166話:新たな脅威
さて。私はまんまと悪魔の誘いに乗ってしまったようだ。だって無線会話機をくれると言うんだもの。わーい! リルフィに持たせよう!
しかし私は二つ返事した後に気が付いた。これ一台あっても意味ないやんけ。
やはり熊人は悪魔……。油断ならぬ男……。
私とソルティアちゃんはぽてぽての熊さんの後ろを付いていく。どうやら他のメンツはあの結界の前でお留守番になるようだ。かわいい私だけを送り出すことにさぞ不安であろう。いや、そうでもないな。護衛の彼らはござを広げてお弁当箱を開き始めた。ピクニック気分かよ。
にゃんこは結界を越えて私を追いかけてきた。口に何か咥えてると思ったらウニスケの実だ。あぶない、忘れるところであった。よーしよし。
ちなみにポアーネは何度も結界に弾かれていた。やはり邪悪……。
『だから逆です。神官を通さないようになってるんだってば!』
ポアーネは再びぽよーんと結界に弾かれた。そういうことにしといてやろう。
さて。この切り開かれた緩い山道はどこか懐かしい。日本の山の公園を思い浮かぶ光景だ。小学生の頃の遠足を思い出す。
しかし、そんなうきうき気分になってきた私だが、三分ほど歩くと汗が吹き出してきたので、にゃんこの背中に乗った。にゃんこの背中は熱々だがしょうがない。どっちにしろ歩いたら暑いのだ。
そういえば、熊さんは翼ライオンに驚かないのだろうか。
「翼ライオンを従えた虹の髪のにゅにゅ姫の噂は我々も聞いとるだす」
ふむ。にゅにゅ姫じゃなくて精霊姫ね。そこ間違えないようによろしにゅにゅ。
もう、ティアラ・ニュニュ・フロレンシアとしてミドルネームに入れようかしら。私はにゅにゅ姫呼びされることに抗うことを諦めた。
それはさておき。
「どのくらい歩くの?」
山岳地帯は広大である。のんきにぽてぽて歩いてたら日が暮れてしまう。まさかそれが目的か!? 暗くなったら山育ちのソルティアちゃんに任せよう。私は夜目が効かないのだ。
「近道で後十分ほどだす。ダンジョンを通るます」
ダンジョン!
「わくわくそわそわ」
「嬉しそうですねーにゅにゅ姫ちゃん」
ダンジョンには夢がない。確かにそう聞いていたが、私のダンジョン体験は酷いものしかなかった。こう、古代遺跡の残骸がある森のダンジョンとか楽しそうじゃん!
しかし、案内された先は洞窟だった。洞窟かー。しかも地下に伸びているタイプだ。
山の洞窟とは、冒険心をくすぐられるものだが、実際は中に入ると即死するトラップがあったりする。有毒ガス、いやガスでなくても二酸化炭素が溜まっていたら入った瞬間死ぬのだ。だから知らない穴には入ってはいけない。だめ絶対。
安全な洞窟でもつるつる滑るし、準備はしっかりとね! こんなことなら登山服に着替えてくれば良かった。私たちはお姫様ドレスとメイド服である。
「そう警戒しなくても安全だす」
まあ確かに、熊人が普段から使っている窟のようで整備されている観光地の鍾乳洞のようである。手すりのロープが張られ、魔導ランプが洞窟の左右にかけられていた。
入口こそ急勾配であったが、その先はほぼ真っ直ぐであった。そして壁には煌めく蒼い水晶がにょきにょき生えていた。おおお! ファンタジー感!
私が屈んでそれを見ていたら、熊さんが「それはネコラルだ」と教えてくれた。
ふーん。ネコラルか。なんだ魔蒼炭か。もっと珍しいものかと思ってた。つかこんなに普通ににょきにょき生えてるものなのね。採らないのかな。
「この辺りのは、んーあー子ども。そう子どもなんだす」
なるほど。ほっとくと大きく育つのね。大きく育てよー。
私が魔蒼炭の子どもをなでなでしたら、なんかいきなりボロっと取れてしまった!
「あわわわわ」
「どうしましたー?」
こそそっ。私はソルティアちゃんに見つかる前にそれをポーチの中へ隠した。ふう。
「あっ。もしかしておトイレですか?」
「ちがうちがう。ちょっと疲れただけ!」
あぶないあぶない。見つかって叱られるところであった。一部分だけすぽっと抜けてしまっているので、ウニスケの実をここに置いておこう……。
うむ。すっぽりはまった。ヨシ!
ウニスケの実はぷるるんと震えて喜んだ。
「あと少しだかんら、抜けたら休憩にするだす」
ふむ。鍾乳洞ダンジョンは涼しくて心地良いので、休憩するならこの中の方が良いのだが。私が降りた後のにゃんこものびーと敷物になっている。暑くても涼しくても延びてんなこいつ。
おーい、いくぞー。私はにゃんこを引っ張って地面から剥がした。べりべりべり。
そしてにゃんこに乗って少し進み、緩いカーブの先に出口の光が見えた。そして出口の階段を上る前に私はにゃんこを止めた。
「外暑いから出たくない。やー!」
私はわがままを言った。幼女だから許されるはずだ。もうみんな鍾乳洞に住めばいいのに。肌寒さすら感じる洞窟の中でもにゃんこにもふっていれば問題なし。
「わがまま言うと置いて行きますよー? ほらにゃんこちゃん。姫を連れてきてね」
ソルティアちゃんがにゃんこの頭をなでなですると、にゃんこはがうと鳴いてとことこと階段を登り始めた。おいこら。主の言うことを聞け。私の意志は無視されて無慈悲にもお日様のしたに運ばれていく。
そして、閑散とした森へ出た。
標高が高いのか、思ったよりは涼しい。これなら耐えられる。汗だく蒸れ蒸れ幼女になることは免れたようだ。
「少し休むだすか?」
「いや大丈夫。にゃんこに乗っていくし」
しかしこの森は。なるほど。夏なのに葉が茶色く落ちて死んでいっている。私が魔力をこめて木々に呼びかけても反応がない。
「この森を眠らせることが、本当にできるだすか?」
「…………」
私はソルティアちゃんをちらりと見た。ソルティアちゃんはこくりと頷いた。私も無言でこくりと頷く。
そして熊さんを見る。私はもう逃げないことにした。いつもならみんながなんとかしてくれる。しかし今ここには私しかいない。熊人の国とか割とどうでも良かったのだが、実際にこの森の惨状を見て「どげんかせんといかん」という気持ちが湧いてきた。
なので私は勇気を出す。蜂蜜のためにも。
「森を眠らせるってなに?」
「…………」
熊さんがじっと私を見つめる。私は視線から逃げた。目を逸らした先のソルティアちゃんが教えてくれた。
「エロいナスのことですよー」
ふわふわピンク髪の可憐なソルティアちゃんが、何かえっちっぽいワードを突然言い出してドキッとした。頭の中もピンクになってしまったのか。エロイナスと言われても紫色のナスしか思い浮かばないのだが。
ふむ?
「あー。豊穣魔法か」
私が考えてた通りの事か。
「でも私は豊穣魔法できないよ?」
何言ってんだこいつという顔で二人に見られた。
「魔力をぶりゅって注ぎ込むだけだから……でもロアーネがそれを見て豊穣魔法と言っていたから合ってるのかな? うーむ」
ま、いっちょやってみっか。
私はにゃんこから下りて地面に手を当てた。するとソルティアちゃんに腰を掴まれて持ち上げられた。ぷらーん。
「お待ち下さい。熊の方。姫が魔法を使うところは見ないで下さい。少し離れたところで背を向けていて下さい。これから必要な儀式を行いますので」
儀式?
熊さんはソルティアちゃんの言葉に素直に従った。
そしてソルティアちゃんは私の蒸れ蒸れおパンツをじゅぼっと脱がした。
なるほど……これが儀式……。確かに必要なことだ。
「ではさっそく」
私はふと自分の手を見た。なにやら黒い砂がざらっとしている。それをぱぱぱっと払って、再び地面に手を当てた。
「んにゅにゅにゅにゅ!」
森よ。元気になーれ!
しかし出が悪い。しまった。汗で水分が抜けてしまったか? いや、そっちは魔法を使おうとしたときの副産物だ。なぜか魔力の出が悪い。
「やば。お腹痛くなってきた……」
決してうんちがしたいわけではない。ぴゅあぴゅあ超絶美少女ティアラちゃんはうんちしないのだ。しかしまるで、お腹が痛いのにうんちが出ないみたいな腹痛に襲われた。
「抵抗されている……?」
まるで私の魔力が地面に流れ込むのを拒んでいるかのようだ。つまり便秘状態である。
だがそれも束の間。私がもう一度気合を入れて踏ん張ると、ぶりゅりゅりゅりゅと魔力が注がれ始めた。
そして下からも濃いのが出た。
「ふうすっきり」
私はソルティアちゃんから水が湧く魔道具水筒を受け取り、がぶりと水を飲んだ。
そしてソルティアちゃんに下処理をされる。
洞窟前のスポットが陽の光に照らされてキラキラと虹色に煌めく。うむ。ヨシ!
熊さんが振り返り、その幻想的な光景な目を見開く。
辺りがざわめいたと思ったら、熊人たちがここへ集まってきた。光の柱が立ってたのかもしれない。
熊人たちが「おお!おお!」と騒ぎ出し、私の承認欲求がにょきにょきと溢れ出す。うへへへ。
しかし熊人の中に紛れて緋色のローブのチビが見えた。
私はドキッとして警戒レベルを上げる。
ちびっ子ローブは私の前へ出てきて、フードを取った。ばさりと長い白髪と、赤い瞳の美少女が現れた。
や、やはりこいつは……!?
「お待ちしておりました精霊姫。アヒルメスタは貴女を歓迎いたします」
こいつは漆黒幼女ノノンと色違い同タイプ……! 私と人気投票を分かち、脅かす存在だ……!




