156話:いまだぺたんこボディー
ベイリア帝国南西部のオルバスタ領邦は田舎である。だが太古の時代はただの砦でしかなかったオルビリアは鉄道網が作られ、土魔法で固められた道が整備され始めていた。都市は活気で溢れ、今や広場で不味い串焼き肉を売る屋台も無くなった……と思ったら、その屋台は令嬢芋を使ったじゃがバターを売っていた。
私は教会へ向かうついでにじゃがマヨをほふほふ食べる。
「うまそう」
「しょうがないにゃあ」
隣の漆黒幼女ノノンと半分こ。
ふむ。これはマヨソースロードのカルラスの味。なるほど。
はふはふしながら店主を見ると、店主もじっと私たちの顔をうかがっていた。
「姫ちゃん。味はどうですかい」
「まあまあ」
私がもごもご芋を飲み込んでいる間に勝手にノノンが答えた。店主は満足そうにうなずく。
街の多くの民は私を精霊姫と呼ぶが、昔からの顔馴染みは姫ちゃんと呼ぶ。12歳になった今でも私はぷにぷに少女なのであった。
店の脇で猫人の男が腕を組んで胸を反らした。これは偉そうにしているわけではなく、敬意を称した挨拶である。猫ゆえに腹を見せるのは心を許した相手にするのだ。猫人の男は店の荷運びで働いているようだ。このような人の街に適応した猫人を、広場でもちらほら見かけることが多くなった。
私がぽってぽってと街を歩くと、あちこちから「にゅにゅ姫」と声をかけられる。地元ではにゅにゅ姫呼びは広まっていなかったはずだが、この辺りも猫人の影響が大きいようだ。あと単純に呼びやすいらしい。
「にゅにゅ姫、威厳なし」
にゃんだとぉ!?
スーパーキラキラカラフルレインボウヘアの超絶美少女の私に威厳がないだと!? ソルティア! 手鏡を持て!
ふむ。ほっぺに芋のかけらが付いてた。そういうのは早く教えて?
ハンカチでほっぺをふきふきされて、教会へ向かう。その前にカルラスに会いに行こうか。
「おっ仲がいいですねえ姫様方」
「よくない」
髪にバンダナを巻いたカルラスに距離の近さを指摘されて、私とノノンはお互いのほっぺを押し合う。むぎゅぎゅ。ちなみに今日は髪の毛はくっついてはいない。
「何しに来たんだ姫様」
むっ。なんだか偉そうだなお前。ぺしぺし。
「なんだよ。いつもどおりじゃねえか……」
いつもどおりだから困るんだ。さっき威厳がないと言われちゃったからな。
それはさておき、別にただの寄り道であって、用事があるわけではない。
そして立ち寄った木札工場はすっかり別の様子となっていた。まず木札工場ではなくなっていた。玉ねぎに目が描かれた紋章のマヨネーズ工場となっていた。そういえば屋台にもその紋章が付いていた。なるほど。あの屋台はカルラスの味を盗んだわけではなく系列店だったわけか。
ところでこの紋章は……。
「ああ。姫様が描いたデザインを参考にしたんですよ」
どことなく見覚えのある玉ねぎ頭だと思ったらなるほど……。私は見なかったことにした。
カルラスマヨネーズ工場はマヨネーズ生産だけでなく、新商品のソース開発も行っているようだ。「試食してみてくれ」と私の前にトーストが置かれた。そして隣にはピーナツバターの瓶が。
「これはダイジュバターだ」
ふむ……。また奇っ怪なものを……。大豆を使った新製品をソース作りの第一人者に託すと、ピーナツバターもどきができるのか。
あっ。意外と美味しい。
「んまい」
生意気漆黒幼女からもおすみつきが付いた。
ついでに教会へのお土産にいくつか貰っていこう、ダイジュバター。
さて。オルビリア教会はペタンコから精霊姫教へと移ったわけだが、別に何か変わったわけではなかった。なんか隣に粗末な物置小屋が建ったくらいだ。なんだろうと思ったら「キョヌウの教会です」と言われた。おおう……。そういえば精霊姫教の前に一度キョヌウを受け入れていたんだった。物置小屋に追いやってしまったのだろうか。しかし不和が起こっているようには見えないし、きっと大丈夫だろう。うん。私しらない。
教会へ入ると私はシスターたちに囲まれて、わちゃわちゃもちゃもちゃされた。ちょっ。やめんか! わちは教祖さまじゃぞ! 自分ではそんなつもりはないけど。
ソルティアからダイジュバターを渡してその場をおさめた。ふう。お土産を用意しておいて助かった。俗っぽいオルビリア宮殿のシスターたちは新作のダイジュバターの瓶に興味津々である。
そして半分は漆黒幼女のノノンにも興味津々であった。
「さわるな。いきょうとめ」
ノノンは東方の正フロイン教会であり、エイジス教ペタンコ、キョヌウとはまた違った宗派であった。ノノンは黒猫のような目つきでシスターたちをにらみつける。しかしシスターたちは黒猫を愛でるかのように小生意気な漆黒幼女にわちゃわちゃと群がりだした。
「君かわいいね!」
「何歳? どこ住み?」
「精霊教とかに興味ない?」
ナンパみたいな勢いで布教するな。
まあいい。ノノンを囮にして先に冷蔵庫へ向かおう。冷蔵庫の中にポアーネは安置されている。
今日、教会に来たのは他でもない。地下の双子王子のことと、双子苺魔石のことについてだ。
私はポアーネを冷蔵庫ぽわっと取り出し、まな板の上に置いた。
『なるほど。見つけたのですか』
顛末を、もこもこふわふわ白毛玉でぷりちーなのに中身が残念になってしまったポアーネに話すと、さも何ともないことのように言った。
「やっぱり知ってたの?」
『ええ。あの二人を地下へ幽閉したのはロアーネですから』
ふむ。やっぱりこいつが黒幕か。殺そう。私はそばにあった包丁を手にした。
彼女は今まな板の上のポアポア。生殺与奪は私が握っている。
『助けるためとはいえ、魔法器官の双子にはかわいそうなことをいたしました』
ふむ。黒いコウモリの翼が背中からどばっと生えてたもんな。あんなの付けてたらそりゃ魔物扱いで処分されてもおかしくないか。弟の三つ目のアルテイルが産まれた時もそんなこと言ってたな。森に捨てたことにして、地下へ隠すだったか。過去のロアーネはそれを本当にやっていたのだろう。
『あれは星降の月。季節外れの粉雪が山から振り下ろす風の強い晩――』
「待って。過去話は長くなりそうな予感がするからそれは一旦置いといて」
私も包丁を置いておく。
そしてソルティアちゃんに持たせていた双子苺魔石をポアーネの前に置いた。
「これがその、双子の王子の翼から出てきた、それを見守っていた時計の精霊らしき意思を持つ石なんだけど。なんかノリの良い双子の意思も混じってるようで、それが漆黒幼女の骨操作をさらに乗っ取って勝手に動き出した」
待て。自分でも何言ってるかわからなくなってきたぞ。
『なるほど。つまりこの石を調べたいわけですね』
「さすがロアーネ。賢い。天才」
あの説明で汲み取ってくれた。
ポアーネが白い毛玉の身体をよちよち動かして、双子苺魔石に触れた。するとぱあと光を放った。
『なるほど。離してください』
ポアーネの毛玉の一部が双子苺魔石にくっついていた。なんか汚い。やだなあ。
『確かに二人の意思が感じられます』
「やっぱり!」
双子王子がこの中に生きていたんだ!
『いえ。元の意思はかなり弱く、大部分がティアラ様の魔力で上書きされてますね』
「ふむ。つまり?」
『今のロアーネと同じような状態です。元のロアーネの記憶の一部と、ぽぽたろうと、ティアラ様の魔力で構成されている』
「え? ポアーネってそんな謎生物だったの……」
もうオリジナルが残ってないようなもんじゃん。そんな話もすでに聞いてたような気もするけど。
つまりあれか。この苺魔石は、双子王子と、時計の精霊と、私の魔力がごっちゃになった謎魔石。それにノノンの闇魔力が加わり最強に見える。
え? なんなんだこいつ。つんつん。
私が苺魔石をつつくと声が聞こえてきた。
『我と親和性の高い魔力ゆえに、双子王子の骨を操れたのだ』
お前が答え言うんかい!
『その石は元々双子王子の魔法器官ですから、闇魔力を通じて繋がったのでしょう』
ほらー。ロアーネの解答が後出しみたいになっちゃったじゃん。
「そう。骨操作は精霊姫と同じ」
漆黒幼女がミステリアスの雰囲気をかもしだしつつ部屋に入ってきた。その黒い髪はシスターにもみくちゃにされてもちゃもちゃになっている。さらに私の事を精霊姫と呼んでいる辺り、かなり洗脳されかかっているようだ。
「同じ……。まさかつまりそれって!?」
何もわかっていないが私はノノンのセリフに乗った。
ノノンは背を壁にもたれかかり、腕を組み、静かにうなずく。
「魔力は意思を持たせるの」
「な、なんだってー!?」
「ノノンも。貴女も。そしてロアーネも。そうして生まれた」
そうか。だから私は森の泉で突然生まれたのか。
『違いますけど』
ロアーネがそう言うなら、ほな違うかー。
「ロアーネはいつもそう。ノノンの邪魔をする」
『解釈違いというヤツですね』
軽いノリで宗教戦争始めるな。お互い魔力出すな。もうめんどくさいな。
私はポアーネをぽいと冷蔵庫に入れて教会の厨房を後にした。
「ソルティアちゃんはどう思う?」
「わたくしですかー? わたくしはお父様とお母様の意思から生まれたのですよ。あっ。にゅにゅ姫様にはまだ早いですかー」
あ、この話題ってそういう?
なんで私が気まずくならないといけないんだ。すました顔の漆黒幼女のせいだ。このっこのっ。
「違う。人は月の女神の意思によって生まれる」
話を混ぜ返すな! やめやめっ……いや。ここはその宗教的解釈に乗っておこう。うん。二次性徴がまだなティアラちゃんにはわからない話なのだ。
 




