162話:森のくまさん
私は抱きまくらがないと眠れない。
いや、眠ることはできるが寝相が悪い。寝ている間にベッドの上で横回転にぐるぐる回るのだ。なので、ネグリジェを着せたリルフィを抱きまくらにする。さわさわ。
朝目覚めると、私はリルフィに伸し掛かっていた。リルフィの胸に顔を埋めていた。とはいってもリルフィの胸はぺたんこだ。男の娘だから当然だ。とはいってもリルフィの胸は私より大きい。解せぬ。二次性徴期はホルモンバランスが崩れる。女の子は男の子に。男の子は女の子になるのだ。男の子も乳首がぷっくりする。おかしい。私は成長の気配が見えない……。
リルフィは私の重みでうなされていた。退いてあげよう。そしてトイレへ行こう。私は天蓋のカーテンを開けて、ごろりとベッドから床へ落ちた。私の髪がクッションとなりダメージはない。そのまま寝転がったまま私は髪の毛でかさかさと歩き出す。
寝起きでトイレへ行く。そのことがルーチン化された結果、髪の毛たちは自然と私をトイレへ運び込むようになっていた。髪の毛は正確には私が動かしているのではなく、勝手に住み着いた世界樹の精霊たちが私の意思を受け取って動いている。血糖値が足らず眠気まなこでだるぅとふらふらしていても、髪の毛の精霊さんが身体を運んでくれるのだ。全自動おトイレ搬入魔法である。
つまりそれはおねしょをしなくなったということだ。いくら私でも、元同級生のソルティアちゃんにおねしょ処理させるのは恥ずかしい。そのくらいの羞恥心は持ち合わせている。
そう、私のお漏らし回数は劇的に減少していた。私は成長したのだ。どやあ。
まあ、チェルイ魔法学校の火災訓練に巻き込まれちびってしまったのではあるが。
「ふはぁ」
しょばばばば。ネグリジェをたくし上げて出すもの出したら、トイレの脇の魔導具に手を当てる。しゃわあとお股に水がシャワられる。ウォシュレットの魔道具である。オルビリアの魔道具開発部に作らせた。
メイドさん方には……珍しく好評でもない。なぜなら宮殿メイドなら水魔法くらい使えるのだ。つまりセルフウォシュレットができる。私はいわゆる属性魔法が使えないので、魔道具が必要となってしまう。なので、シャワった後のお股乾燥機能もそのうち付けたい。
私は藁半紙で水をぺたぺたと拭き取った後に、ドライヤーの魔道具で乾燥させた。
つまリどういうことか。私は一人でおトイレができるようになったということだ! おトイレ独り立ちである!
そもそも私は侍女というものを勘違いしていた感がある。侍女は専門のお世話係だと思っていたが、どうやら女の子の執事のような。軍でいえば副官のような。つまりお世話係である。いや私の思っていたようなお世話係ではないというか。つまり、膝枕させて甘えるようなものではなかったということだ。
まあ、この世界のメイドさんは魔法使いの戦闘メイドでもあるので、SPとしての役割もないこともない。なのでトイレ独り立ちしても、トイレの前にはソルティアちゃんが待っているのである。
「ちゃんと汚さないでできましたかー?」
ふんっ。ソルティアちゃんめ。私をばかにしているのか。今の私は用を足すところまで髪の毛の精霊さんに全自動して貰っているので汚すことはないのだ。ふんっ。
なので、寝ぼけていても失敗することはもうないのだ。ふんっ。
おトイレの後は顔をふきふきしてすぽぽーんとお着替えだ。メイドさん方に脱がされて、運動服を着させられる。そして裏庭で朝の運動である。
んにっんにっ。私はダイエットのために朝食前の運動を始めた。体術の先生はすっかり身体のキレが無くなった私の動きをふがふがと見つめている。
タルト兄さまと組み手をすることは無くなり、妹シリアナも一緒に運動しなくなってしまった。
私は一人でふにふにと身体を動かす。
こうして自分の手足で身体を動かすと、実に髪の毛が邪魔である。わさあ。わさあ。
軽く汗をかいたところで朝風呂タイムだ。一人用の浴槽にじゃぼんこと入る。ちょうどよい湯加減のぬるさだ。週に二度くらい、お湯が冷たかったり、熱すぎたりする。調整が雑なメイドがいるのだ。ぷんすこ。
汗を洗い流すとタオルでわしゃわしゃタイムだ。私はされるがままとなる。意識は宇宙へ行くので髪の毛は動かない。動かすとメイドさんに文句を言われる。「大人しくしなさい。めっ」と。
私はお人形状態となる。次は着せ替え人形だ。重いドレスをずぽっと着せられる。私に選択権はない。私が選ぶとするとネグリジェになるからだ。理由は言わずもがな。
私の隣では同じようにホネスケがドレスを着せられていた。なぜだろう……。メイドさん方のおもちゃになってしまっているが、骨身のままでいるよりはましだろうか。
ちなみに片割れはノノンの穴にすっぽり入ったときにそのまま持ち去られてしまった。残されたホネスケを見る限りでは意思も動作も同期していない。きっと二人はブルートゥースか何かで繋がっていたのだろう。
朝ごはん。ぽんぽこお腹がぐうと鳴く。家族団らん。だけどママンと次男アルテイルくんはいない。これはママンが魔力の放出が苦手なことに起因する。魔法が使えないママンは魔力を体内に溜め込んでしまうのだ。タルト兄さまの逆である。タルト兄さまは魔力を吸収できない。
溜め込むといえば私もである。ノノンといざこざやり合うことがなくなったため、魔法を使っていない。髪の毛の操作は、まあ、精霊魔法ではあるのだが、もはや精霊さんが勝手に動いてるので魔力を使っていないのだ。そもそも私の髪の毛からは魔力が漏れ出して虹色に輝いていたようなので、元々垂れ流しだったものを髪の精霊さんが使っているに過ぎない。
つまり、髪の毛を動かしているだけでは、またお腹の魔法器官に結石ができてしまうのだ。
パンとソーセージと枝豆と芋をもきゅもきゅ食べて食休み。私の食休みはお昼ごはんの時間まで続く。
すやあ。
「おい。まだ準備してないのか?」
タルト兄さまだ。勝手にレディの部屋に入ってきよってからに。
「ふん。ルアに入室許可は貰っている」
ルアって……。ルアはタルト兄さまの婚約者となり、私の侍女ではなくなった。だから無関係なはずなのに。解せぬ。
「ティアラちゃんのことですから、きっと話を聞いておりませんよっ」
「まあいつものことだな」
なんだと?
実際何も聞いていなかったので、すんとおすましモードでごまかした。
「あー。ごまかしてる顔ですねー。ソルティアもわかってきましたよー」
「話を伝えていなかったのか?」
そうだそうだ! 大事な用事を伝えなかったソルティアちゃんが悪い!
「先ほど伝えましたよー? ふんふんわかったと答えてましたよー?」
甘いなソルティアちゃん。相づちをしているからといって聞いているとは限らないのだ。ふふんっ。
「ペアルックのアヒルが来る。お前絡みの件だ」
突然何言ってるんだこいつ……。タルト兄さまは暑さで頭がおかしくなったようだ。
そして応接間に現れたのはアヒルではなくクマだった。
「熊人のアヒルメスタだす」
「精霊姫のティアラにゅにゅ」
私は毛むくじゃらのでかい熊に対抗して背伸びをした。しかしサイズ感が違いすぎる。大型猫人よりさらに大きいかもしれない。あまりの大きさで彼は部屋の中で縮こまっている。
握手をした方が良いだろうか。
私が手を伸ばすと、彼は指を出した。ぎゅっ。体躯の割には繊細な指かも。
握指のあと、思わず私は握った手の匂いを嗅いだ。くんくん。獣臭かったらいやだなと思ったが、むしろ甘い香りがした。
この匂いは!? そうか! 熊! 蜂蜜! 私絡み……あの件か!
ふむふむ。どさり。ソファに座って話を聞く。
彼の椅子は、ただの革張りの木の椅子だ。別に差別とかではない。彼の体躯で座れる椅子が、私の超重量期の体重を受け止めるための強化椅子しかなかったのだ。
彼がその椅子に座ると、それはみしりと音を立てた。しかし潰れない。さすが一流の椅子だ。
「これは、良い椅子だすね」
ふふん。パパが作らせた特注品だからね。
さて。挨拶はそこそこ。彼は本題を切り出した。
「これが、わたすたつがスパナクラウの蜂蜜だす」
やったあ! 蜂蜜のお土産だ!
瓶に指を入れようとしたら、ソルティアちゃんに取り上げられた。
そして話はまだあるらしい。
「姫様におかれますては、スパナクラウから手を引いていただきたい」
「ふむ……」
ちらっ。私は、蜂蜜をメイドさんに受け渡しているソルティアちゃんを横目で見た。
何の話かわからんのじゃが? たすけて?
「姫様。シバウナクルネスのことでございましょう」
代わりに教育係のおばさんが教えてくれた。なんでいるんだろうと思ったら訛りの翻訳のためか。
シバウナクルネス。直訳すると月のない森。私が犬人族を蜂蜜造りに送り込んだ南西の地の名だ。
彼はそこの先住民なのであろう。私が何も考えずに犬人族の街を作っちゃる! と言ってしまったためにクレームが来たようだ。
熊人の目がギラリと私を睨んでいるように見える。さっきまでおっきなふわふわくまさんの印象だったのに。ぷるぷる。




