171話:私、絶対に生きて帰ってくるから!
入れねえじゃねえか! あのぽんこつめ!
ぽんこつちあうもん……。私の中の幼女人格が否定する。
唖然としている私はソルティアちゃんに起こされた。お尻の埃をぱぱぱんと叩かれていると、昔から旅の出立の時の挨拶で見かける双子の男が慌てた様子で駆けてきた。確か、パンセとポンセだ。二人は離れたところで警戒しているので、旅の最中は顔を見ないのだが。
「ご報告いたします!」
私は察した。そしてそのとおりであった。
どうやら敵は南西から回り込んで来たらしい。私たちの位置がバレている? すると……。
「おい! そこの見ない顔のやつ! 何者だ!」
私は適当に言った。正直護衛の方々の顔は覚えていない。唯一知ってる近衛団長のおじいちゃんは付いてきてないし。
私の言葉にパンセとポンセはビクッとした。君たち二人じゃないよ。いや、もしかして? 二人がスパイ……?
パンセとポンセの二人は、帽子を目深に被った一人の男へ近づいた。
「そこの。所属はどこだ。名は?」
「帽子を取れ。変な動きはするな」
帽子男は右手で帽子を脱ごうとした。しかしみんなが顔に注目している中で左手をポケットに入れた。
それを見たパンセは叫んだ。
「魔術符だ!」
ポンセは即座に土魔法で石弾を飛ばすが、男は構わず馬車へ駆けた。
「シュランド様バンザイ!」
そして男は取り押さえられる前に自爆した。爆発の規模は大きくないが、馬車の車輪が軸から弾け飛び、傾いた馬車の衝撃で軸が折れ、全ての車輪が外れて馬車だった箱がずどんと土埃を舞い上げた。
「すでに皇子は我らに……くく……」
「にゅにゅちゃん見ちゃだめ!」
ソルティアちゃんが私の目を塞いだ。
目の前でGoreったのに不思議と私の心は落ち着いていた。いや、パニックになって状況判断できていないだけかもしらない。あるいはポアーネが入り込んだ影響か。
「大丈夫。それよりなぜ馬車を狙ったんだろう?」
「逃げるのを遅らせるためじゃないですか?」
そうだろうけど、馬車の馬は外されて休憩中で離れている。爆発には驚いて立ち上がったが怪我はない。私とソルティアちゃんだけなら馬に乗って先に逃げられる。
いや、逆か。そうして孤立させる狙い。
すると、全てが計画通りか。西から火を付けたのも。
予想以上に大きな作戦で身震いした。
「そうなると麓の町が危険だ。すでに私たちは部隊を二分割している。そちらへ合流するか……。しかしすでに紛れている……?」
私がまごまごしていると、兵が「北から煙が上がっている」と騒ぎ出した。
やはり、私を罠に追い立てようとしている。
南から姿を見せ、北からも火の手で二つの道を塞いできた。敵は私に馬に乗って東の麓の町へ逃げろと言っている。
ならば。
「西へ向かおう。敵の裏をかく!」
私はアイシアに加勢することに決めた。そして門の結界にバチンと弾かれて尻もちを付いた。
入れねえじゃねえか! あのぽんこつのせいで!
ぽんこつちあうもん……。私の中の幼女人格が否定する。
呆然としている私はソルティアちゃんに起こされた。お尻の埃をぱぱぱんと叩かれていると、熊人のヴァウストは門の脇の崩れた壁を指さした。
「瓦礫こえでゆけば、入れるだす」
先に言えよ。ポアーネの合体は完全に無駄じゃん。
むだじゃないもん……。
「それじゃあみんなは東の麓の町へ向かって。そうだ。その前に私の人形を作って馬に乗せよう」
パンセとポンセがすぐさまに私の土像を作り上げた。
なんかちっちゃくてぷにっとしてない?
「そうですか? すごく似てますよー」
ソルティアちゃんに言われたら認めるしかない。やはり痩せよう。私は強く決意した。
そんなことかんがえてるばあいじゃないでしょ〜?
わかってる。わかってるて。
「みんな死ぬなよ! るあぽるろくるねす!」
月のない森で月の女神に祈った。
そして私はにゃんこに乗って壁の瓦礫を飛び越えた。
「あっ」
そして私は気が付いてしまった。にゃんこに乗れば飛んで帰れるじゃん。敵の計画は最初から破綻していた。
いや、これすら読んでいる可能性がある。魔法のあるこの世界では、弓矢ですらとんでもない威力と飛距離が出る。ガチで狙われたら撃ち落とされかねない。
それに、オルビリアがすでに狙われている可能性がある。曲者が最後に不穏なこと言ってたし。皇子ってリルフィのことだよな?
すごく不安になってきた。
「リルフィが心配だ。ちょっと見てくるから待ってて」
「え? にゅにゅちゃん? 何言って……?」
私が鍾乳洞のウニスケの苗木に手をかざすと、うにょんと黒い穴が宙に浮かんだ。辺りの小魔蒼炭の水晶が眩いほどに光を放つ。
穴に吸い込まれた私とにゃんこは、ぽふんと精霊姫の泉の前へワープした。
「にゅにゅ姫ちゃん、これって!?」
「あっ。ソルティアちゃんも来たの? 待っててって言ったのに」
んもー。
私はすぐ戻るからと言い残し、にゃんこに乗って宮殿へ向かって飛び立った。
そしてリルフィの部屋の窓に飛び、髪の毛で壁に張り付いた。そのまま窓をこんこんと叩く。
リルフィの侍女の、殺し屋みたいな目付きのメイドが窓を見てダガーを抜いた。
「蜘蛛の魔物!?」
いつものやつ。
リルフィはメイドを落ち着かせ、部屋の窓を開いた。
「どうしたのですか姉さま。月のない森へ行かれたのでは……」
「リルフィが心配になって顔を見に来ちゃった。変な奴に気を付けてね」
お前じゃい! と言う目でメイドに見られた。
この様子なら大丈夫だろう。
「またね。私、絶対に生きて帰ってくるから!」
「え、あ、はい。お気を付けて」
私はカサササと壁を下りて、にゃんこに乗って戻った。
そこにソルティアにしがみ付く幼女がいた。
「ティアラばっかりずーるーいー! アナもいくぅー!」
しまった。妹シリアナに見つかってしまったようだ。
「どうしましょう、にゅにゅ姫ちゃん」
どうしようと言われても……。こうなったら連れて行くしかない。むくれた幼女は魔術師より怖い。
ぶりゅん。私は鍾乳洞へワープした。
キラキラに輝く洞窟にシリアナは興奮し、早速ネコラル水晶をもぎ取ろうとし始めた。私はポーチの中のネコラル水晶をシリアナにこっそり渡して落ち着かせた。
困惑するヴァウストに、「助っ人を呼んできた」と言ってごまかした。きっと嘘は付いていない。
さて、寄り道をしたが、予定通りにアイシアの加勢へ向かう。シリアナはヴァウストの肩に乗せた。今のところ、ネコラル水晶のキラキラを眺めて大人しくしているが、いつ暴走を始めるかわからない。それまでに決着を付ける必要がある。
火の手の上がる戦場はまだアヒルメスタの町からは遠い。しかし火災の範囲が広い。敵は正面から戦わずに火を付けて回っているようだ。西側の多くは枯れ木なだけあって火の回りが早い。
私たちは本陣を構えるアイシアと合流した。
「ヴァウスト、町はどうした。なんだその幼女は?」
「すごい水魔法使えます」
ヴァウストの代わりに私が答えた。
私を見たアイシアはきゅるんとした。そして私もきゅるんと返した。
「あらティアラ様。先に逃げられたほうがよかったのではありませんか?」
「おひさー。まだねこかぶってるの? うけるー」
アイシアはビクンとした。
私もビクンとした。
こら。勝手に喋らないの! 脳内ポアーネ!
「ま、まさか、貴女がロアーネだったのか! 騙したのか!?」
ふるふる。私は首を振った。
「騙してなどいない。かわいい男の子は女の子になるべき」
「付いてる方がお得感」
ガシッ。私たちは友情を確かめあった。「なんの話しー?」と興味を持ったシリアナはヴァウストに任せておく。
私はアイシアから手短に状況説明された。大体予報通りだ。こちらは敵を止めねばならぬが、火災も捨て置けない。熊人たちが木を切り倒して、町への炎を食い止めようとしているところだ。
「シリアナ。いつもの調子で水魔法を出して火を消して」
「りょ」
シリアナは、んににっとした。そして手からちょろっと水が出た。
「んー? ここじゃ使えないみたい!」
なんだと!? 水が出せない幼女なんてただの幼女じゃないか! そのくらいの水なら私だってお股から出せるわ!
シリアナの異常な魔法力は環境依存だったというのか。ありえる。首をひねってる様子からして、この森だと調子が悪いのだろう。
「やはりネクラタルが魔法の邪魔をするか。ティアラ。エロイナスで浄化してくれないか」
ふうむ。ネクラタルって?
「この森の地表を覆う黒い塵だ。魔蒼炭の劣化した物質。西側はそれを燃料にしているのだ」
「じゃあ、森が枯れてる原因も?」
「そうだ。しかし我々には止める手段がなかった」
アイシアは私の手を握った。
「エロイナスの儀式を頼む。この辺りだけでも浄化されればやりやすくなる」
ほーん。じゃあいっちょやったるかい。私はがぶりと水筒の水を飲んだ。人払いを頼む。
そして地面に手を付けた。
「おい。豊穣の杖はどうした?」
「なにそれ」
知らんけど。私はパンツを脱ぎ去った。
そして、んにゅにゅと魔黒炭の塵で汚染された大地に魔力をねじ込んでいく。
「直接魔力を注ぎ込もうとしてるのか? 無理だ。魔黒炭は魔力を通さない」
ああ。だからこんなに固いのか。ならばもっと拡張するようにねじ込んで……。ずぼっ!
「はふぅ」
無事に入ってスッキリした。さっきトイレ行ったからちょろっとしか魔力出なかったけど、家庭菜園くらいのサイズの土地は浄化できたようだ。
「魔導具を使わずにこんなに……!? す、素晴らしいですティアラ様!」
アイシアはお尻丸出しの私に抱きついた。
また信者をふやしちゃったねてぃあらたん。




