158話:だらけまして、夏
そろそろ麦の刈り入れが始まろうという初夏の季節となった。そして私は変わらずだらぁと過ごしていた。元来私は生粋の引きこもりなのだ。限りなくだらける能力を持つ。それに事件とか何も起こらない方が良い。トラブルはこりごりである。つい先日も地下ダンジョンに落っこちたばかりだし。
地下ダンジョンといえば、双子王子の骨のホネスケが見当たらないような……。
「おーいホネスケー! ホネスケやーい!」
ソファで仰向けになって、背もたれに左足を、肘置きに右足を、頭をリルフィの膝枕に乗せて、ぐーてんだらけんしたままホネスケに呼びかけるが返事がない。
ちなみにホネスケは二人で一人。元々双子の骸骨なだけあって、全く見分けが付かない。なので名前を分ける必要はなかった。彼らの意思の元になっている双子苺魔石も一つだし。この前ちょっと二つに割れてたけど。
「あれ? ノノンもいないな」
そのおかげでリルフィの膝を独占できている。ノノンは相変わらず私のリルフィを奪おうとしてくるのだ。その邪魔者が昼食後のだらけタイムに部屋にいない。
リルフィは左手を伸ばし、私の左足を背もたれから落とした。ぽてふ。
「妹シリアナに連れて行かれましたよ」
合掌。さすがのノノンもシリアナ相手には分が悪いであろう。なんといっても純正幼女なのだ。幼女は最強だ。なぜなら幼女だからだ。理屈ではない。しかもでたらめに魔法が使える。きっとタルト兄様から魔法の才能を全て奪ったのだろう。
でたらめな幼女魔法と言えばノノンもそうだが、彼女はゲームで言うとサポートタイプだ。おそらく幼女パワーを全力でぶつけてくるシリアナとは相性が悪いであろう。純粋なパワータイプ相手には知力で絡め手を使うタイプじゃないと相手ができない。そう、私のような、ね。
やれやれ。私は髪の毛をうにょりと動かし、浮いたまま髪の毛で立ち上がった。歩いてるだけでよくもつれてる足よりも、今じゃ髪の毛の方が信頼できる。試したことはないが、やる気になれば髪の毛を暴力にも使えることだろう。まてよ、それだと私もパワータイプになるのでは……。
私は髪の毛から降りて、自分の足で絨毯の上に改めて立った。髪の毛の力は封印する。
「姉さま。助けに行かれるのですか?」
私はリルフィに振り返り、こくりとうなずく。
「ノノンが苦しんでる……もとい困ってる顔を見に行こうぜ!」
ひゃっほー! 私は部屋から駆け出した。
びゅうん。私には鍛えた脚がある。だらけきったおっさんとは違う幼女の健脚だ。だが私は速歩きで追ってくるソルティアちゃんに捕まった。おかしい。リルフィにもすぐに追いつかれた。ソルティアちゃんに「廊下で走っているのが見つかったらわたくしが叱られるのですからー」と頭を小突かれてしまった。えへへ。メイドさん方は私を猫可愛がりするので、こういった気の置けない仲といった形のままでいるソルティアちゃんはまた特別な存在である。欠点は私の侍女として暴力的な胸部の伝統が受け継がれていないことだ。……いやまだソルティアちゃんは13歳。ルアみたいにこれから爆発的な成長を起こすかもしれない。期待はしている。
「ふむ……」
私は髪の毛でソルティアちゃんの身体を撫で回した。ソルティアちゃんは山を駆け回っていたスレンダータイプである。見た目とは違いみちっとしんなりした筋肉が薄皮の下に隠れている。筋肉が付いているということはしっかりタンパク質が摂れているということである。魔法を使うことは走るのと同じで、使い続けると身体はエネルギー不足となり筋肉が分解される。マラソンと同じだ。ゆえにちゃんと健康的な食生活と魔法生活を送っているならば、そのしなやかな筋肉と同じく、いずれおっぱいも成長するはずである。
「えっちー」
ソルティアちゃんに伸ばした髪の毛を払われてしまった。セクハラ行為がバレて叱られた。えへへ。
リルフィにはセクハラはバレてない。よし。私に触られ慣れしすぎているだけかもしれない。もはや髪の毛で撫でたところで無反応である。さわさわ。
待てよ。リルフィの背が伸びている気がする……。もしかして私の背が縮んだ……? そうか。今は私は自分の足で立っているから、髪の毛で歩く時と違って視線が低いのか。つまり何か? 私はリルフィに背を抜かされている?
男の子の成長は女の子よりも遅いはずだ。男の娘だと違うのか? リルフィはいまだ女の子として育てられているので成長が早くてもおかしくないというのか。
いや違う。私はわかっていた。気が付かない振りをしていた。私が伸びていないのである。魔力が多いほど成長が止まると言われていたが、これほどまでに……。
私は背伸びをした。んにに。
よし。いい勝負だな。
「して。ノノンはどこへ?」
「離れではないですか?」
ママンは次男アルテイルくんを生んでからはほとんど離れで過ごすようになってしまった。なのでシリアナもよく離れへ行くことが多い。
すると、ノノンとホネスケはアルテイルくんのもとへ? これはまずい! 楽しみに乗り遅れる!
私は慌てて駆け出した。ぽてててて。
それにしても外暑いなあ。太陽がギンギンパラダイスである。南方のシビアン山脈から熱風を吹き下ろす。なぜか今年はまだ夏も早いのに暑い。そのせいか例年乾燥しているはずなのに湿気も高い。じめじめする。前世の日本を思い出す夏だ。汗が吹き出してドレスが肌にベタベタ貼り付いて気持ち悪い。スカートが足に絡みつく。
そしてその結果、足と足が複雑に交差して絡まった。ヘッドスライディング状態で前のめりに。しかし私には髪の毛操作がある。しゅるり。しゅたっ。両手を掲げて着地。華麗なるハンドスプリングならぬヘアスプリング受け身である。
隣では付いてきたソルティアちゃんが「おー」と感嘆の拍手をし、リルフィは呆れ顔である。さすがにこけたのをごまかしたのはバレたか。
「身体よりも髪の毛の方が上手に操れるようになってませんか?」
ふふん。髪の毛操作と言っても、実際には私が動かしているわけではない。私の髪の毛に棲み着いた精霊が動かしている。私は魔力操作すらしていないのだ。精霊が私の思念を読んで動かしている。つまり私の運動神経と無関係なのだ。
それはさておき。
先の離れの方角から、空へ向かって放水が上がり、太陽の光で白くきらめいた。間違いなく妹シリアナの魔法だ。
慌てて駆け寄ると、そこには案の定、シリアナが魔法で暴れていた。そしてそれに対峙しているのは弟アルテイルくんとノノンを肩に乗せたホネとスケだ。
「どゆことー!?」
いや、よく見ると戦っているのはホネとスケの双子の骨だ。ホネとスケは木の枝を手にして、鏡に向かい合ったかのような動きでそれを振り始めた。同じ動きでは勝負は付かないのでは……と思いきや、横からシリアナの水がぶっかけられた。思わず体制を崩すアルテイルくん。ホネスケAは木の棒を投げ、アルテイルくんを両手でキャッチ。勝負は決まったかと思いきや、ホネスケBが投げられた木の棒を払い、そしてそれは肩の上のノノンにぶつかり、「きゅん」と鳴き声を上げて地面に落ちた。
なるほど。なるほどな?
なにしてるんだ?
「やったあ勝ちましたぁー! あっ! ララ姉さま! 黒お姉さんと遊んでおりました!」
ふむ。だめだぞ。その黒お姉さんは悪い人だからね。ほらこっちへおいで。
しかしアルテイルくんは私から離れて、頭から地面にささっている黒お姉さんことノノンに駆け寄った。
弟を寝取られた!?
私はそれを追いかけると、地面に埋まった頭から声が聞こえた。
「抜いて」
自分で出ろや。私はノノンの足を引っ張った。しゅぽん。
「だいじょうぶですか?」
「大丈夫よ」
ノノンはアルテイルくんに向かって自身の長い黒髪を両手でふわさと払った。君そういうキャラだっけ? そういうのはミステリアスなお姉さんが行って映えるもので、ちんちくりん黒幼女がしても大人ぶりたい幼女にしか見えない。
じゃあおうちに帰ろうか。その黒いのは埋め直して。
しかしアルテイルくんは私から離れてしまった。
ノノン! お前なにを吹き込んだ!
「そう。私が伝えた。貴女の側にいると頭が悪くなる、と」
なにをー!
ノノンはしゅんと私の手から逃れ、ホネスケBに乗った。私もすかさずホネスケAに飛び乗る。
ゆけ! ホネスケ! あの黒いのをやっつけろ!
私たちは先の事件から、魔法による闘いを禁じられた。これは代理戦争だ。直接魔法をぶつけ合っているわけではないからセーフだ。
ホネスケ同士が手にした棒きれがぶつかり合い、骨が軋む。ホネスケ同士は同一意志なため、右手と左手が戦っているようなものだ。やれやれこれは骨が折れる。
なるほど。つまりは同一性能で同一意志のため搭乗者の差が顕著に出るわけか。そして横からシリアナの水の邪魔が入る。水しぶきが冷たくて気持ちいい。もしかして暑いから水撒いてるだけ……?
「おっと」
私の意識が逸れている隙に、マイホネスケの足元に穴ぼこを作られていた。マイホネスケが体制を崩し、拮抗が崩れる。ノノンホネスケの一撃が私に迫る。だが、ノノンホネスケもがくんと前へつんのめった。
そっちが間接的に魔法を使ってくるなら、こっちもだ。私はノノンホネスケの足元の草に思念を送り、足を絡め取るように指示をしていた。
傍から観ると、お互いのホネスケが鏡合わせにずっこけただけだ。
「ひきょう」
「そっちが先にやったんじゃろがい!」
挑発に乗ってみせた私は、一直線にマイホネスケを走らせるように見せた。ノノンは無表情なまま笑みを漏らす。ノノンホネスケの眼の前の地面にぽっかりと黒い穴が空いた。
もちろんそんなものは読んでいる。
「とあ!」
「なんッ!?」
マイホネスケは跳んだ。そしてそれはノノンホネスケに悟られていない。私の髪の毛の力でマイホネスケごと大穴を越える勢いで跳んだのだ。
そしてマイホネスケに同調したノノンホネスケも跳ねた。だがその飛距離はあまりにも短い。ノノンホネスケは自ら開けた穴に飛び込んだ。そして慌てて穴を閉じようとしたノノンは、頭から下が地面に埋まった形となった。
「抜いて」
私はノノンの頭を引っ張り地面から引き抜いた。しゅぽん。
「なるほど。つまりそういうことか」
「ふふん。わかってくれた?」
私の側にいるとアルテイルくんの頭が悪くなる。アルテイルくんのおでこには金色の三つ目のような魔石が埋まっている。魔石は魔力に同調する。人の意志を読むと言ってもよい。強い魔力を持つ私がアルテイルくんの側にいると、アルテイルくんの頭の魔石に影響を与えてしまう。そういえば、シリアナが急激に大暴れ魔法幼女になったのは、私が側で魔法を使い始めてからだ。そうだ。私が作ってしまったのだ。あの魔法モンスター幼女を。
シリアナは猫人メイドサビちゃんを巻き込んで、空飛ぶ龍のごとく水流に乗って夏空を駆けていた。何してんだあいつ。
「貴女のあふぉがこの子に移る」
「なにゅを!?」
こいつ! やっぱり私の悪口を吹き込んでただけじゃねえか!
殴りかかろうとする私を背後からリルフィが抱き止めた。
「姉さま。暴力はだめです」
「大丈夫。ちょっと押し込んで帰すだけだから」
私は髪の毛でノノンを掴み、地面の穴にずぼっと黒幼女を埋め直した。よし。
頭だけ顔を出したノノンは私を上目使いで見上げた。
「一度帰ろうと思う」
おう。帰れ帰れ。ぐにぐに。
「南でまた逢いましょう。妹よ」
そう言い残しノノンは黒穴にとぷんと沈んで溶けた。
あいつ! 最後までマウントを取って来やがった!
「え? 姉さまは彼女の妹だったのですか?」
んもうリルフィは純粋だなあ。ノノンが言うことなんか十割でたらめなのに。
しかし一応聞いておく。
「南って何があるっけ?」
「シビアン山脈ですか?」
リルフィがそう答えた。そしてソルティアちゃんが「わたくしの故郷もありますよー」と答えた。ソルティアちゃんにはアルテイルくんが引っ付いていた。私がノノンと争っているうちに、アルテイルくんはソルティアちゃんに懐いていたようだ。寝取られた!
そんなアルテイルくんはぴょいと手を挙げた。
「はい! 南には太陽があります!」
そうだね。ショタっ子かわいいなあ。よちよち。




