１５１話：おしがまバトル
すでにどれだけの時間、私たちは地下に閉じ込められていたであろうか。地上のみんなは私たちを探しているだろうか。だとしたら遭難した場所から動かないのが正解であろう。しかし私たちが落ちてきたはずの天井はすっかり元通りに塞がれてしまっていた。
照明もない地下室でも部屋の状態が把握できるのは、部屋に埋め尽くされた発光する白いもこもこのおかげだ。ポアポアの抜け毛らしき白いもこもこは淡く発光して、部屋をカビのように埋め尽くしていた。幸いなことに雪の精霊の残滓のはずの綿毛のようなクッションは、雪のように触れて冷たいと感じるようなことはなく、むしろ温かみを感じた。
おかげで寒さに震えることはない。地下は夏でも涼しいものだ。隣に暖を取れる漆黒幼女がいるものの、こいつと抱き合って眠るのはごめんだ。こいつのせいで私たちは今、地下に閉じ込められているのだからな。
二人でくっついて部屋を探索した結果、壁は石造りでできていた。どうやら人工的な空間のようだ。丸いドーム状になっており、二箇所通路が伸びている。この場所から出るにしても二択をミスると大変な目に遭うやつだ。
そして行動をするにも漆黒幼女とくっついて歩かないと行けないのでしんどい。しんどみ。理由は言わずもがな。二人の髪の毛がこんがらがったままだからだ。私たちは小一時間、髪の毛を解くことに専念したが、解いた先から別のところが絡まっていくので諦めた。
以前はこんなことはなかったのになぜだ。まあ、おおかた私の髪の毛に住み着いている精霊が勝手に動いて漆黒幼女ノノンの髪の毛にふざけて絡みついているのだろうけど。そうとしか考えられない。
「あっち！」
「こっち！」
二つの通路、どちらへ向かうべきか。私たちの息は合わなかった。二人は別の方向を指差していがみ合う。そしてお互いのほっぺをむにゅんと引っ張り合って、ポアポアクッションの床をごろごろと転がりだす。そのせいで髪の毛に加えてポアポアの毛玉まで絡みついた。
しかしそれどころではないと思い出し、二人の喧嘩は不意に終える。二人にはゆっくりを忍び寄る危機を感じ取っていた。
「おちっこしたい」
「口に出すな。出ちゃうだろ」
二人は太ももを擦り合わせてぷるると腰を震わせた。このような地下にトイレはなく、しかも二人はくっついたままだ。美少女的には先に漏らした方が敗北である。これはそういう戦いであった。維持とプライド。それだけが今の私たちを支えている。
「貴女の方向は悪い魔力がする」
「ノノンの方向はウニ助の魔力がするもん」
むぐぐぐぐ。
私たちはこの場所を、地下の隠し通路ではないかと予測していた。宮殿が襲われた時の秘密の逃げ道というやつだ。なのでおそらく、どちらの道も外へ出ることができるであろう。問題は出口までの距離だ。私たちには時間が残されていない。遠くまで歩く猶予も余裕もない。脱出口だとしたら、宮殿のすぐ近くにはないはずだ。すると森の中。もしくはさらにその奥。そんな距離を歩くことは到底不可能だ。
まあそもそも、ノノンの黒穴ワープで脱出すればいいじゃんと言う話だ。
しかしどうやら、ノノンのいう悪い魔力とやらで妨害されているらしい。都合のいい設定である。
「ぷるる……」
「気をしっかり持てぇ！」
いや、内股よちよち歩きをしているところからして、どうやら本当のことのようだ。
ならばその悪い魔力の影響範囲から逃れれば黒穴ワープが使えるだろうということだ。しかしそれもどこまでが範囲なのかわからない。地下から抜け出すまでワープが使えないなら意味はない。それまでに漏らすからだ。
ならばやはり私の指す方向が正解だ。悪い魔力なんて妄言に付き合う必要はない。なぜならここが隠し通路だとしたら、そちらは宮殿に繋がっているはずだからだ。宮殿の地下に悪い魔力？ なんだよ、悪魔でも封印されてるっていうのかい？ ははっ。
「ぶるり……」
「ふ。ノノンの勝ち」
いやまだ漏らしてないし。ちょっと太ももに冷や汗が流れただけだし。
「悪い魔力ってなんだよ。あくりょう？」
「アクリョウ？ オルヴァルト古語わかりゃん」
いや日本語だけど。悪霊。悪霊ってなんだ？ ああそうか、懐かしい表現があったな。悪い精霊だ。
「悪い精霊のことだよ」
「悪い精霊……。聞いたことある。手を洗わないと悪い精霊がつくってメイドに言われた」
あ、それ私が細菌の説明ができなくてでっち上げた話じゃん。くそ、そのせいで話がややこしくなってしまった。
いや、そもそも悪い魔力に付いて聞くべきだった。そもそもノノンの黒い魔力も悪い魔力なんじゃないのか？ 黒いし。ネクロマンサーだし。
「ノノン悪くない」
それはどうかな……。私たちがこうして今困っているのもノノンのせいだし。リルフィに絡みつくし。やはり敵だ。殺そう。
私が殺気を発すると、ノノンは私のおへそをめがけて指で突っついてきた。あ、だめ。そこびんかんなとこなの！ で、でちゃうよぉ！
「悪い魔力は狂わせる魔力」
「ふうん？」
わかってきたぞ。これはホラー展開だな？ こいつ、私をビビらせようとしているんだ。そしてチビらせようとしているんだ。私、ホラー嫌い！
あっ。私は一つ怖い話を思い出してしまった。封印していた記憶が蘇ってしまう。
――宮殿の地下にはダンジョンがありますよ。
それを聞いて喜んだ覚えがある。そして確か、こんなことを言っていた気が。
――昔、オルビリア宮殿の地下に双子の王子が閉じ込められ……。
じょばあ。
私は怖くなって漏らした。
「きたない。ぶるるるっ」
「ノノンも漏らした！ 引き分け！」
おしっこ我慢バトルは引き分けとなった。幸いなことに吸水性の毛玉が埋め尽くされているので、それを使って拭くことができた。すっきりんこ。
「それよりも、ノノンの言ってる悪い魔力の正体がわかったかもしれない」
「なに？」
私たちはポアポアをスカートの中につっこみながら、見つめ合う。
「宮殿の地下には双子の王子が閉じ込められて昔話がある」
「なにそれこわい」
ノノンは再びぷるるると震えだした。ノノンも怖い話が苦手なようで私は安心した。いや安心できない。ぷにぷに少女二人がホラーに弱いって、この先の進行が絶望的じゃん。ＶＲホラーどころかガチなんだぜ。この部屋はポアポアのほんわり灯りがあるが、通路の先は真っ暗なんだぜ？
「地下に封印された双子の王子。それはつまりミルデビアということ」
「みるでびあ？」
「そう。えと。オルヴァルト古語わかりゃん」
ノノンがんーんー唸りながら身体を左右にゆらゆらと振り出した。
いやそもそも私が喋ってるのオルヴァルト古語とかいうのではないのじゃが。
「ミルデビアはミルデイズのメンチカツ」
ふうんなるほどな。メンチカツ食べたい。
ノノンがわちゃわちゃと身振り手振りで伝えようとしてくるが、さっぱりわからないので私はうんうんを頷いておく。ここでわからん異文化交流を続けても埒が明かないしな。
「つまりそういうこと」
「なるほど。お腹すいた」
「ノノンも」
「お前さっきぷちんぐ食べてなかった？」
ノノンはぷいっと顔をそむけた。こいつ！ 思い出したら腹が立ってきた！ 元はと言うと、こいつが私のプリンを食べたのがきっかけなんだった！
私はノノンの耳たぶをつまむと、ノノンも私のとがった耳の先を掴んできた。そして二人はごろごろごろとポアポアのクッションの中を転がる。
「まって」
「待たない！」
「この先危ない」
「その手にのるか！」
「お漏らししたとこ」
「ふむ。一旦落ち着こう」
危うく二人とも絡まった髪の毛に加えてしっとりしたポアポアまでもが絡まるところであった。なんて卑劣なトラップを仕掛けてあるんだポアーネめ！
私たちのダンジョン探索はまだ始まったばかりである……。
メンチカツを食べたい方はぜひ下の評価欄を★★★★★にすると明日はきっと良い事があります。新章もふんわりよろしくお願いいたします。
