153話:おっさんが幼女を演じる方が気が狂っていたのでは……?
ぶにゅん。ぶにん。最悪な足元の感触は次第に慣れてきた。そんな感触のことよりも、じめっとぬるっとしていて足が滑るのが恐ろしくてたまらない。こんなところで転けたら私は全てが嫌になり、全力で魔力を放出しつくすだろう。そうしたら終わりである。
今では強制的にノノンとくっついている状態がありがたい。バランスという意味では最悪だが、一人だったら泣いていたし、それでいてノノンに頼るようなことはできなかったはずだ。
肉の道を歩いていると、ノノンがずべっと足を滑らせた。私はすかさず髪の毛でノノンの身体を支える。こいつめ、ちゃんと歩け。余計な手間だが、落下の時に手助けしてくれたので貸し借りなしだ。髪の毛で彼女を支えた時の重みで、私の腰はずっきんどっきんになってしまったが、この肉の床にダイブトゥフレッシュミートするよりは万倍マシだ。それを思えばこんな痛みどうとでもない。
しかししかし。
ダンジョンと言うには平和すぎる。いや、状況と環境はすでに平和ではないが、そういうことではなく。
魔物の一つも現れない。いや、現れて欲しいわけではないが。良い意味での肩透かしという意味で。
まあ、冒険に戦闘は必須というわけではない。探検だけでも冒険だ。すでにとんでもねえ地下を冒険しているし、今は敵がいなくても、この先で必ず双子の悪魔が待ち受けているのだ。
「双子の王子をやっつけたら出られるのかな?」
「……」
ちょっと待てぇい! なんとか言えや!? 確信してねぇぇえんかい!?
この異常なお肉空間は明らかに自然にできた場所ではない。確実に悪意が込められている。そうだこれは。そうか。妖精は人間を食人植物に食べさせていた。ならばこの空間は……胃?
「おげえ!」
危うく胃の中のものを胃の中で胃の中にぶちまくとこだったぜ。もう何言ってるのかわかんねえな。
私の想像が正しければ、ここは私たちを餌にしようとしている空間だ。ノノンは入り口と言っていたから、まだ口……舌の上? 食道? なのかもしれない。
落ち着け落ち着け。そうと決まったわけではないし、本当に魔物の口の中というわけではないかもしれない。
「で、どうなの? 出られるの?」
「わからない。ノノンも、ここまでこうなっているとは思わなかった」
どゆことやねん。
つまりだ。双子の王子の悪魔が目覚めたっぽいのでちょっと倒しに行こうぜ! と思ったら、もっと恐ろしい奴が潜んでたとか、そういう感じか。
まあいい。何か楽しいことを考えて進もう。このままでは気が滅入って病んでしまう。家に帰ったらプリンを食べよう。わがままを言っておかしシェフに作らせるのだ。もしかしたらすでに作って待っているかもしれない。
プリンのことを考えていたら、目の前にプリンが現れた。
「わぁい。ぷちんぐー」
バケツサイズの巨大プリンだ。プリンがプリンでプリンプリンしている。私はたまらず手を伸ばした。
しかしノノンが黒い魔力を指からぷしゅんと飛ばしてプリンを攻撃。プリンは弾けて飛び散った。
「なにしてんの!」
「ノノンがやるから、貴女は魔力を温存しておいて」
そういうことじゃなくて。プリン。プリンだよ? 野生のプリン! いつまでここにいるかわからないのに大事な栄養源となる食料をバラバラにするだなんて……。
なんでプリンがこんなところに?
「またきた」
この薄暗いお肉ダンジョンの中。プリンに見えたプリンのような物体は果たして本当にプリンだったのだろうか。プリンだったと思いたい。うん。あれは動くプリンだ。そう。血の色をしたブラッドプリン。カスタードプリンやミルクプリンとは違う、血を固めたプリン。グロいから私は嫌いだ。
二匹、三匹とノノンがブラッドプリンを退治していく。モンスターが出てきて冒険感出てきたとはしゃぐ気分には慣れないな。ひたすら露悪的である。そういう趣味なの?
「もうすぐ着きそう……うっ……貴女は平気?」
「気分悪い」
「うん。悪い魔力をびんびんに感じる……」
ふむ? 魔力の話? 私には良くわからんけど。そういえばノノンは悪い魔力を感じると言っているけども、私にはいまいちわからない。先ほどまで感じていたウニ助の魔力もすっかり感じ取れなくなってしまった。
まあ、なんか嫌な雰囲気だなぁって感じはするけど。ほら。悪い噂のする薄暗いトンネルみたいな感覚。
「これ以上は、ノノンはきついかも。ノノンを置いていって……」
「いや、髪の毛で繋がってるから」
見捨てられないんだよ、物理的に。ずるずる引っ張ることになるからちゃんと歩け。髪の毛で絡まっているので、絡まった髪の毛でノノンの背中を支えて押して歩く。いっちに。いっちに。1234。
床の肉が薄くなり、やっとこ歩きやすくなった。まだもにょんもにょんして気持ち悪い。だがこれはお肉じゃない。カーペットだ。おお。やっとまともな空間へ出てきた。地下室か。
さらに通路を進んでいくと扉が現れた。なんの変哲もない扉だ。魔石がはめ込まれてたり、魔法式が書かれていたり、白いツルツルの未知素材で作られているわけでもない。普通の彫刻のこったオークの木の扉。オルビリアでも古い建物に残っているようなやつ。
見慣れた世界へ帰ってきて私は幾分落ち着きを取り戻した。ふうやれやれ。リアルグロホラーとかどうかしてるぜ。気が狂っておっさんの中の幼女キャラがわからなくなってしまったではないか。いや待てよ。おっさんが幼女を演じる方が気が狂っていたのでは……? 私は心理の真理のはざまに迷い込む。わ、私は今まで一体なにを……。
自我崩壊しかけている私をちらりと見て、ノノンは静かに頷いた。
「この先に、いる」
「なぬ?」
そうだ。そんなことより今の状況の方が大事だ。
どれもこれも、こんなところに落とした双子の悪魔が悪い。
私はここまでの道のりのホラー展開に怒りがふつふつと湧いてきて、思わず扉を蹴り飛ばした。ごん。扉は固く閉じられていて、私は足を痛め、蹴った反動でバランスを崩してどてんとノノンと一緒に尻もちをついた。
「ふむ。扉は固く閉ざされているようだ」
「なんで蹴ったの?」
立ち上がり、ノノンが勝手にドアノブを回すと、ノブは普通にぎゅいと回り、ドアはぎぎぎぃと開いた。
するとむせるような埃臭い空気が開けた扉の奥の部屋から流れてきた。ああ。地下ってこういう土埃臭いものだったなと古い記憶が蘇る。
「うぐ……まだ撃たないの?」
「え? もういいの?」
グロゾーンを越えて精神ダメージを負いつつも心に落ち着きを取り戻した私は、せっかくなら双子の悪魔に拝見しようぜって気分になってきた。怖いもの見たさのついでに一言くらい文句を言いたい。
扉を開け放つ。
そこは一言で言えば子ども部屋。もっと監獄のような部屋を想像していたが、当時のものと思われるアンティーク家具がそのまま置かれていた。不意な怪我をしないように角が丸く落とされている。
そして大きな古時計の前に置かれたソファの上で、二人抱き合う形で、背中からコウモリのような翼の生えた黒い人間が座っていた。
「ひい!」
本当に悪魔みたいなやつがおる! これが地下に幽閉された双子の王子!?
「早く、魔法を」
ぼおぉんと古時計の音が鳴り響く。止まっていた時計が動き出したかのように、双子の王子はぎぎぎときしむ音を立てて、立ち上がった。
ぶるる。私はまた怖いものを目の前にして動けなくなってしまった。本当に怖いものがいるのは反則じゃん……。




