165話:スマートフォンはググれない
ぐどてんぐどてん。私はひさびさに昔ながらの馬車に揺られて吐き気をこらえていた。
「ちょっと。ティアラ様。お尻が臭いんですけど」
白いもこもこクッションが私に文句を言ってきた。
失礼な。美少女の蒸れ蒸れのお尻には価値がある。しかしこれは汗で蒸れているわけではない。ポアポアは雪の精霊ゆえ、魔力を放出させるとひんやりする。私はお尻から魔力を供給し、ポアーネから冷気に変換して貰っているのだ。ぷぴぴっ。
私たちは熊さんと共に月のない森へ向かっている。距離は魔法学校より、ソルティアちゃんの故郷よりは短く、半分もないことは救いだ。一応使節団なのだろうか? 月のない森は一応パパが治めるオルバスタ内のはずだ。しかし月のない森、彼らの言葉ではスパナクラウ、では、異教徒の地として放置されていた。
「ティアラ様が直接赴く必要あるんですか?」
私のお尻の下のポアーネがぽよぽよ抜け出し、頭の上に乗ってきた。そのポアーネに、私はウニスケの樹かもいできたウニスケの実をぽにゅりと挿した。昔懐かしいのぽぽたろうのウニスケ挿しである。あの頃からすると私も大きくなっ……いや、増したのは体脂肪だけか……。ぷるぷる。
さて、確かに私が行ってできることはぶりゅっと魔力を大地に注ぐことくらいだが、熊さんに森を何とかしてくれと頼まれたのだからしょうがない。
森を殺す雨……。何が起こっているのかくらいは、無学な私でもピンといた。酸性雨だ。おそらくそれに近いことが月のない森に起こっている。解決方法はその森の東の町の工業化を止めることであろう。
どうやって止める? わからん。根本的な問題は先送りして、ひとまず枯れゆく森は魔力を注げば盛り返せるんじゃないかという甘い見通しである。実際それは甘い考えであろう。猫人の町の麓の畑の、何十倍もの土地であろう。全てに注いでいったら、私の身体は痩せ細ってしまう。
「それにしても暑いですねぇー」
馬車の中は私とソルティアちゃんだけだ。ソルティアちゃんは胸元をがばっと開けていた。ソルティアちゃんの首元の汗の珠が鎖骨からつーっと流れて谷間へ消えていった。私の視線も谷間へ吸い込まれていく。
実は私はスレンダー好きだ。観賞としては細い子が好みである。しかし幼女となって好きなだけセクハラできる身となったら、実用的なたぷたぷは別腹、いや別胸である。
それはさておき、馬車の中は魔道具による空調が効いている。しかし大掛かりなものを乗せるわけにはいかず、外の空気をほんのり冷やして中に入れてる程度のものだ。ゆえに外が暑すぎると熱風が入ってくるだけなのである。
抱いてるだけでほんのり冷えるポアーネは便利である。私はソルティアちゃんとポアーネをシェアすることにした。前世の知識から首元を冷やすと良いことを知っている。ペルチェ素子ネッククッラーならぬ、ポアポアネッククーラーである。私はソルティアちゃんと顔を寄せて、首元でポアーネを挟んだ。ひんやり〜。
「ちょっと。魔力差で酔いそうなんですけど」
このネッククーラーはうるさいのが玉に瑕だ。しかたないので交代交代で使おう。
私が魔石を使ったネッククーラー開発の依頼書をしゅぺぺと書いた。ふと隣を見ると、ソルティアちゃんは天井を見つめていた。なんだろうと私も上を見た。耳を澄ますとミシッミシッと屋根が鳴いている。もしや空調の調子が悪いのは壊れているからだろうか。
そして天井はんなぁーと鳴いた。
「にゃんこが乗ってるやんけ!」
どうりで暑いわけだ! にゃんこが日向ぼっこで熱を蓄えていたようだ。
馬車を止めた。にゃんこは屋根でとろけていた。おーいにゃんこー! 降りろやー!
にゃんこはにゃふんと鳴いて馬車を蹴り出し傾けさせて地面に降りた。
さて。そんなこんなで護衛を含めた一行は道を進み、森の手前の町でお泊まり。
翌朝、山岳地帯の森へ入る。思ったよりも鬱蒼とした感じではない。まだ町に近いところだからだろうかと思ったものの、人工的な感じだ。押し固めただけの悪路ながら、馬車が通れる道すらある。
さらに進むとぽかりと森が開いていた。月のない森のイメージから勝手に空すら見えない密林かと思ったらすかすかである。これが森が滅ぶと言っていた場所かと思ったら、単純に開拓された場所なだけなようで、旧時代の名残りの関所の門の石のアーチが半壊して石積みが散らばっていた。
馬車はそこで止まり、外から呼びかけられたのちに扉が開かれた。そしてけむくじゃらであった。熊さんの胸毛であった。花咲く森の道。
「ここからが熊人の国だす」
またポアーネが嫌味を言いそうな予感がしたので、先に口を封じた。
『国だなんて厚かましい。ロアーネは住むことを許していません』
くそ。口を塞いでも私の頭に直接話しかけてくるんだった。
しかしあれだな。口ではそんなこと言って今まで放置してたってことは黙認じゃね? 実はツンデレなんじゃねこの元ロリババア。つんつん。
『彼らは悪魔に魅入られ呪われました。そして生まれたのがマギラカルタスです』
魔術符って、あの?
『アヒルメスタのその技術によって魔術師が生まれました』
あっ! 久しぶりのネタバレロアーネ!
待てよ。というと、私たちの敵のルーツってこと……?
あ、なんかロアーネの怒りがわかるような気がしてきた。やっぱり悪い熊さんだったんだ! ぷりぷり!
ぷりぷりしながら、熊人の後ろを少し離れて付いていく。
崩れた旧遺跡のゲートをくぐると、ぽにゅんと膜を通過した感触がした。そしてばちいんと頭の上のポアーネだけ弾き出されてころころと転がった。
「この門は悪しき心を持つ者は通れないあるだす」
「ポアーネ……お前……」
やはりカルマが悪に染まっていたのか……。
『違います! 違いますってば!』
いくら言い訳しても無様なものよ。ぽぽたろうと融合しても穢れた魂は浄化されなかったようだな。がはは。
『むしろ逆です! ティアラ様だまされないでください!』
え? 逆? つまり私の魂が穢れていると? この愛され系ぷにぷに美少女の私が? そんなばかな。ちょっとおっさんの魂が混じってるだけだというのに?
ふむ。致命的かもしれない。中身がおっさんの美少女とか存在が罪である。私だから赦されるが、他にいたら私は赦せないであろう。かわいい子は中身もかわいくないといけないのである。きゃるんっ。私はかわいくなった。
「やはり。混じっとるだすな。ティアラ殿」
そんなことないよ。ぴちぴち幼女だよ。ふえぇ。
私はぴゅあぴゅあになった。
「どうしましたー? にゅにゅ姫ちゃん?」
幼女になっていたら、ソルティアちゃんに後ろから抱かれた。
なんだ、ソルティアちゃんも入れたじゃないか。カルマ値関係ないじゃん。ソルティアちゃんのカルマは……いや待てよ。ソルティアちゃんは山でシビアン兎狩りをしていた。兎狩りでカルマが溜まっているのかも知れない……。
私は悪役プレイができるRPG基準で考えた。すると今の私は悪役令嬢? いや、カルマが悪に染まっているなら悪令嬢? そういうことですわー!?
「ティアラ殿には、こちらを渡すとくます」
熊さんに渡されたのは木の札であった。木の札に青い文字と線が刻まれている。こ、これは、魔術符!?
「こうすて、耳元に当てて、話すと、離れてても、会話できるだすます」
あっ! 無線機!? トランシーバー!? 同時に喋れるならケータイ!? 携帯電話だ!? 形からして気分はスマートフォンだ!?
私は一瞬にして魔術符に心奪われた。そういえば、スパイのスパテーナちゃんが花瓶に見せかけた通信機使っていたっけか。す、スマホはすでにこの世界にあったんや……。
「これ、ググったりできない?」
「ぐぐ……?」
「いや、なんでもない」
ちぇ。通信機能だけか。
私は魔術符フォンを手のひらでくるくるして観察した。
「カメラ機能もないの?」
「カメラ……光を絵にする、あの?」
そうか。通信機にカメラ付ける発想はないよな。よく考えたらデジカメブームだからってケータイにカメラ機能付けたのいかれた発想だな。
「ならあれだ。ライト。ライト機能が欲しい。あったら便利じゃない?」
「無線会話機にライトを? 面白い発想をなさるだすなティアラ殿は。ふむ……」
スマホっぽいものにキャッキャしてしまった私は、熊さんにじっと見られて正気を取り戻した。なに。なによ! お父様に言いつけてやりますわ!
「ティアラ殿。アヒルメスタに入るだすか?」
そのアヒルメスタって何だかわかってないけど……。無線会話機くれるならいいけど……。




