161話:ただの不審者です
魔法学校の敷地の中庭。その奥には上級生が使う広い修練場となっている。クモ型ゴラムの試作品に体験乗車した場所だ。空へ立ち昇る煙を発する紅蓮の炎はそこへ向かい、私は髪の毛で駆ける。ずささささっ。
私が通りかかると、生徒たちはぎょっとした表情で私を凝視した。なんだ? 今の私はちゃんと服を着ている。えっちなソシャゲの同人誌みたいな格好はしていない。
生徒の一人が「蜘蛛の魔物だ!」と叫んだ。蜘蛛だと? まさか、あの炎は魔物の襲撃によるものなのだろうか。私は在籍中の頃の錆色飛竜の襲来を思い出した。ぶるり。思わず思い出し漏らしをした。
「アラークめ!」
近くにいるのか!? まさか後ろ!?
私は後ろに振り返る。
な!? その隙に私に魔法が撃ち込まれた。魔法はバチンと自動防御で弾かれたのでダメージはない。む、正面!?
そこには生徒たちが私に手を向けて魔法を放っていた。
「え? 蜘蛛の魔物は?」
さらに私に向かって魔法が撃ち込まれる。
「下がるのじゃ! 儂がやる!」
あ、おじいちゃん先生! おーい! ぶんぶん。
私の振る手に氷の弾が撃ち込まれた。魔法はパアンと弾かれるが、続けて怒涛の雹が私に降り注ぐ。あいたたたたっ!
勘の鋭い私はすぐに気が付いた。これ私が魔物と思われてるじゃん。
髪の毛移動モードは蜘蛛みたいだと宮殿でも不評であった。初見では魔物に見えてしまうのだろう。どう見ても本体は美少女だというのに。
私は髪の毛移動モードを解いて、自分の足で地面に立った。そして一年期卒業の証の満月のバッジを掲げた。きらーん。
「あいてててっ」
おじいちゃん先生の魔法が止まらん。
しかたなし。私はすたすたと近づいて、おじいちゃん先生を髪の毛でべちーんと叩いた。
「おじいちゃん先生。私です。精霊姫です」
「知らぬ!」
「にゅにゅ姫です」
「ああ。あの。大きくなって……ないのう」
なってないけどさあ。
おじいちゃん先生はやっと正気を取り戻したらしい。
「して。にゅーは何しにチェルイへ?」
「パパからの手紙を届けにきました。はい」
私はおじいちゃん先生に手紙を渡してミッション終了である。
「オルバスタ侯爵の手紙……わし宛かの? ああ、そういえばロアーネ様が亡くなられたのであったな……」
「ロアーネは関係ないけど。じゃ、キャンプファイアにいって来るんで」
ぽててててと、生徒の壁をかき分けて私は駆け出す。
「あっ。魔法結晶の樹の不審者は私だから。うっかり転移してきたのー」
「ふぁ!? 転移!?」
おじいちゃん先生が老眼鏡を手紙に落とした。
待ちなさいと言われたが、私は止まらない。私はお祭りが気になるのだ。ひゃほーい。おじいちゃん先生は義足なので私に追いつけない。
炎に向けて走っていると、生徒たちの数が増えていった。私は背が低いので先が見えない。んにににに。何をしているんだろう。
んにんに背伸びをしていたら、おっさんに話しかけられた。教員だろうか。
「君は……二年生か? 見かけない顔だが」
「いえ。お祭りの感じがするでしたので、来まし参りましにゅにゅ」
私は怪しく思われないように、お嬢様然として答えた。
しかし私は怪訝な表情で見られた。そして捕まった。ぷらーん。
「不審者じゃないです」
「不審者はみなそう言う」
「なら不審者です」
「やはりそうか」
理不尽な。私はぽいっと地面に降ろされた。
「危ないから子どもは離れていなさい」
「何をしてるんです?」
「炎を消す訓練だ」
なんだ……キャンプファイアじゃなかったのか……。
私は髪の毛を使っておじさんの身体を登り、肩に乗った。人垣の先を見ると、生徒たちが炎に向かって魔法を繰り出していた。
「お、おいアンディ! 変なのに寄生されてるぞ!?」
「なんだこいつ!? 魔物か!?」
隣の生徒たちが騒ぎ出した。ってかこのおっさん、周りの反応からして生徒かよ。
「気にしないで。私はただの不審者です」
「なんだただの不審者か」
「ああ、どうやら不審者のようだ」
不審者で済まされてしまった。
今度は本当の教員らしきおじさんが、私たちの方へ向かって声を上げた。どうやら次は私の下のアンディたちグループの出番のようだ。アンディの列が前へ出て、炎を取り囲む。
「おいアンディ。なんだその頭の上の魔物は」
「ただの美少女です」
「なんだただの美少女か」
美少女で済まされてしまった。
教員おじさんが手を上げ「はじめ!」と叫んだ。生徒たちが魔法を撃ち込みだす。
よしいけアンディ! お前の力を見せてみろ!
しかしアンディは腕を組んで炎を見つめたままだ。どうしたアンディ。突っ立っているだけでは課題点が取れないぞ。
「オラは炎魔法しか使えん」
ああなるほど……。消火活動に炎魔法をぶつけてもしょうがないわな。
「先生。アンディくんができることはありませんか?」
「ふむ。炎魔法使いは火傷に耐性を持つ。鍋つかみ無しでうっかり鍋に触っても無事だ」
それはすごい。
「炎が弱まったところで火元の人形を救出してもらう」
ほう。アンディはそのタイミングを見ていたのか。
そして薪のタワーの炎が弱まったところでアンディは駆け出した。まだ距離はあるのに火の粉が降ってくる。あちゅちゅ!
アンディが炎に近づいたことによって、後方からの消火のための魔法の手が緩んだ。炎は勢いを取り戻し、私たちに襲いかかった。
ちっ。もう少しで人形に届いたのに、これでは仕切り直しか。
しかしアンディは引かずに両手を前に突き出した。
「火炎放射」
襲い来る炎に炎がぶつかった。そうだ。炎は風を起こし、迫りくる炎ならば打ち消せるのだ。
炎を押し返した。そしてアンディは少し焦げた人形を掴んだ。
しかしそこで手は止まってしまった。
「どうしたアンディ? 人形を抱えて戻るんだ」
「し、しかしすでに肩が塞がっている……」
はっ!
アンディは普通の体格のおっさんだ。マッチョではない。魔法使いは筋肉が付きにくいのだ。ゆえに華奢である。
そんな一般人は、救助対象を抱きかかえることなんてできない。肩に担ぎ上げるのが現実的であろう。しかしアンディの肩にはすでに私が乗っているのであった。
これを解決するには私は地面に降りるしかない! しゅた。私は降りた。
ぐらり。しかし新たな問題が発生した。薪タワーが風に煽られて揺れたのだ。そして炎を纏った薪が私たちの頭上に降り注ぐ……。
「ひぃ!」
火傷を覚悟した私は無事だ。しかしちびったのでおぱんつは無事ではなかった。
そんな私の肩に手が置かれた。
「大丈夫か。不審者ちゃん」
名も知らぬアンディの友人が私を助けてくれたようだ。正確には私にいま話しかけた方ではなく、もう一人の友人Bが風魔法で落下地点をずらしたようだ。
そして友人Aは私にぐっと親指を立てた。何しに来たお前。
「救助対象確保ぉ!」
アンディが人形を抱え、友人Bが火の粉を払い、友人Aは両手を掲げて吠えた。邪魔だなこいつ。
ぽてててて。救助ミッション完了である。
「よくやった!」
「ナイッスー」
生徒たちがイエーイとハイタッチをしていく。私もその輪に交じるが、背が低いので届かない。ぴょんぴょん。
「なんだこのちっこいのは」
「ただのちっこいのです」
「いやどこの子だよ」
ついに突っ込まれてしまった。
しかしあれだな。祭りじゃなくてただの火災訓練だったか。どこにもテキヤは見当たらない。しょんぼり。残念無念である。
ならばこんなこんな場所には用はない。さっさとおいとまするとしよう。
メンバーチェンジの人の流れに乗って、私はするりんこと人波から抜け出した。するとおじいちゃん先生が私を待ち構えていた。
「何をしておる」
「火災訓練に混ざってました」
「そうかそうか」
おじいちゃん先生はふむふむと納得した。ちょろいな。
「では転移を見せてもらおうかの」
まあ、もう帰るからいいけど……。ぽってぽってと魔法結晶樹のところまで戻ってきた。
そしておじいちゃん先生は私の手を掴んだ。
「ん?」
「ほれ、どうした? 時間かかるのかの?」
おじいちゃん先生も付いてくる気か? まあいいけど。
私は魔法結晶樹に手をかざした。魔法結晶樹にくぱあと白いワープポータルが開き、私はにゅっと飛び込んだ。
しかし手の部分でバチンと衝撃が走った。
そして目の前には泉が広がる。側にはタルト兄さまとパパがいた。ずっと待っていたようだ。
「ただいまー」
「おかえりティアラ。無事だったかい?」
「なんか煤臭いなお前」
ぎくり。臭いは煤だけじゃないことは秘密だ。
ところで手を握っていたはずのおじいちゃん先生の姿は見当たらない。どうやらあの弾かれた衝撃は、おじいちゃん先生が通れなかったからのようだ。
にゃんこや妹シリアナは通れたのになあ。何が違うんだろう。地味に謎ができてしまった。
「パパー。パパも転移してみない?」
「よし」
「おいティアラ! 父上に何かあったらどうすんだよ! 父上もお止めください!」
ちぇー。まあ確かにパパと一緒ににゅるんと転移したら、またおじいちゃん先生に捕まりそうだしなあ。
それにタルト兄様に言われたように、確かに身体が臭い。煤と灰とアンディの臭いがする。あいつもしやワキガだったかもしらん。早く帰ってお風呂はいろー。




