143話:ダンスパーティー
「1、2、3、1、2、3」
んにっんにっんにっ。んにゅあぐっごきゃっ。
リズムに合わせて私はべちゃっと床に倒れた。
「早くお立ちなさいませ姫様。寝るにはまだ早い時間ですわよ」
私は添い寝付きお昼寝を三時間しないと生きていけない身体なの。
そんな言い訳はダンス教師には通じず、私はスパルタ教育をされていた。
「お立ちなさい。まだ基礎にすら入っておりませんからね。急ぎますわよ」
ひぃ。はぁ。ふぅ。
幼い頃から体術体操で積み上げてきた運動能力は、すっかりなまりきった身体になってしまっていた。さらに近頃はついつい髪の毛操作を使ってしまい、ますます身体を動かすことが衰えている。幼女にあるまじきおっさんのごとく肉体であった。
こっそり髪の毛で身体を支えると、ダンス教師の短鞭がぺちんと私の髪の毛を叩いた。私はバランスを崩してずべちと床に倒れた。ふええ……。
「ずるは許しませんよ」
「髪の毛も身体の一部なんですけど!」
ダンスで髪の毛を使ってはいけないなんてルールはない! ぷんぷん! ぷんすこ!
しかしダンス教師に「髪の毛で身体を支えるのは姫様くらいでございます」と反論されてしまう。それもそうだ。
いや待てよ。
「髪の毛を動かす魔法使いっていないの?」
「どうでしょうね? それダンスに関係ありますか? 早くお立ちなさい」
ひぃ。話を逸らしてこっそり休憩しようとしているのが即バレしてしまった。
はぁ。ふぅ。ひぃ。ふへぇ。
「ララへたくそー」
私がエスカレーターのない駅の階段を上りきった後の小太りのおっさんのような息切れをしていると、優雅にステップを踏みながら妹シリアナがやってきた。
こいつ、私と育ちが同じなのになぜここまで差が!
「シリアナ姫はカロライナ奥様が付いておられましたからね」
なるほど。その間、私は遊び回っていたからな。つまり私の教育係が悪い。つまりロアーネだな。おのれロアーネ! ロアーネのぐうたらに私が巻き込まれてしまったのだ!
私は自分の中で責任転嫁をして納得した。
「妹君が踊れるのですから、貴女もできます」
ふ。そう発破かけられたらしかたあるめえ。私の本気を見せてやろうじゃないか。
んぬ。んいっ。ぬっ。ぬぬっ。
「これは、ま、まあ、こけなくなりましたね。素晴らしい進歩です」
私は褒められていい気分になる。やはり私は褒められて伸びる子なのだ。ちょっと歯に衣着せられきれていないのがチラ見してるのが気になるけど。
「と、いうことで、最近は踊りの練習をしているのです」
私は息抜きに猫人の孤児院で、上手になったワルツのステップを子どもたちの前で披露した。ターンは足が絡まって床にずべちっするのでまだできない。
私が口ずさみながら踊っていると、猫人の子どもたちはきゃっきゃと私の周りに集まって一緒に踊り始めた。
さらに子どもたちはおもちゃをカンカン打ち鳴らし、おもちゃの笛をぷーぷー吹いた。
ダンスはどんどんはちゃめちゃになり、幼女ダンスになっていく。
どんちゃかぷーぷー、歌と踊りの騒ぎは孤児院の中から飛び出して、にゃんにゃんぱふぱふ街の中を練り歩き始めた。すると大人たちがお祭りの気配を感じて、パコパコタコタコでかい木の実をくり抜いて革を張った太鼓を手で打ち鳴らし、バリバリバリバリ板を引っ掻く楽器を鳴らし、屋台があちこちで立ち並び、木の実の提灯が吊るされていく。
「にゃんの祭りにゃ?」
「わかにゃん」
わからないけど楽しいからよし! 同じ猫なら踊らにゃにゃんにゃん。
その後。ダンス教師に「またステップが変になっております」と叱られた。にゃんで……。
今年の冬の私はだいたいそんな感じだった。
しかし世界の情勢は大きく変わっているらしい。
闇の国と呼ばれるベイリア北東のドウテア帝国が南下を始めた。数年前にクリトリヒの東部ヴァーギニアを襲ったアナスン帝国に侵略している。アナスン帝国のエルフっぽいイルベン人には思うところがあるので、少しざまあみろと思っているが、まあまあそうも言っていられない状態である。クリトリヒ帝国は死兵グリオグラにやられないだろうか……。
西でもティンクス帝国が南下して、スパルマ共和国を攻めている。革命で魔術師の軍人を国から追い出したスパルマ共和国は抵抗止む無く押し込まれている。
二国が目指しているのはミーティア海のロータ帝国。地球で言うとイタリアに当たる国だ。……いやローマ帝国? なんで?
ベイリア帝国はというと、南にハイメン連邦とクリトリヒ帝国のシビアン山脈がそびえ立っているので南下競争できない。その前にベイリア北部の平地デイスロウプという地域の平定を進めている最中であった。
私はサボっていた勉強のついでに周辺国の情勢を詰め込まれるが、脳みそぷにぷに幼女なのでこの程度でしか把握できていなかった。世界史は三秒で眠くなるので子守唄なのである。すやぁ……。
眠くなるのも仕方ない。すでに辺りは春の陽気。私ももう12歳だ。
そして私の半年に及ぶ成果を見せる時。ベイリアのお偉いさん方をお呼びして発展したオルビリアを見せて、ついでに噂の可憐な美少女こと精霊姫のお披露目だ。
……しかし残念ながら美少女には違いないが、ぷにぷに幼女しかここにはいない。残念ながら背はちびっとしか伸びていない。身長はすっかりリルフィやシリアナに抜かされてしまった。昔ロアーネが魔力が多いと背が伸びないと言っていた。私の保有魔力は規格外らしいので身体の成長が進まないのはそのせいかもしれない。しかし解せぬ。リルフィやシリアナも魔法の天才で周囲を驚かせているというのに、二人はにょきにょき伸びている。そして逆に魔力吸収ができないタルトは私ほどではないがまだまだちびっ子だ。まあ男の子だしね。
その日。オルビリア宮殿でダンスパーティーが行われた。
そして私の手を取るのはいけすかお兄さんことナスナスだ。
「緊張してきた。お酒飲みたい」
「そしたら頭を氷漬けにして冷やしてやる」
ひっ。婚約者になんてことを言うんだこの男は。
しかし私は暴れずに清楚に大人しくしている。もう大人のレディーだからね。ふふん。毛も生えてないけど。
今日の目標は周りの人から素直に「お似合いな二人でしたねぇ」と思わせることである。実態はどうであろうとかまわない。この辺はナスナスと同意見だ。
もう私も自由には生きられない。本音と建前で社会を生き延びなければならないのだ。
「終わったらうんち工場見せるよ」
「その口を閉じろ、うんち姫」
うんち姫はひどくない? 最低最悪のネーミングである。
私がぷうと頬をふくらませると、ナスナスに頬をつつかれた。
「俺が付けたんじゃあない。糞から魔法結晶を作り出したうんち姫とベイリア新聞に書かれていたのだぞ」
「それって喜んでいいの?」
「功績は評価されていた」
ベイリアとしても力を付けすぎているオルバスタの精霊姫を持ち上げすぎなのが問題になっているようだ。なんと言っても勝手に精霊姫教なんてものを広め始めているからな。私のせいじゃない。ロアーネがやった。
まあそんなわけで私はうんち姫扱いされているようだ。
私の前に挨拶にきた知らない脂ぎったおっさんも、「うんち姫、いや精霊姫でしたな」などとわざとらしく間違えて小馬鹿にしてきよる。さらにナスナスにも「貴方様にお似合いですな」と皮肉な口調で言ってきた。
ナスナスはお前みたいな脂ぎったおっさんに馬鹿にされるような男じゃねえと心の中で憤慨した。おかしいな。私はナスナスのことをそんな心内で庇うほどの好感度はないはずだが。この感情はナスナスへの好感度というより、脂ぎったおっさんへの好感度の問題だな。うんち姫呼ばわりしてきたし。
いや待てよ。その基準でいうとナスナスも言っていた。
やはりどっちも嫌いである。
「あら嬉しいでにゅ。背脂豚おじさま」
「セアブラッ……!?」
「ぷくすっ」
お、ナスナスに受けた。困ったことに意外とこういうとこ相性いいんだよなこいつと。
「おいしそうなお肉ですねっ」
にこっ。私が渾身の美少女スマイルを見せると、背脂豚おっさんはすごすごと退散していった。おっさんでは無邪気な美少女に絶対に勝てないと知っている。意外とできるおっさんだな。私は評価を改めた。
「食肉呼ばわりは良くないな」
さっきまでほくそ笑んでいた癖に、ナスナスは私にダメ出しをしてきた。このやろ。
さて。挨拶もたけなわ。ついに私はみんなの前でナスナスと踊る時がきた。
ナスナスの手を取り、ぺこりと挨拶。
私はナスナスに合わせず不器用に踊る。
ダンス教師には悪いが、私はまともに踊る気がなかった。私は気が付いてしまったのだ。私のようないまだぷにぷに幼女な身体では、そもそもまともに大人のナスナスと踊ることなどできないと。どうしても微笑ましいお遊戯にしかならないのだ。だったら幼女らしさを全面に出した方が良い。
オルビリアのうんち姫はダンスすらまともに踊れないぷにぷに幼女と思われた方が良い。その方が私は自由になれる!
だがそんな私にナスナスは舌打ちをしてきた。なんだこのやろう!
「せっかくなら形に囚われるな、好きに踊れ」
む? 手抜きがバレていた?
いいのか? 本当に好き勝手にするぞ?
私は髪の毛をうにゅうにゅ動かした。ははは見よ! この機敏な幼女あるまじき動きを! 幼女どころか人間ではあるまじきターンを私はしてみせる。
周囲にどよめきが走る。
やりすぎて叱られるかなと思ったが、ナスナスは珍しく私に笑顔を見せていた。きゅん。乙女ならここで「嫌い嫌い嫌い……好き!」と恋に落ちそうであるが、残念ながらおっさんなのでイケメンに対する嫉妬しか沸き起こらなかった。
自由奔放なダンスが踊り、それはそれでと観物であったようで、歓声と拍手が沸き起こる。
私とナスナスは手を取り周囲に礼をする。
そして向かい合って頷き合い、周囲に向かって宣言した。
俺たちは――
私たちは――
けっこんしません!
婚約破棄!




