167話:白うさぎ薄幸系美少女アイシア
私の人気投票を脅かす存在が現れた! どうするティアラちゃん!
目の前の少女は、白い肌に白髪で瞳が赤いとアルビノっぽいが、人間の場合は白うさぎみたいな赤い瞳にはならない。いや、私が虹色の銀髪に金色の瞳なので、私と同じように魔力が影響しているのかもしらないが。
私がそう判断したのは、真夏に緋色のフード付きローブを着ていたからだ。アルビノは紫外線に弱い。しかし、フードを脱いだその瞳はくりっくりの美少女なので、やはり違うのかも知れない。アルビノは視力が悪いことが多いのだ。
私がじろじろと観察していると、暫定アルビノちゃんは、自身の両手の指を胸の前で合わせた。エイジス教の祈りのポーズだ。
「月の女神のご加護よ。わたくしはアイシアと申します。精霊姫ティアラ様」
しまった! 私の額に汗が滲み出る。
私は警戒をさらに一段階上げた。こ、こいつはぽんこつ不思議ちゃんキャラのノノンとは格が違う……! メインヒロイン級の存在だ!
ぎりり。ぶっちゃけ私がちやほやされているのはかわいさ特化のおかげであると自身で思っている。ゆえに私よりかわいい存在はこの世に存在してはいけない……。消すか……? きゅるん。私はかわいさアピールをして、闇堕ちを回避した。
私の近くにはにゃんこがいる。うっかり変な思念を送ったら、にゃんこが白磁少女アイシアに噛み付くかもしれない。
そのにゃんこはアイシアの腰にぐるにゃんと額を擦り付けていた。にゃんこー!? 私はNKRた。
「この虹色の輝きは、ティアラ様の豊穣魔法でございますね。素晴らしいお魔力でございます!」
にゅふふふ。もしかしたら、この子は良い子かも知れない。私はちょろかった。
しかしこういういかにも純真無垢ぴゅあぴゅあキャラが実は腹黒かったりするんだ。私は疑り深かった。もしかしたら中身におっさんが入ってたりするかもしれないからな。
白磁少女アイシアは私の両手を握った。そしてぴょんぴょんと跳ねて回りだす。こ、これは幼女ダンス! 私もぴょんぴょんと跳ねた。間違いない。彼女は良い美少女だ! 邪悪なおっさんが幼女ダンスできるはずがない!
そして白磁少女アイシアは、熊人の一人、私の元へやってきたヴァウストが「姫。そろそろ……」と止めるまで私への賛辞は止まらなかった。
そして私は完全に懐柔されたのであった。かわいい子に褒められまくって負けない人などいない。そうでなければパブやキャバクラなんてお店は存在しないのだ。
「あらやだ。わたくしったらすっかりお喋りしすぎました。わたくしたちの町へご案内いたしますね」
ぎゅ。美少女と手を繋いで歩く。これって実質デートじゃん。もう彼女じゃん。いいよね。今夜一緒に寝ても。
「そうそう。ティアラ様があのロアーネを殺したというのは本当でございますか?」
アイシアちゃんのお手手ひんやりしてすべすべだ。
ん? うんうん。
「では、その身にロアーネを宿しておりますの?」
アイシアちゃんが腰をちょこっと屈めて斜めに私の顔を覗き込んでくるのかわいい。
ん? ううん。
「ふ。アイシアちゃん、その手には引っかからないぜ。門でロアーネ除けしてるんでしょ?」
「あらあら。よくご存知で! さすがはティアラ様です!」
でへへへへ。アイシアちゃんの目を細めたニコニコ笑顔かわいい。
でも一つ訂正しないといけない。
「ロアーネは魔法の使いすぎで血を吐いて倒れたの。私は殺してないよ?」
「なるほどぉ。わたくしったらこれは大変失礼いたしました」
ええよええよ。私の魔力がトドメだったみたいなもんだし。大体合ってる。
アイシアちゃんはふと顔に陰を落とした真面目な表情をした。
「あの……。気を付けてくださいね。ロアーネは、その、貴女の身体を狙っていると思います……」
ああそれ知ってる。本人からずっと狙ってる宣言されてるし。しかしすでに半分くらいぽぽたろうと混じってしまっている感じのあるロアーネが、私の身体を乗っ取ろうとしても、果たして何か影響があるとは思えない。
「ところで、アイシアちゃんは何の精霊なの?」
「え!? わかるのですか!?」
いや、わからないから聞いているんだけど。
アイシアちゃんは驚いた顔をした後に、いたずらっぽく笑った。
「さて何でしょう。言い当てられますか?」
「うーん。滝」
「え?」
アイシアちゃんは目をパチクリさせた。もしかして一発で当てちゃった? 私たち、通じ合ってる?
根拠があったわけではない。私が泉で、ノノンが沼。すると白髪のアイシアちゃんは滝を連想させたのでそう答えたのだ。あるいは、そうでなかったら杏仁豆腐か。赤い瞳がクコの実ね。
「凄いです! 流石は精霊姫です」
「にゅふふふふ」
私はアイシアちゃんに頭をなでなでされて幸悦で絶頂した。じょばあ。
「髪の色が白でね。滝みたいに綺麗だからね!」
「あらあら。ティアラ様もキラキラして美しくあられますよ」
「じゃあじゃあ! 逆に私は何の精霊でしょうか!」
「え……と……。油?」
油……。
しかし目の前できゅるんとしているアイシアちゃんを私は否定できない。
「正解!」
「わあ! やっぱり!」
やっぱり……?
わち、泉の精霊じゃなかったかもしらん……。
気を取り直して、町の入り口に着いた。アイシアちゃんは門へとととっと駆け、長い白髪をなびかせて両手を広げてくるりと笑顔で振り返った。
「ようこそ! アヒルメスタへ!」
正統派美少女しやがって。私にだってそのくらいできる!
私はアイシアちゃんの先へぽててっと駆け、ぷにっと振り返った。
「ようこそされました!」
アイシアちゃんの顔が微笑んだまま「???」を浮かべている。くっ。やはり後発モノマネは失敗だったか。
正統派美少女レースに完全に負けた私は、すんと表情を無に落とした。やはり私はお人形キャラ。兵器として作られたから感情に乏しいのだ。私は人気属性を盛って対抗することにした。
「え……? あの……?」
しかしそれはアイシアちゃんを困惑させてしまったようだ。しかし今さら路線変更はできない。
「あなたは三人目だから」
オルビリアのエイジス教会で売られている精霊姫カード付きポテチ。それには色んな私の姿のイラストのカードが付いてくる。そして、最新バージョンではなんとノノンが収録された。黒髪ロング不思議ちゃんは人気が高く、しかも収録数が少ないためにレアカード扱いされた。特にノノンカードの中の激レア黒檀キラカードは、なんと私のカード市場価格を超えた。おそらく一時的な高騰であろうが、しかし私の地位を脅かしているのは変わりない。そしてここに来てこの正統派美少女の三人目である。しかも彼女はちんちくりんの私やノノンと違って、成長したロリだ。胸もペタンコ属ではなく、膨らみが見える。
私はじろじろと白磁少女アイシアの胸を観察した。B……、いや寄せてあげればCはあるか……?
「それってどういう……。あっ、ああ! さすがですティアラ様! よくお気付きになられました!」
アイシアちゃんはよくわからないので、とりあえず私をヨイショすることにしたようだ。しかし私はちょろいことには違いないが、ズレた褒め方には冷めてしまう厄介幼女なのであった。
「もしかして、私に関する情報の中に、褒めまくるとちょろいって書いてあった?」
「それはその……あはは」
私の指摘にアイシアちゃんはたじろぐ。どうやら嘘は付けないタイプのようだ。
いや、本物の嘘付きはそう見せかけて大事なところで詐欺ろうとしてくるだろう。私はきゅっとお股を引き締めた。
このまま私は会話の主導権を握る。
「アヒルメスタって町の名前だったの?」
「いえ。私たちアヒルマのことをアヒルメスタと言います。正しくはアヒルメスタの町ということになります」
ふむ。つまり魔術符を作る者がアヒルマで、そのギルドがアヒルメスタってことね。理解理解。
でも妹シリアナはアヒルさんはこねこねする人って言ってたな。魔術符以外にも何か作っているのだろうか。
私は警戒しながら町を歩く。
森の中の町だからといって、ツリーハウスみたいな特殊性はなかった。ごくありきたりな石積みの土台に、木造住宅、そして漆喰の壁、黒い屋根。ただ、熊人のサイズに合わせてか、普通より一回り大きい。
そして広場の中央には像が立っている。しかしそれはどこの広場でも見る月の女神ではなく、本を掲げる少女であった。
こ、これはまさか!
「恥ずかしいのであまり見ないでください……!」
アイシアちゃんの像!
自分の像を建てる! その手があったか!
私ももうちょっと成長したら町の広場に建ててもらおう。今はまだ早い。ぷにぷに幼女像になってしまう。
「あれ? おかしいな。黒い涙がない」
「黒い涙、ですか? なんのことでございましょうか」
アイシアちゃんはこてんと小首をかしげた。メインヒロインは小首をかしげがちだ。私はこてんと小首をかしげた。
酸性雨なら酸で像が溶けて黒い涙を流すはず……。いや、材質によってはそうなるとは限らないか? あるいは、毎日綺麗に管理されているからピカピカなのかもしれない。その線が強い。
改めて街を見ると、家の屋根が黒いのは酸で溶けているからかもしれない。
いや、そもそも原因が酸性雨と考えるのが早計か。
この世界はなぜか石油利用が広まっていない。エイジス教で禁じられているのもあるが、魔法があるせいも大きいだろう。そして燃料として兼なっているのが魔蒼炭だ。
あ、じゃあ原因は魔蒼炭か?
でもそんな単純ならもっと簡単に気が付く気が……と思うのは、それこそ酸性雨の被害を私が知っているからだろうか。
「アヒルメスタって魔蒼炭を燃やしてる?」
「魔蒼炭を燃やす、ですか? はて。麓では魔蒼炭を燃やしているのですか?」
燃やして……ないな。うんちと混ぜようとして爆発したことはあるけど例外である。
魔蒼炭は叩くことで蒼い蒸気を発する魔法石炭である。それによって前世とは異なる蒸気機関が生まれている。
「アヒルメスタではですね。魔蒼炭は溶かすのですよ」
溶かす、か。祖父ちゃんが魔蒼炭で人工精霊を作ろうとした実験で溶かしていたっけか。
あっ。つまり魔術符は魔蒼炭で作られているわけか。
頭の中でぱちりぱちりとパズルが埋まっていきそうでいかないような感覚。オルビリアがど田舎だったのは、アヒルメスタと因縁のあるロアーネが魔蒼炭を使いたくなかったからなのでは?
わからん。しかし、私はまた一つ気が付いてしまった。
私は小首をかしげるアイシアをじっと見つめた。
こいつ、一体何歳なんだ……?
ロアーネと同じ時を生きる者だとしたら、それは、ロリババアということに違いない。ああ、なんということだ。ロリババアでは色物になってしまうのでメインヒロインにはなれない。せめて、幼女化した最強のドラゴンとかでなければ……。
私はそっとアイシアの肩に手を置いた。
「苦労して来たんだね……」
「は? ……え?」
ロリババアだとすると、死にゆく森の問題に魔力で無理やり解決しないことにも納得だ。きっと彼女は無理をすると死が早まるのであろう。
神話の時代を生きるロリババア。しからば、町に像が建てられていてもおかしくはない。
「ええと、よろしいでしょうか? そうそう、お食事はもう済まされましたか?」
返事の代わりに私のお腹がぐうと鳴った。
考えるよりはまずは飯だな!




