147話:スマホほしー
猫人による、猫人のための、猫人が暮らす町。ニャータウン。
0から造られたその町は、きれいに区画化された斑赤爪大蜘蛛の巣のごとく家屋が秩序だって建っている。しかし上を見上げれば混沌の様相であった。
どの家もキャットタワーの大樹のようにそびえ立ち、カプセルホテルのような箱があちこちの方向へ口を開けている。人の街で例えるならば、丁稚の屋根裏部屋だ。
猫人の家ではどれも家先に売り物を並べている。それは鳥であったり、兎であったり、骨であり、丸い石であり、欠けたガラスであり、砂粒のような魔石であり。それは獲った獲物を誇る猫人文化の名残であった。つまりそれらはショーケース。猫人の家はほぼ全てが個人商店を兼ねていた。
チェルイの街のガラクタ魔道具市に雰囲気が似ていて懐かしく思う。
猫人の森では今でも物々交換である。人里の暮らしに慣れていない猫人には貨幣がわからなかった。紙幣の価値はもっとわからない。それらの代わりに精霊カードや精霊姫カードが使われた。それぞれ違う絵が描かれている木の札なら、個人の好みで価値が発生するからだ。同じ札を集める者、全ての札を集めようとする者、なんとなく質の良いものを集める者、それらの者たちに交換するための札を集める者。
そもそも精霊カードは300テリアの価値が定着したままだ。銅貨12枚という割とかさばる価値が木札にあるということが便利なのであった。
――ならば「オルビリアでは紙幣使えばいいじゃん」という話なのだが。オルビリアでいまだに貨幣が主に使われていた。エイジス暦1701年新ベイリア紙幣が、やっと今年1703年になって街中でちらほら使われるくらいになったほど、市民から紙幣が避けられていた。その理由は、隣、西のティンクス帝国による魔法結晶との交換を保証して発行された兌換紙幣のせいであった。「魔法結晶が大量に採れるダンジョンが見つかった! 大量採掘!」が嘘だったため、バブル崩壊。紙切れに。
ティンクス帝国と隣接するオルバスタでもその煽りを受け、紙幣自体の信用を失った。他の都市と違ってオルビリアで銅貨をじゃらじゃらさせていたのはそのためだ。
さて。
ニャータウンを統治するナクナムの王は男爵となった。名実ともにニャータウンの町長である。
ついでに私はオルヴァルト高原、麓の町エンデアンド、周辺の森林を含めた一帯の地域の子爵となった。なんてこった……私がオルヴァルト子爵? 私は辞退した。
「なんでだよ!?」
んもー。タルト兄様はすぐ怒鳴るー。
「だってめんどくさいしー。私教祖様だしー」
「つまり、オルヴァルトが精霊姫教の直轄領になるわけだ」
パパが膝の上の私の喉を撫でる。ごろにゃん。
「ティアラは形だけの立場でいいんだよ? 面倒なことは他の人に任せればいいのさ」
「父上はまたそうやってこいつを甘えさす!」
だって私は魔石を生む竜だからね。正しくは魔法結晶を生むぷにぷに幼女だけど。
そういえば魔石を生む蛇の逸話は、やっぱりだいたい金の卵を生む鶏と一緒であった。ただ、鶏を殺してしまう結末と、蛇が竜であって食われてしまう結末の違いがあったけど。
「えー。あそこはじいちゃんに上げればよくない?」
オルヴァルト高原にはネコラル研究所があり、ベイリア首都リンディロンから来たじいちゃん博士が主任である。なのでオルヴァルトはじいちゃんに任せればいい。
パパとじいちゃんは色々と確執があるようで、じいちゃんがオルバスタに戻ってきたのに仲直りをしていない。なのでこの提案は受け入れられないだろう。
「ティアラがそういうならそうしよう」
受け入れられた……。娘にちょろすぎるこのパパン……。私は少し心配になった。
「私、森の中の聖なる泉の方がほしー」
ついでにもうちょっとわがままを言ってみた。
「よし。では今日からあの森はティアラのものだ。ティアラを拾った場所だし、精霊姫教の聖地にしようねえ」
「わーい」
「お、おい……」
私の髪を撫でるパパン。ごろにゃん。大丈夫か。ちょっと心配になってきた。
まあでも裏庭の先の森がもらえたのはちょっとうれしい。にゃんことか、サビちゃんとか、ソルティアちゃんとか、野生を持て余している方々の良い発散場所になりそうだ。すでに時々サビちゃんが変な蛇を咥えて帰って来たりしてるし。
「さて。それでティアラは次は何をするつもりだい?」
んー。んー? む? それが本題か。
どうやら私が好き勝手するとパパンの胃に穴が空くようだから、事前に聞いておこうというわけか。
猫人の町に勝手に闘技場が建てられて興行が行われたりしているからな。私のせいじゃないもん。
「ほら。ティアラは欲しいものを色々作ってきたじゃないか。欲しい物を言ってごらん。きっとそれが次に目指すものになるよ」
欲しい物……。スマホかな。スマホほしー。
いやスマホは無理だろう。そもそも電気が発展してないし問題外だ。
あとは世界情勢を見るに兵器を作りたい。だけどそれはダメと言われた。多分じいちゃん博士は勝手に色々作ってそうだけど。
スマホ……。それ以前に電話。無線。電波。通信。
「そういえば遠くの人とお話しすることはできないの?」
「ふむ。連絡の魔道具のことかな?」
ほう。無線通信はあるのか。
「教会の人とお話しができる魔道具がある」
そんな便利な物があったとは。
しかし据え置きで持ち運ぶことはできないようだ。有線で繋がっているようだ。そして増幅に魔法結晶を使っているため、滅多なことでは使わないし、遠距離通信にも使われない。あれだな。使い勝手はちょっと遠くまで話せる伝声管くらいなものだな。
だがあるのか。あってしまうのか。
すると電波通信には期待できないな。すでに直接話す魔道具があるなら、ツートンツートン、モールス信号で無線通信する技術が生まれにくそうだ。実際有線電話がなさそうだしな。電話があるなら連絡の魔道具なんてもう使われてないだろうし。……オルビリア宮殿が時代遅れなだけかもしれないけど。
そして予想だが、無線の連絡の魔道具もあるはずだ。魔力は飛ばすものだし。しかし無線ではない理由はやはり魔力の問題となるのだろう。そして無理やり増幅して出力を上げたら魔道具の方が壊れるのではないだろうか。そのため遠距離無線通信は存在しない。もしあったとしても非常時の連絡だけ……。
んー。私が精霊姫カードを親指でこするとぴかーっと輝いた。魔法結晶製の精霊姫カードだ。前世の地球ではこんなサイズの物でなんでもできたのは驚異的なことだなぁ。こんな板に無限の可能性があった。すごいなあ。
待てよ。無線機、トランシーバーが出来たら凄いことになる?
下手な兵器開発よりも、戦場がめちゃくちゃ有利になるのでは?
まあ、電波のことなんてさっぱりわからないんだけどね!
「無線、通信……?」
待てよ。何か引っかかる。
何か発見があるような。
思いつかなかったので、私はパパの膝から飛び降りて「またねー」と部屋から出て駆け出した。
何かもやもやした時はリルフィを抱き枕にするに限る。私は髪の毛をなびかせリルフィの部屋へ向かう。
すると、『たすけてっ!』というリルフィの思念が聞こえた。なに!? リルフィがピンチ!? 私は髪の毛をわさわささせてリルフィの部屋へ急ぐ。まるで髪の毛の動きが虫のようで気持ち悪いとメイドたちに大層評判の悪い、高速移動モードだ。もしゃしゃしゃしゃ!
「リルフィ!」
「ねえさまー!」
リルフィがなんか黒いのに襲われていた。またお前か。私は漆黒幼女を髪の毛を使ってべりっと引き剥がした。
「久しぶりだな黒いの!」
「きちゃった」
きちゃったじゃないよまったくもう。そういえば漆黒幼女のノノンはいつでもリルフィの髪飾りに向けてワープできるんだった。冷静に考え直すとやべえなこいつ、どうなってんだ。私は髪の毛でノノンの身体をまさぐった。
「くしゅぐるのひきょう!」
「リルフィを脅かせた恨み!」
こちょちょちょちょ。ノノンは床に転がりびくんびくんと失禁した。ふっ。勝った。
「ねえさま! やりすぎです!」
リルフィが慌ててノノンに駆け寄った。
リルフィに叱られた。しょんぼり。試合に勝って勝負に負けたとはこういうことか。
「ノノンはいつだって闇とともに現れる。決して忘れ――」
しゅぽん。意味深なことを言い残して床の黒い穴の中に沈もうとしたノノンの手を引っ張り出した。
勝手に帰るな。床を掃除してから帰れ。
「ノノンのせいじゃない。メイドにやらせれば良い」
ノノンはそう言って、ぷいっと顔をそむけた。なんて腹立つ幼女なんだ。
「で、何しに来たの。要件くらい言いなさい」
「暇だったから」
暇かあ。そっかあ。
ノノンはきゃぴっと目の横でピースした。キャラと合ってねえぞ。
「てかお前。南に進軍してたんじゃないの」
死兵グリオグラは地中海であるミーティア海を目指してるって聞いたぞ。
「だってノノンはたくさんいるから」
待てよ。なんかまた強そうな属性を出してきたな?
まあ、黒い害虫は一匹見たら三十匹いると聞くし……。
虫除けのマクナム香を焚いとくか。くらえ!
「ぬあああっ! ぐるなーう……」
ははは! 予想通り効いたんぬ! ぬぁーはっは! ぬぁーんぐるなーう……。
「えええ……」
ふにゃぁあん……。




