16話:脳筋タイプの魔法使い
私の魔法の暴走(?)は豊穣魔法となったようだが、やっぱりあれから自己流では魔法を発動することはできなかった。
侍女リアは相変わらず教えてくれないし、運動不足の居候合法ロリシスターにもはぐらかされてきた。
私は、ソファに寝転がって本を読んでいるロアーネのお腹の上に座った。ロアーネは「ぐえ」と鳴いた。
「魔法なら教えなくても使えているじゃないですか」
そう。彼女たちからしたら私は、わけのわからない強大な効果の豊穣魔法を発動した六歳の超絶可愛いぷにぷに幼女である。であるからして「魔法が使い方がわからない」と言っても、何言ってんだおめぇと思われるばかりである。
そしてリアもロアーネも、意地悪で教えてくれないわけではない事はわかった。
「難しい話はわからないでしょう?」
「ぬ」
実は私は異世界語をこの一年でマスターしたわけではない。頑張ればできるじゃん! 私天才じゃん! とかうぬぼれていたが、みんなが喋れない幼女相手に簡単な言葉を使っているだけであった。雰囲気とニュアンスで補完しているが、大人同士の会話はわからないことも多い。
そんななので、魔法言語→異世界語→日本語と脳内変換することに支障が出る。確かに並行して学ぶと日常会話の中に魔法言語混じりそうかも……。
それに、こうとも言われた。
「ティアラ様はウマァジではないじゃないですか」
「え?」
ぷにぷに幼女魔法使い説が否定されてしまった。それではただのぷにぷにになってしまうではないか!
さて、「ウマァジ」=「魔法使い」と思い込んでいたのだが、宗教的にはまた少し違う意味があるようだ。ウマァジとは月の国の民を意味する。つまり、どういうことかというと。
「ティアラ様は神の住まう太陽の国から来られましたから、月の民ではありませんよね」
「んなっ」
エイジス教で当てはめると、どうやら私は現人神になるようなのだ。
宗教的解釈だけでなく、そこがどういう影響になるかというと、魔法は月の民が月の言葉で詠唱をし発動する。
よくわからんのに豊穣魔法を発動させた私は、月の言葉を知らなくても魔法が使えるんですね! さすが太陽の民! ということである。それなのに「魔法教えて」と言われたらリアもそりゃ困惑するだろう。
「でも私、水の魔法出ない。おしっこしか出ない」
ロアーネに笑われた。むぐぐ。
「太陽の言葉で唱えてみてはどうです?」
一度試したことはあるんだけどなぁ。
とりあえず、ロアーネに私の水魔法を見せてみることにした。
「なんて言えばいいんだろう」
「水を手のひらに満たす、で良いのでは」
「月の言葉で言うと?」
「水を 手のひらに 満たす」
「にょわ だいこん おろし!」
出ない!
リアが「月の言葉は難しいですからね」とフォローしてくれた。ロアーネに「ティアラ様には」と付け加えられた。むぐぐ……。
「《水を手のひらに満たす》」
今度は日本語で言ってみた。
すると手のひらの中に光が現れた。これが魔力の光!? できた!?
「む! むむむむっ!」
そのまま気合を入れてみる。お腹に力を入れた。また違う水魔法が下から出た。
だが成功の予感がした私は、気にせず手のひらに集中した。
手のひらに光が渦巻いていく。まだ……、まだ水にならないのか。額から汗も出てきた。
「ちょっ! ティアラ様、止めてください!」
も、もう少し……。
「《手のひらの魔力よ、水と成れぇ!》」
ぴかぁん。手のひらの光の玉が弾けた。
どうだ!? 光で見えなかったけど、足元が水浸しになっているぞ!
「ひとまず、着替えましょうか」
私はリアにお風呂へと担がれていった。
さて。
部屋に戻ってきた私に、ロアーネは真面目な顔で私を目の前に座らせた。
「ちょっと信じられないことですが……、ティアラ様は魔法が使えませんね」
「でも水は出たよ?」
「お小水ですよね?」
ばれたか。
「さきほどのことを考えるに、ティアラ様は普通ではない多量の魔力を操れるのに、ええと、魔力から他のものを作れないようです。例えるなら、じゃがいもが沢山あっても、切ったり茹でたりできない感じでしょうか」
まじか。
魔力を事象に変換できないということ? え? なにそのバグ。
「しかしなるほど。だからティアラ様は魔法に興味があったのですね。すると……豊穣魔法も魔法ではなく、直接魔力を地面に注ぎ込んだということですか……」
狼やタルト兄様の侍女を失神させたのも、魔法ではなく魔力をそのままぶつけたということ?
つまりこれはあれだな。私は理解した。脳筋タイプの魔法使いだ……。生まれ持った純粋なパゥワー! ってタイプじゃん。待てよ、一年前もそんなことを考えた気がする……。
しょんぼり。
ロアーネはそんな私の手を取った。
「ティアラ様は魔法で何をなさいたいのですか」
魔法で何をしたい、か。言われてみれば、使ってみたいという気持ちが先で、特に考えていなかった。強いて言うならば、魔法の力でこの世の金銀財宝を手にして女の子を侍らせたい。そんなことを答えたら聖職者のロアーネに蹴られそうなので真面目に考えて答える。
「ふむー。アスフォート倒したい」
パパはアスフォートを撃退したが、倒せてはいない。パパの腕の仇を取るのだ。パパの腕はくっついたが、もう剣を持つことができるかわからない。今はギターを弾いてリハビリをしている。ママはそれを聴いて昔を思い出すとか言ってイチャイチャしていた。プロポーズにでも使ったのだろうか。
「アスフォートですか。それでしたら問題ありませんね」
やっぱり難しいか。ん? 問題ないの?
「魔力をそのままぶつければいいのです」
あっ! いわゆるマジックアローか!
多くのRPGにおける、魔法使いの基本魔法だ。魔力を指先に収束して矢のように放つ。
それなら私もできそう!
私が指をロアーネに向けたら、ロアーネはひっくり返り、リアが私に飛びかかってきた!
「殺しちゃダメです!」
い、いや殺さないよ? ちょっと試そうと考えちゃったけど……。
うん。後日、ちゃんと外で試すことにしよう。
だけどタイミングが難しい。体術の訓練の後が良いのだが、四人で運動した後はいつもそのまま外で遊ぶ流れとなる。私だけ魔法特訓するからとこそこそ一人離れて練習することはできない。三人は絶対興味を持つし、危ないし。
うずうず。
うずうず。
そうだ! 私はパパのいる書斎へ向かった。
「ん? ティアラじゃないか。どうしたんだい? またプロスタルトに殴られたのか?」
タルト兄様に殴られたのは、訓練中に寸止めを失敗したただの事故である。痛みで思わず泣いてしまったら、どうに伝わったのかパパの耳に話が入り、パパがタルト兄様をぶん殴って叱りつけるという事件が起こったのであった。
「森の狼駆除、いつ行く?」
「ふむ。また泉で探しものかな?」
パパは執事を呼び、「明日はティアラと共に森へ入る」と伝えた。
話が早い。
次の日、パパに連れられて森へ入った。またパパの前に乗馬した。パパの右手が心配なので、一緒に馬の手綱を握った。実はちょっと手綱を握ってみたかった。
パパには魔法の特訓したいと正直に伝えてあり、リアに加えてロアーネも付いてきている。今回はリアも馬に乗り、その前にロアーネが座る形だ。二人とも私と同じように乗馬服を着ている。
ちなみに、子ども三人には羨ましがられるので秘密である。
泉に着き、部下たちは泉の周囲を張る。
パパは私の魔法を見たくてウキウキしている。それどころか「パパの魔法を見せてあげよう」と言ってきた。あ、興味ある。見たぁい!
「バルムダム シュテア」
パパの左手から火球が発射され、岩にぶつかり爆発を起こした。ファイアボールだ!
「しゅごー!」
私は革手袋をはめた手でたふたふと拍手をした。
パパは胸を張ってハハハと笑った。お髭もこころなしかきゅるんとしている。
調子に乗ったついでに、パパに魔力を飛ばす魔法のお手本を頼んでみた。
「マァジルアリ シュテア」
パパの左手から白い光の弾丸が発射され、岩にぶつかり弾かれ消えた。おー、基本魔法っぽい。
「次わたしー!」
「やってごらん」
むむむむむ。私はパパみたいに左手を前に出し、手のひらに意識を集中した。
お股に力を入れて、下から水魔法が出ないように気をつける。
よし!
「まあじにゅあり ちゅれあ!」
んっ! 出ない!
んっ!
んっ!
んっ!
繰り返し手のひらを突き出す私を見て、パパは「むずかしいだろう? まだ少し早いんじゃないかな?」と、ロアーネをチラ見して言った。
私もロアーネをチラ見する。アドバイスくれ!
「手のひらに魔力が集まっていませんね」
と、言われても、昨日と同じようにしているつもりなのだが。
やはり丹田! 丹田か!
お腹にきゅっと力を入れると、手のひらが光輝き始めた。
「おおすごいぞ! ティアラはすごい才能だ!」
「んくくっ!」
しかし力を入れるほどに、私の膀胱は締め付けられるのであった。
力をゆるめると、手の輝きもゆるまってしまう。
つまりこれはもう覚悟しなければならない。
「リア。後でよろしく」
リアは色々と察して、「お任せください」と答えた。
その言葉に私は安心して、全力を出した。
「《まじっくあろー》!」
魔力の矢が形成され、岩に向かって射出された。一瞬で着弾し、岩の側面にすり鉢状の穴を空けた。
「す、すごいぞ! 見たか! 見たよな! 岩にこんな指がすっぽり入るほどの穴が! マァジルアリでこの威力だぞ!?」
パパが駆け寄ってきて私を抱きしめようとしてきたので、私はそれを手で制した。
「ダメ、パパ」
「な、どうしたティアラ?」
私の拒否に、パパは困惑し、悲しそうな顔をした。
幼女だって乙女だ。乙女には秘密があるのだよ。幼女にならないとわからないと思うがね。
太ももが生暖かい。