154話:黒翼の双子の王子
身体を寄せ合った黒翼の双子の王子は、ぎぎぎと首を私たちへ向けた。その瞳は虚ろで光はない。
身体が癒着してる様子の彼らは、奇しくも髪の毛がこんがらがって解けない私たちと似ていた。彼らの左側の王子は頭を下げて怯え、そして私も同様に怯えていた。動揺している。
右の悪魔の目が深紅に輝き、私へ手を向けた。血のような赤い魔力がその手にまとう。
そして放たれた。
右の悪魔が放った血の射出はノノンの黒の射出によって弾かれた。弾かれた魔力は部屋のあちこちに飛び散り、そして触手が生えた。
なにこれ怖! うねうねしてる! もうホラーはいいって! ぷるる。
「何をしてるの? 早くしないと――」
再び部屋の中央で、悪魔とノノンの魔力が衝突して弾ける。
私は急いで魔力を練らないといけないと思いつつも、手が震えて動かない。
私は弱い人間だ。周りに色々持てはやされていただけで、中身はただのぷにぷにおっさんだ。強いのは泉の精霊の魔力なだけなのだ。私は動けなくなっていた。ぷるぷる。
三度ばあんと魔力が弾ける。
私は気付いてしまった。私は強くあれとされていた。いつだって余裕があるつもりでいた。それはいつも隣に誰かいて、一人ではなかったからだ。
「わかった。貴女が何もしないならノノンが何とかする」
ノノンに黒い魔力が凝縮する。
待って。と、声も出せなかった。
代わりに私の流した涙がノノンを止めた。
古の王子の特大な深紅の魔力が、無防備に立ち尽くす私たちへぶつかった。強い魔力には思念がこめられる。彼の魔力から感じた感情は、怒りでも殺意でもなく、嘆きであった。
そんな魔力では私たちを殺せない。
「怖いの?」
彼もまた私と同じで怯えているだけであった。
そしてもう一人の王子が顔を上げる。今度はほとばしる殺意の魔力。だがそれは、内へ向けていた。これが悪い魔力の正体。死して死ねぬ自らを殺すための殺意。
しかし自分を殺したいと願う感情はエネルギーとなる。本当に死にたいならば消えたいと願うはずだ。だから彼は、心の内に相反する感情を持っていた。それは、一人ではなかったから。
「わかった。もう怯えなくていい。私がまとめて消してあげる」
私が手を向けて虹色の魔力を集めると、彼らも深紅の魔力をまとい始めた。お互いを守る防衛本能が彼らをここに縛り付けている。
彼らを解放できるのは私だけ。
さあ解き放とう。
「まにっくあにょー!」
不完全なマジックアローは形を成さず、ふにゃっとしたビームが発射された。びびびびび。
彼らを守る深紅の魔力に、私の虹色の魔力が覆いまとわりつく。やあやあごきげんいかが?
そのままぎゅっぎゅと魔力を揉みほぐして潰していく。ぎゅうう。
彼らはすでに死んでいる。死んだものの記憶や感情は残らない。だが移すことはできる。遺っていた彼らの残滓は、自身の黒い翼の魔法器官に封印されていたのだろう。
そして眠っていた彼らを起こしたのは私だ。いやノノンだ。ここは隣の漆黒幼女のせいにしておこう。真実は闇に葬り去られる。
「ふぬ!」
しかし彼らの深紅の魔力が固い。お腹に力を入れるも、私のお腹はぐぅと鳴いた。お腹すいた。
ああ、早く帰ってプリン食べたい。
私の虹色魔力がぱあんと弾かれた。しまった。気をそらしたせいで深紅魔力に抵抗されてしまった。
「失敗した」
「なんで?」
私は深紅の魔力ごとぎゅぎゅっと固めて再度封印しようと思ったのに、深紅の魔力はぷるるんとプリン状になってしまった。まるで巨大なブラッドプリンだ。黒翼の双子の王子はプリンの中へ封印された。
「プリンにしてやった」
「なんで?」
私は全て作戦通りだったことにした。
ブラッドプリンに包まれた彼らの悪い魔力は一応そこから漏れていない。これでノノンの黒沼ワープで帰ることができる。
しかし不安である。本当に血のプティングではないから腐ることはないだろうけど、ぷるんとしているのでそのうち自重で自壊しそうだ。というかすでに崩れ始めている。ブラッドプリンはぷるぷる揺れて動いていた。そしてぐしゃあと倒れた。あーあ。
「中身出ちゃった」
ぷるぷるブラッドプリンがぐちゃっと潰れて双子の王子が床にごろりと転がった。くっ、やり直しか!
飛散する魔力プリンを避けようとして、慌てて左右に分かれようとした私たち。しかし髪の毛が絡まっていたのでつんのめり床にごろりと転がった。
「なにしてんの!」
「むぅ。それはこっちの言葉」
転がったまま再び魔力を集めようとしたが、王子の様子がおかしい。黒くかたどった人の姿にヒビが入り、ぱらりぱらりと崩れていく。崩れた中から白骨が現れた。ぎゃー! 私は漏らした。
「む。もう魔力を漏らしてない」
ノノンはむおんと黒い霧を生み出して、双子の白骨を死体操作の魔法で操りだした。おま、不謹慎な。情緒もくそも無くなった。私が言えることじゃないけど。
しかしそれは日本人的な感覚を持った私の考えであり、ノノンにとっては動かせる骨はただの骨のようだ。その骨に先ほどまでの感情が残されていないのならば、確かにただの骨だ。
そして骨よりも、そこから離された翼の方に深紅の魔力は残っていた。彼らの翼は私たちの髪の毛のように絡み合っていたが、崩れてはらりと灰となる。中から現れたのは双子の苺のような魔石であった。
私がそれにおっかなびっくり触れると、『ごめんよ』と聞こえてきた。双子の意識か? 双子の声なのか? つんつんすると続けて『寝起きでびっくりしたんだ』と聞こえてきた。ふむ。急に目覚めさせて私たちは彼らを驚かせてしまったようだ。まあ寝起きで知らないぷにぷに美少女がわーっとやってきたら驚くよね。私も寝起きでシリアナとサビちゃんがわーっとやってきたら何をされるかわからないので驚いて抵抗するだろう。間違いなく戦が始まる。うむ。君は悪くない。でもグロホラーに放り込んだのは許さないよ。
『なんのこと?』
「ぶにぶにぐにゅぐにゅの部屋に落とし穴で落としたでしょ」
『うんわからないや。待って。我は何者なんだい?』
「いや、双子の王子でしょ?」
一体化した双子の王子の翼から出てきたのだから。
『双子の王子? うん。我はそれを知っている。我はずっと彼らを見守ってきた』
「見守ってきた?」
私が顔を上げると、そこには再び動きを止めている古時計が目に入った。
「なるほど。ならば君はあの古時計なんだね」
『古時計? でも時計は人と話せないでしょ?』
いやまあそうだけど。でも意思を持った空飛ぶウニとか、偉そうにしゃべる雪の精霊とか知ってるしな。ああそうか。それと同じなのか。
「君は時計の精霊で、双子の王子と混ざりあったんだ。なんで苺みたいになってるのかは知らないけど」
『じゃあ我は苺の精霊でもあるんだね』
「いやそれは違うと思うけど……」
私が双子苺魔石と話していると、ノノンが私のほっぺをつんつこしてきた。なんだよ。
「石と話す不思議ちゃん」
「そ、そう?」
最近自称不思議ちゃんキャラが危ういと思っていたのだが、不思議ちゃん互換のノノンにそう言われて、私は少しうれしく感じた。ふふん。魔石と会話する不思議美少女ティアラちゃん。来期はこれでいこう。
おもむろにノノンが双子苺魔石に手を伸ばした。奪われた魔石がノノンの手の中でちかっと光る。
「む。私も聞こえた。違う。骨で遊んでるわけじゃない。試運転」
いきなり私のアイデンティティが崩れ去った。だめ! 石と会話するキャラは私のなの! だめだ。試運転と言いながら双子の骨でワルツを踊らせる漆黒幼女に勝てる気がしない。負けだ。完全敗北である。私の特技といえば、虹色の髪をうねうね動かすだけなんだ。うねうね……。
部屋に散った赤い触手もうねうねと動く。
「帰ろう」
踊らせるのに満足したノノンは、闇の穴を作って双子の骨を飛び込ませた。続いて私たちもその中へ飛び込む。闇の中をうにうにと泳いでいると、ノノンに「動きにくい」と叱られてしまった。しょうがないじゃん! 闇の空間を泳ぐ特技なんて持ってないよ!
仕方がないのですいすい先へ泳ぐ双子の骸骨さん達に髪の毛を絡ませて、牽引してもらった。こりゃ楽だ。しゅごーと闇の中を進んでいると、すぐにまばゆい光を放つ魔力を感じた。良い香りがする! リルフィの香りだ! なるほど。ノノンがリルフィに惹きつけられるのもわかる。まあリルフィは私のだけど。
リルフィマーキングへ向かってしゅぽんと飛び出した。
「わあ! 骨ぇ!?」
リルフィは私たちに驚き尻もちを付きごろりと公転一回転してドレススカートをじわりと濡らした。ふむ。お漏らし仲間ができたな。とりあえずお風呂に行こうかむふふ。




