭を殴った。何すんだてめえ! 敵はあっちだ!
「正気に戻ったか? 気を抜くな!」
は!? どうやら私は洗脳されていたようだ。危ない危ない。しっかりー。
「よしお前ら! こいつを落とすぞ!」
周囲で私たちの戦闘を見守っていた熊人たちが、一斉にしゃがんで地面に手を当てた。
ボスキャラはそれを排除しようと動こうとするが、先にソルティアが魔法を放った。
「石弾よ雨となれ」
辺り一面に小石が降ってきた。いて。いててて。跳ねた石が私のすねに当たる。なにこれ嫌がらせ?
落石の中心にいるボスキャラは両手で頭を抱えていた。意外と効いてる……。
その隙にアイシアが地面の魔術師目録を踏みつけ、魔法を発動させた。
「冥界の呼び声 罪人の手 光無く散れ」
大地が揺れ、そして裂けた。裂け目から魔力の奔流が空へ噴き出し、ボスキャラを包み込んだ。そしてボスキャラを地の底へ引きずり込んだ。魔力が裂け目に膜を貼り、白くセメントのように固まった。
やったか!?
「ふんっ。そのまま森の糧となれ」
アイシアはかっこつけたが、直後に裂け目から炎が噴出した。炎の中にボスキャラは浮いていた。
やっぱやってないかー。
私の隣で「なん……だと……?」とアイシアは打ち震える。今の一発で限界を迎えたのか、うずくまるように膝を落とした。
それをよそに、ボスキャラは変わらぬ雰囲気で私に問いかけてくる。
「さあ選べ精霊姫。我と共に来るか。それともここで灰となるか」
勝ち目は……ないのか……?
もはや私の魔力はすかすか幼女で、吸い取った魔力も先の一撃で使い果たして髪の長さも戻っていた。
おそらくボスキャラは手加減をしている。奴がその気なら、ソルティアも熊人も無事では済まないだろう。そして町にいるシリアナも……。
もはや三食昼寝にアフタヌーンティー毎食デザート付きを選ぶしかないのではないか。
いや、まだわからないのじゃ。こけおどしかもしれぬ。そうだよー。頭の中がやかましい。
「時間稼ぎは無駄だぞ。我はいつでもこの一帯を燃き尽くせる」
ボスキャラもそう言ってる。
いや待てよ……? それなら最初からそうすればいいのに、なぜ脅す必要がある?
あっ。まさか本当に時間稼ぎしてるのは、こいつの方じゃね? 私のマジックアロー(失敗)が予想以上にダメージを与えてるのではないだろうか。ボスキャラの余裕みたいに見せて、本当は膝がガクガクしてるのでは。頭アフロになってるし。
「ふふん。やれるもんならやってみろ!」
「それが精霊姫の選択か」
ボスキャラの熱風が周囲に襲いかかる。ちりちりと肌が焼けていく。あちちち! 待って話が違う!
いやしかしこの熱風は辺りを焼き尽くすというほどではない。やはりボスキャラは弱っているに違いない。
ならば最後の力を振り絞って、一撃を……!
今のボスキャラは油断しまくり無防備だ。ならば。
「レーザービーム!」
最後の一滴まで絞り出した、指先から高出力の針のような魔力一閃。狙いは心臓の魔法器官。掠れば勝ちだ。
私のレーザービームはボスキャラの胸を貫いた。しかし陽炎のように姿が揺らめく。ボスキャラが足からもやとなり、紫色アフロのみが熱風の中心に映った。
「デザートを用意して待っているぞ」
ボスアフロはしゅぽんと消えた。
クソ! ワープ魔法か! やっぱり逃げられた! やっぱりあいつも限界だったんだ!
疲労と空腹で薄れゆく意識の中、ほらーやっぱり言った通りじゃったろーと内なるのじゃロリが得意気にしていた。
展開悩みすぎて一週間以上かかっちゃった。




