15話:じゃがいも
裏庭でのいつもの体術の特訓。なんだか最近動きにくいなぁと思ったら、草がめっちゃ伸びてきた。そりゃあ晩春なんだから草も伸びる……だけど尋常じゃなく伸びてきた。
裏庭は芝生すらなく小石が混ざるいわゆるグラウンドである。管理されているわけではないので去年もちょろちょろと草は生えてきたのだが、邪魔な草を引っこ抜いて翌日になったら幼女の腰くらいの高さの別の見知らぬ草が生えているのはどう考えても異常である。
というわけで引きこもりの合法ロリシスターロアーネを引っ張り出してみたら、逆に「何をしたんですか?」と聞かれてしまった。
私は口笛を吹く。ぷひーぴひー。
かわいさでごまかしたのに、侍女リアに「お嬢様がこちらに魔法を使いました」とバラされた。しかも私が地面を殴ったところも見られた。はずかち。
「マジカヨ」
出た。マジカヨ。でもさすがの私も理解してきた。マジカヨはいわゆるゲームなどのファンタジー世界によくある魔石だ。見た目は魔法結晶などと言う方が近いかもしれない。きらきら陽の光に輝く水晶が幼女の私のちっちゃい拳の形に固まって生えていた。
「これはエロイナス? 高い魔力を感じる……」
なんか知らない言葉を言われたけど、私はくしゃみが出そうで出ない時のような魔法の爆発を、地面に対してツッコミをしただけで何もしていない。その結果、地震が起こったり、草がめっちゃ生えてきたけど私知らないもん。
こういう時は無表情キャラですんと澄ましていればごまかせる。すん。
「お嬢様がこの顔をしている時は、なにかをごまかしている時です」
リアにバラされた。おのれ!
そんなこと言われても、エロイナスと言われてもえっちな紫色の野菜しか思い浮かばないし。
話を聞いたところ、エロイナスは植物が育つようになる魔法。つまり豊穣か。言われてみれば納得の効果だ。ちょっと効果高すぎない?
「リルフィ様をお守りするために用意なされたのですね!」
侍女リアが理解不能の超解釈をし、それを聞いた男の娘リルフィは「ありがとうお姉さまっ」と私に抱きついてきた。げへへ。いや、リルフィは乗馬服を着ていて今の姿は女装すらしてない正真正銘の男の子だが。念の為に言っておくとショタコンの気はない。
素直な男の子も良いかも。にやける。
「どうする、ここ」
もうこうなったらむしろ活用しないのはもったいないということで、畑にすることにした。庭師さんお願いします! じゃがいもも作れるのか庭師さん。
しかし裏庭とはいえ宮殿の敷地。家庭菜園にしては広い土地だ。子どもたちがお遊びで園芸体験するにはちょっと農地すぎる。牛みたいな馬を連れてきて、フォークのような鍬を引っ張り、雑草ごと土を掘り返した。そして雑草をぺぺぺと除けて、うねを作る。
選ばれた作物はじゃがいもだ。簡単だしね、じゃがいも。そう、普通にあるのだじゃがいも。普段の食事から「芋だなぁ」とは思ってたけどじゃがいもだった。よくよく考えると、芋ってほとんど毒があるので食べられる品種は少ない。じゃがいもだって芽が生えたの食べたら有名なソラニン中毒起こすしね。私、お姫様だし調理前の具材なんて見る機会なんてないし? 二十一世紀日本の品種改良されたじゃがいもとは味が違うし?
渡された芋を見た私は日本語で「《じゃがいも》!」と言ってしまった。この庭で作られるじゃがいもの品種は今後じゃがいもと呼ばれることになるだろう。やばい頭が混乱してくる。
半分に切られたじゃがいもが子どもたち四人に配られる。じゃがいもを灰にぺたぺたしていく。ぺたぺた。なんで貴族の子が農業体験しているんだろう……そんな顔をしているタルト兄様。灰まみれになって楽しんでいる妹シリアナ。半分に切る理由と灰を付ける理由を興味津々に尋ねるリルフィと、それに答える私。
「半分に切ると、一つが二つになる。二つ生えれば、いっぱい芋が取れる。でも切ると病気になる。燃やした木の粉を付けると病気にならなくなる」
「お姉さま。それでしたら、四つにしたらより多く取れるのではないですか?」
「うーん? 小さくなりすぎて育たなくなる?」
正直、どうなるかわからん。そもそも種芋も小さいけど大丈夫だろうか。
シリアナは深く掘られた穴に、種芋を入れて、よいしょよいしょと自分でスコップで土を被せて、ふいーと額をこすった。手も顔も土と灰まみれだ。はしゃぎすぎて灰まみれだ。灰被り幼女。「ここシリアナのとこ!」と宣言しているけど、きっと明日になったら忘れている。「目印の石を置いといたら」と伝えると、シリアナ、リルフィに続いてタルト兄様も自分の石を探しに出かけた。兄様、意外とノリノリやんけ。
シリアナは「楽しみだなぁ」とその場にしゃがみこんで見つめていた。十秒ごとに「まだ? まだ出ない?」と聞いてくる。出ないよ。その場から動かなくなったので侍女に運ばれていった。
ところでこれ、じゃがいもの芽と一緒に、雑草も畑にめちゃくちゃ生えるよね?
次の日。シリアナが朝からなにやら興奮していると思ったら、じゃがいもの様子を早く見に行きたいようだ。
昨日の今日でそんなに早く芽は出ないよハハハとパパは笑うが、私がうっかり発動させたらしい豊穣の効果を聞いていないのだろうか。
ロアーネが言うには、常識的な豊穣魔法は実りを多くするだけで、わけがわからないほど雑草が生える効果ではないらしい。
さて、じゃがいもの芽だが、芽というか、なんかもう普通に葉っぱがもさもさしていた。
そもそも植え付け時期が遅すぎたはずなのに、まるで初春に植えたかのようにすぐに成長が追いつきそうだ。雑草でわかっていたことだけど、成長速度が何十倍にもなっている……。
他の雑草はあまり生えていなかった。師匠の爺さんか庭師が、成長途中で引っこ抜いてくれたのかな? 畑の周囲もすっきりしていた。これなら今日は体術の訓練もできそう。
「すごぉい! シリアナのが一番伸びてるー!」
確かに、シリアナの苗が一番伸びていた。次に隣のリルフィ。そして私。タルト兄様はその様子を見て悔しそうだ。とはいえ、微妙な差でしかないが。
ロアーネが私を呼んだので、指差した地面を見てみたら、地面の拳の魔法結晶が小さくなっていた。この魔法結晶はシリアナの苗に一番近い位置にある。つまりこれが魔力源になっているようだ。
「この様子ですと、成長速度は収まりそうですね」
ロアーネの予想通り、じゃがいもはそのまま急成長を続けるということはなく、本来の速度に落ち着いた。ただし本来より凄くでかく育っているらしい。蕾も付け始めた。
リルフィの誕生日に近くなると、紫の花が開花した。甘い香りが漂う。
そしてリルフィの五歳の誕生日兼、洗礼の日はふんだんに布を使ったドレスが用意された。リルフィはパパから正式に譲られた魔法結晶の魔除けネックレスを付け、頭にはじゃがいもの花が飾られた。甘いバニラのような香りのする男の娘……。ふむ……。
パパに上げた魔除けがリルフィに譲られた事に、納得はしているし不満もないが、少し疑問を感じたので侍女リアに聞いてみた。一度役目を果たしたお守りは、他の守りたい人に譲り渡すものらしい。
やがて花は散り、じゃがいもはでっかいのが採れた。もはや新品種だ。本当に《じゃがいも》と名前が付きそうだ。裏庭の畑の豊穣魔法は効果を失ったようなので、収穫した《じゃがいも》の一部は今度は花壇に植えられた。庭師によって再びきれいな花を咲かせて頂きたい。
そしてこの《じゃがいも》、今までのじゃがいもと違ってめちゃくちゃ美味しい。ボソボソしてない。茹でてバター乗せるだけでごちそうになった。懐かしい味がした。ついでに昔の思い出が再生されて、涙が溢れてきた。幼女の身体はすぐ汁が出る。別に望郷というわけではない。ただ、幼い頃の祭りの屋台で食べた味を思い出しただけだ。
私が突然泣き出したことでみんなが慌てだしたが、私が「美味しすぎて涙でた」と言ったら一転笑われた。私の事を知るロアーネだけはじゃがバターを口にして「これが太陽の国の味……」と呟いていた。そんな大げさなものではないのだけど。
その後に毎日じゃがバターが出てきたのには困った。泣くほどの好物ということで毎回出されても流石に飽きる。それに私はじゃがいもにはマヨネーズ派なんだ。マヨネーズ欲しいな……。天使なマヨネーズ最強説。
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