169話:私たちお友達になれるかもしれない
ロアーネは言った。こんな森は燃やしてしまえばいいと。本当にそうだったのかもしれない。
「はい……。全ての男の子は女の子として育てられるべきです……。それこそ世界平和への道……。精霊姫教バンザイ」
アイシアは壊れてしまった。彼女ごと灰にした方が良いかもしれん。
そうか灰……。野火か。もしかしたらロアーネは最初から死んだ森を蘇らせる方法を知っていたのかもしれない。壊れたものは戻せない。立ち枯れした木は燃やすしかないのだろう。
。
それはともかく、従順となったアイシアに情報を吐かせることにした。ベッドの上に寝かせて、手足をソルティアちゃんの土魔法で固めて拘束した。
「わたくしにエッチなことをするつもりですの!?」
意外と余裕あるなこいつ。口を塞がないと魔法で何か仕出かすかもしれないが……まあ物理攻撃じゃ無ければ大丈夫だろう。
「にゅにゅちゃん。お腹大丈夫?」
お腹の傷は思ったより全然全く問題なかった。土魔法で固められているので痛みもない。それよりもソルティアちゃんにベッドに投げられた時の腰へのダメージの方が大きい。
「おらおら。お前は一体何者なんだ。吐け。私の身体を乗っ取ろうとしてたのはわかってんだぞ」
私はアイシアのお腹をナイフの先でつんつこした。
「なぜそれを!?」
なぜって……なぜだろう……?
まずアイシアは、私の思考を読むような魔法やアイテムを仕込んだのだろう。おそらくだが、私の頭を撫でた時だ。そして私はシステムを逆に乗っ取って、思考が逆に流れたのではないだろうか。
それはさておき。
「お前は魔術師なんだろ? わかってんだよ」
つんつん。
しかしアイシアは「そんなわけがあるか! あんな奴らとは一緒にするな!」と言ってきた。
もし彼女が本物なら違うと言うだろう。もし彼女が偽物でも違うと言うだろう。あれ? 無意味な質問であった。
しかし彼女の言葉の怒りは演技に見えない。それは私への怒りではなく、魔術師への憎悪に見えた。魔術師の使う魔術符を作ったのは彼女ら錬魔術師だが、それらに繋がりはないようだ。
アイシアが言うには、魔術師は裏切り者。いや、盗まれた技術というべきか。
「魔術符を外に持ち出したのは、ロアーネなのだ!」
ふむ。なるほど。あいつろくなことしてねえな。じゃあ魔術師のテロリストが発生した原因はロアーネじゃないか。
と、考えるのは早計か。いがみ合っている仲同士の片方の主張だけだ。それにアイシアは私をロアーネから引き離し、自分の陣営に引き込もうとしている。
ならば事実はどうあれロアーネを誇張して悪く言うこともあるだろう。
さて、そうなるとやはりアイシアは本物。彼女の急な凶行から魔術師が化けていたのではないかと疑ったが、どうやら彼女はただの美少女。ついでに精霊ではないらしい。そこはまあ置いといて、おそらく、「俺」とか言ってたのがアイシアの本性。表の顔は演技だろう。いや、もしかしたら彼女も混ざっているのかも知れない。姿は美少女なのだから、男の意識が混ざり込んだのだろう。待てよ、ということは、美少女の身体にジジイが入ってるってこと?
「ひっ! 気持ち悪!」
私は虫の裏側を見てしまったかのように、ぞわぞわっとした。
「にゅにゅちゃんどうしましたー?」
ソルティアちゃんが私をよちよちした。ま、ママァ……。私は落ち着きを取り戻した。
「さて。まだまだ色々聞きたい事があるのだが、どれからにしようか。そうだな……。アイシアの『俺』は何者なんだ?」
アイシアはすっと目を細めた。
「逆に聞きてえ。オメェこそ何なんだ?」
何だろう……。暫定、泉の精霊だけど。彼女らは精霊を認めていない宗派のようだからなあ。つまり答えはこうだ。
「愛され系姫ちゃん美少女ティアラちゃん」
きゅるん。私はかわいくなった。
「わたくしは滝の精霊アイシアです。ふえぇ……拘束を解いてくださぁい……」
きゅるん。アイシアはかわいくなった。
ふっ。中々やるじゃねえか。
「ふざけてる場合ですかー!」
ソルティアちゃんにほっぺを指でつんつこされたので真面目に戻ろう。キリッ。
「どうやら私たちは同類のようだな」
「ああ。認めたくはねえが、多分そういうことなんだろうよ」
ガシッ。手は握れないので、私はアイシアの胸を掴んだ。
「な、なにすんだよ!?」
「へえ。そんな中身なのに照れるんだ」
「オメェだって急に胸を掴まれたら……胸ないな。すまん」
謝られて私は悲しくなった。くすん。
しかし、アイシアとは殺るか殺られるかの後なのに、なんだか親近感が湧いてきた。きっと同じ悩みを持っていたりするだろう。
「鏡に写った自分の姿が美少女すぎて見惚れたりしないか?」
「あーあるあるわかるー。そういう時に限ってメイドが部屋に入ってきたりすんだよなー」
「あるあるぅー」
私たちは美少女お姫様あるある話に花を咲かせた。有線接続で予想以上に打ち解けてしまった。もしかしたら、私たちお友達になれるかもしれない。
「ねえ。そろそろ枷を解いてくださらない?」
「もう私の身体狙わない?」
「はい狙いませんわ。弾かれてしまいましたし。規格外な魔法器官すぎました」
むふふ。素直に「お前すげー」されるのは嬉しい。
いや、またアイシアのおだて作戦か?
枷を解いた瞬間に「かかったな!」しない?
「じゃあ。ソルティアちゃん、外して」
「それにはおよびません。スカングワンイトナアガタ」
アイシアは両手両足を輝かせ、パキンポキンと自分の魔法で枷を割った。
どうやらいつでも逃げられるのに、付き合ってくれたようだ。
アイシアはすたっとベッドから下りて、私たちの間を割るように足早に歩き、部屋から出ていこうとした。
「どこ行くの?」
「わかりますでしょう?」
ふむ。どうやら彼女はおトイレが限界だったようだ。私も連れションに行くとしよう。
「ソルティアちゃんも、それでいい?」
「狙われたにゅにゅ姫ちゃんが許されるなら、それに従いますよー」
うむ。ではみんなでおトイレに行こうではないか。
アイシアちゃんに付いていった先は、重厚な扉。そして薄暗い地下階段。そして、鼻につんつんくる薬品の臭い。どうやら研究所のようだ。
「ここが錬魔術師の中心部。わたくしたちのワイファイの場所でございます」
ワイファイ? 何かと繋がってるの?
私はちらっとソルティアちゃんを見た。ソルティアちゃんは私にそっと「すごく頭が良いって意味です」と教えてくれた。なるほど、私にふさわしいな。
「ここに入った者は森から出てはいけません。一生わたくしと添い遂げましょう。ティアラ様は裏切りませんわよね?」
アイシアが急にメンヘラになってしまった。属性過多すぎるのでもう少し絞って欲しい。とりあえずメンヘラの気分を害さないように私は頷いておく。
アイシアの案内によると、階段を降りたエントランスから、円形に四つの部屋があり、正面から時計回りに、実験室、研究室、書庫、事務室となっているらしい。
「どちらから見てまいりますか?」
一番面白そうなのは実験室……だが、先に行くべき場所がある。
「まずはトイレだな」
「さすがはティアラ様! トイレに興味を持たれるとは!」
興味というか、おしっこ漏れそうなだけだが。
「ご覧くださいませ! 皇室で使われているという最新技術のうぉしゅれっとを、我々独自に開発いたしました! 温水がお尻を洗うのです! どうですか!?」
う、うむ……。
「トイレ自体に水を噴き出す機構を付ける……。その発想はございませんでした。都会には先進的な考える者がいらっしゃる。わたくしたちは森へ引きこもっておりますので、どうしても枠にはまった考えに囚われてしまいがちです。しかしわたくしたちは時代の後れを取るつもりはございません」
そうですか……。私は漏れそうで話半分でもぞもぞしていた。日本のトイレメーカーが褒められていることはわかった。
「ティアラ様でしたら、トイレにどんな機能をお付けしますか?」
「うん。音楽流すとか」
エチケット音を消すためにね。
世の中のお姫様方は、扉の前に立つメイドさんに排せつ音を聞かれているのだ。それはとても恥ずかしいことだと思う。もし私がぶりゅりゅりゅするならきっと耐えられない。美少女で良かった。美少女はうんちしないのである。
「な……なんという発想……。トイレで音楽を……!? 頭の中を覗いている時から只者ではないと思っておりましたが……。頭が固いロアーネが貴女を気に入る訳がわかりました」
そういやロアーネも私の頭の中を覗いてたな。あれ、私が思考を魔法で漏らしてたわけじゃなかったのか。あいつめ。
「早速その案を伝えましょう! おい、ヴァウストはいるか!? 今すぐ研究者たちをここへ呼ぶんだ! そうだ今すぐにだ! 手が開いてる者全員だ!」
ふむ。その前におしっこしたいのじゃが?




