146話:ヌッコロシアム饗宴
猫人のアイドル、ヌヌ姫の婚約者がヌッコロシアムで血だるまになる。そんな噂でチケットは完売満員御礼。闘技者が姿を現す前から「コロセ!」コールが会場で湧き上がっている。
私が愛されガールすぎて辛い。
そんな中、視察団の方々は最上段のVIP席で饗されていた。
「ほほう……この肉が豆で出来ていると?」
「稀代の料理家マヨソースロードのソースが実に美味じゃ!」
「オルビリアの料理に比べたらリンディロン料理などカスや」
姿を現した代表選手に目もくれず舌鼓を打っていた。
まあそんな方々は置いといて。
軍人ナスナスと猫人ネブロの対戦が始まる。奇しくも背格好が似たような風貌の二人であった。
ネブロがひょろっとした豹柄の尻尾をゆらんゆらんと揺らしたと思うと、ひゅっと風切り音が聞こえるかのような跳躍で一気に距離を詰める。ナスナスはそれを回避して腕を振るうと、ネブロは氷の檻に捕らわれた。
え、えーと……。
ガチ……ガチじゃん……。あいつ興行というものがわかっていない。客を楽しませる気がゼロだ!
ネブロは氷の檻を殴って暴れだす。
「人間! 魔法! 反則!」
「ああ。魔法を攻撃に使ったら反則と聞いた。だが俺は攻撃には使っていない」
うわぁ……。
もちろんこんな決着では猫人たちは納得しない。彼らは猫人の戦士が殴って蹴って組み伏せるところを観に来ているのだ。
審判団と私はにゃごにゃごにゃごと協議をする。
「氷の檻は禁止で仕切り直し!」
「やれやれ」
ナスナスは指をぱちんと鳴らして氷の檻を消した。
その瞬間にネブロはナスナスに襲い掛かる。
おいおい仕切り直しって言ってるだろが。あ、オルバスタ語だから猫人の戦士にはわからないか。てへぺろ。
ナスナスはそんなネブロの奇襲の猫パンチに対してぱぱぱっとアニメのようにさばき、横に投げる体落としで床に転がし尻尾を踏んだ。ネブロは「へぎゃっ!」と鳴いた。
決着だ……。
「ニ゛ァアァアアアアッ!!」
会場内にニャーイングが起こる。
ネブロは「いっそ殺せ」といった表情で尻尾をぷるぷるさせていたので、負け猫はぽいっと捨てた。
「これで勝ったと思うなよ。ネブロは四天王で最弱の猫人……」
「なぜお前は猫人サイドなんだ?」
次に用意されたのは熊のような猫人だ。熊猫ではない。
筋骨隆々のパワータイプの男だ。真正面から相手をなぎ倒すスタイルに定評がある。彼の殺猫タックルを正面から受け止められる奴はいない!
四天王、暴力虎のグナウガ。
「ニャイ!」
今度はちゃんと審判の合図で試合が開始された。
開幕、グナウガはナスナスに向けてタックルをぶちかました。いけー! 吹きとばせー!
しかしナスナスは屈んでグナウガの懐に入り、股に手を入れ背中で担ぎ、肩車で床に転がした。尻尾を踏まれたグナウガは「ぴぎゅっ!」と鳴いた。
しゅ、瞬殺……。
「ニャグゥウウウウッ!!!」
ナスナスの実力を認めがたい猫人の観客が泣き喚く。乗り上げて乱入してきそうな勢いだ。
グナウガは男泣きしながらナスナスに握手を求めた。漢の肉球はゴツっとしている。
「やるな。だがグナウガは力自慢なだけの男よ」
「で、残りの四天王とやらの二匹を相手すればいいのか?」
「残りの四天王は休暇中だ」
「それなら終幕だな」
やれやれと背中を向けたナスナスに、私は人差し指を向けた。
「まだだ! これでは終われん! 私がいる!」
「なに?」
私は観客に向けて両手を掲げ、ぐるりと回った。
ニャーンプ!
ニャーンプ!
ニャーンプ!
「私こそがヌッコロシアム最強の戦士! やられる覚悟はできておるか!?」
「なに?」
ここで審判が勢い余って手を掲げ「ニャイ!」と戦闘開始の合図を出した。ちょ、はや。
瞬間。ナスナスは私の身体を掴み、抱え上げた。ぷらーん。
そして私のお尻がぺちーんと叩かれた。
「ギャヒっ!」
私はぽいと捨てられた。ずべち。
ふっ。負けたぜ。おめえでけえ漢になるぞ。
「何がしたいんだお前は」
足蹴されて仰向けにされた私のぷにぷにのお腹をぷにっと踏まれた。だめ! そこ敏感なところなの!
「人間やべー」
「尻尾踏むとか凶悪すぎる」
「アイツ自分の番の腹を踏んでいるぞ」
「人間こわい」
観客の猫人たちは恐るべきナスナスの凶行に恐慌した。
猫人にとって尻尾とお腹は戦士であっても手を出すのは戸惑うウィークポイントである。ヌッコロシアムで弱点を攻めるのは反則ではないが、戦士の戦いではない。
興行を考えないナスナスをナクナムの王はこう評した。
「人間は喧嘩と狩りの違いもわからんようだな」
「ああ。軍人は見世物のために戦っているわけではないからな」
「ふっ。お前を戦士と認めよう」
ヌアナクスは握手を求め、ナスナスはそれに応えた。
私はしゅるりと髪の毛を使ってヌアナクスの肩によじ登る。
「親分! こんな男を認めるんすか!?」
「だからなぜお前は猫人サイドなんだ?」
なにはともあれ。
これにて人間たち一行が猫人の町ニャータウンで過ごすことが許された。
宴じゃあ!
ヌッコロシアムにビキニ猫人美女たちが入ってきて腰を振って踊りだす。木の実ドラムや木の実マラカスでどんがどんがしゃんしゃらちゃらちゃら音楽が奏でられ、猫人たちは手を叩き肉球をぽてぽて打ち鳴らす。どんちゃかどんちゃかぴーぴー。
象のような巨大猪、バルグボルガの丸焼きが運ばれてきて、猫人のボルテージは最高潮。ビキニ猫人美女が刀のようなナイフで肉を削ぎ落とし、観客たちにお肉を放り投げる。
「飲め。ナクナム茶だ」
「……」
有無を言わさず、ヌアナクスはナスナスの木製ジョッキにナクナム茶を注ぐ。
ナクナムは人間に害はない。しかし人間にとっては見慣れぬナクナム茶、さらに猫人には大麻のような症状(諸説あり)を起こすと言われており、ナスナスは警戒をして口を付けない。
ヌアナクスがぐわりと先にジョッキを呷ると、ナスナスはそれに次いで口を付けた。
「……不味いな」
「ぐぁはは! そうか! 俺らも人間の酒はわからん! なあ!」
「そうっすね! おやびん!」
ナスナスは小者キャラとなった私にもはやツッコミを入れなくなった。
寂しいので私はヌアナクスの肩からしゅたっと下りて、ナスナスのジョッキを奪う。
「トウヒ松茶にピクルス汁を混ぜたような味だ」
「そうにゃの?」
ミントジュレップみたいで美味しいと思うけど。ちゅう。
「ああっ! にゅにゅ姫様を止めてください!」
侍女ソルティアちゃんが翼ドルゴンに乗って飛んできた。ちっ。せっかく監視の目から逃れたと思ったのに。
何かを察したナスナスは私の手からジョッキを奪い返した。むぅ。わたしににゃくにゃむぅ。
「ぺっしてください。ぺっ!」
「そるにゃあんっ」
すこししかのめなかったので、ほろ酔い気分になっちまったにゅ。
せっかくなので酔った勢いでソルティアちゃんに抱きついてセクハラをする。お尻もにゅもにゅ。
「……ナクナムは人間に害はないのではなかったか?」
「ぬあはは! ヌヌ姫は俺らの同士だからなあ!」
「尻尾生えてないもん」
「耳と尻尾など飾りじゃけえ! 大事なのは心よぉ!」
いや耳と尻尾は大事だろ。猫人のアイデンティティやんけ。
私から美少女の姿を抜いたら酔っぱらいのおっさんがスポーティーな少女メイドのお尻を揉んでいる変態になるし、おっさんを抜いたら不思議ちゃん系美少女がお尻を揉んでいる変態になる。ん? 後者なら何も問題ないな? 私は自分の中のおっさんを殺すことにした。
私は覚悟を決めてソルティアちゃんのたくましいお尻をもにゅもにゅしていると、横からナスナスが私の耳を引っ張った。あいててて。
「そうか。お前のその尖った耳。オーギュルト人ではないものだな」
……?
言われて私は自分の耳を触る。は! そういえば私、なんかちょっと耳が尖ってる不思議ちゃんであった! 髪の毛も虹色に光ってる! なんだこれ!
待てよ。ナクナムは人間は酔っ払わない。だとすると私は……。
そう、私は人間ではない。泉の精霊。精霊姫。人ならざるぷにぷに美少女だ……。なんということだ。いまさら。いまさら気がつくだなんて……。
いやなんだわかり切っていたことだった! 何か問題ありそうで何も問題なかった!
どんちゃかどんちゃかぴーぴー。




