142話:うんこが爆発した……。
うんこが爆発した……。
それは麦の刈り入れ時の事であった。
ますます陽射しは強くなり、すっかり春の陽気を迎え、花の精霊がダンスを踊って歌を唄う。
魔力注入したせいか、麦は急激に成長を始め、初夏を迎える前に収穫できるようになった。
麦を収穫するネコラルゴラムなんていうのも作られ始めているようだが、導入は全く間に合う気配はないので、昔ながらの大鎌を使い、みんなでよっちらおっちら手作業で刈っていた。
そんな中、付近から爆音と衝撃波が走る。私はごろりごろりと転がって目を回した。
そして何かねっとりする。臭い。さらに空から茶色い雨が降り注ぐ。
うんこだこれ。
「うぎゃああ!!」
地獄の様相。阿鼻叫喚。大変だけど楽しい麦の刈り入れ祭りは一瞬にして糞地獄に陥った。
肥溜めが爆発したのは間違いない。どうしてこうなった……。
付近のネコラル排煙問題の実験場も全壊していた。
なぜ。どうして。実験は順調で、間違いは起こる余地はなかったはずだ。ありえない。
私はうんこの中で立ち尽くす――
そもそもの話である。うんこは爆発するものなのだ。
うんこは発酵し引火性のメタンガスを発生させる。春の陽気で暖かくなり、発酵が促進されるとちょっとしたことで爆発を起こすのであった。
なので排煙実験所が悪いわけではない。私は糞便の中で熱弁した。
後処理。
ケツを拭くがごとく、事後対応を求められた。
オルビリア執政院では今日も、ネコラル排煙研究所と糞便爆発事故の因果関係について答弁がなされていた。
私はそんな大人たちに対して鞭撻した。ぺちーん。
「諸君。我々は重要な岐路に立たされている。ネコラル排煙が魔力汚染を引き起こす可能性が残されているならば、ネコラル排煙処理の問題は止めてはいけない議題である。そして猫人の糞便処理の問題もそうだ。増え続ける移民に対しノーを突きつけるのは容易い。しかしこれからの世界。隣人と手を取り合う仲でなくても良い。互いに存在を認め合う、それだけの関係で良い。それができなければ、世界中に紛争が起きる」
では一体どうすれば良いのだ!
解決策はあるのか!
紛争が起きるだ!? 何を根拠で妄言を吐いておる!
精霊姫さまかわいい!
「静粛に。同時だ。排煙も、糞便も、同時に解決する方法がある」
そんなものがあるか!
はったりだ!
別に分けて考えてもよくない?
精霊姫さまぷにぷに!
「リンディロンよりこの方においでいただいた。前オルバスタ侯爵、じいちゃん博士である」
じいちゃん博士がかつかつと杖を鳴らし壇上した。
「ネコラルはぁ! 月の女神が我々に授けてくださったぁ、ディルエンガラムである!」
うんうん。
なにそれ……。
「おじいちゃん。簡潔に」
「うんこにぃ! ネコラルのうんこをぉ! 突っ込むのじゃあ!」
そういうことである。
新たな実験が始まった。
肥溜めの中にネコラル排煙を排気するのである。肥溜めがぼこぼことあぶくを吹き出す。
――事は爆発の後。辺りの始末を終えたあとに肥溜めの中にゴンゾーが見つけたうんこ結晶である。おそらくネコラル排煙の魔力と反応して魔法結晶化したのであろう。
うんこが結晶化……? はて。私は遠い記憶を思い出す。私はこれをどこかで見たことがある。
そうだ! 馬糞だ!
うんこは魔力に反応する……。
私は一度この手で、それを作り出していたのだ――
と、いうことで、爆発事後処理の細かいうんこ問題はじょばっと解決した。
ちょっと辺り一面がキラキラと輝く幻想的な畑と草原になってしまったが、そのうち元に戻るだろう。うん。
そしてうんこの魔法結晶化がネコラルの排煙でも効率的に起こせるならば、これは革新的な処理方法となる。
これは猫人があちこちに自由にうんこをして回らなければ発見できなかったであろうし、そんな猫人を煙たがって遠ざけていても見つけられなかった処理法だ。
さらに、うんこを発酵させて肥料にさせるよりも、うんこ魔法結晶を畑に撒くことでより効率的に作物の成長につながるかもしれない。
まさにこれはそう、「うんことネコラルと排気からパンを作る方法」……ババ・ブリッシュ法……。
季節は巡り、熱風がはげしい夏が過ぎ、月の女神祭の頃。
私は小麦の後に植えたダイジュのエアマメによって再び激太りを始めていた。そのためダイエットとして宮殿の馬房のうんちににゅるにゅると魔力を放出していた。
そしてババ・ブリッシュ法というパクリネーミングがそのまま通ってしまった、ネコラル排煙による糞便の魔法結晶化技術は一定の成功を収めた。問題として、均一に結晶化しないこと、表面が先に結晶化すると内部にガスが溜まることなど、課題点は残るものの、初回としては大成功といって良い内容であった。
私がふんふふんとスキップしながらパパに報告に行くと、パパはレポートを見ながら頭を抱えていた。
「どしたのパパン」
「成功しすぎだ……」
どうやらまたやりすぎてしまったらしい。ごめんね?
パパの腰はやっと良くなったのに、今度はまた胃に穴が空きそうであった。
「むう? 成功しすぎで何か問題なの?」
「ベイリアは寒くて作物の育ちが悪いから、西のティンクス帝国から輸入しているのだ」
そういえばそんな話を聞いた気がする。
これからは自国でまかなえる。やったね。
「ベイリアが食べ物を買わなくなったら、隣の国は困るだろう?」
「別にいいのでは?」
食料自給率ぶち上げていこうぜ!
「ティアラも、隣人と仲良くしていこうと言っていただろう?」
「仲良くしようとは言ってないけど……」
よく言われることだが、最初から仲が良かったら別の国になっていないのだ。いくら取りつくろうとも笑顔で握手しながらスネを蹴り合う関係になるのだ。
「別にネコラルの排煙をうんちに混ぜるだけだし、技術公開しちゃえばいいんじゃない? それでもっといっぱいティンクス帝国で食べ物いっぱい作らせればいいんじゃない?」
「ネコラルは我が国でしか取れない」
「ああ……」
そういえばネコラルが欲しくて国境越えて来たんだっけか……。
「ではネコラルを売る方向で」
「その代わりに食料を買っているんだ」
おおう……。
「ほ、他には?」
「工芸品だな。貧乏だったオルバスタには今まで必要のなかったものだが」
ふうむ。
ああそうか、オルバスタとティンクス帝国ってちょっと似てるんだ。
ベイリアが食糧難になった時もオルバスタが支援していた。そして工芸品である精霊カードを売り始めた。
いやでもなあ。それが何か問題あるのかなあ?
「オルバスタがね、強くなりすぎるのだよ」
「うーん? 良いことでは?」
「ティアラの考えた王様になるゲームがあっただろう?」
ああ。パパゲットゲームか。なぜそれが今の話に?
「あれは確か10点を集めるゲームだが、最初に点数を集めていた人は他の人に邪魔をされるだろう?」
「あ、ああ。なるほどぉ」
出る杭は打たれる。上がりへ向かう一人に向かい、みんなが協力して邪魔をして点数をむしり取る。
オルバスタは秋を迎えてぶくぶくに太った背脂豚になりつつあるのか。
つまり、いずれどこかが利益をまるごとかっさらいに狙ってくる?
母体のベイリアか、西のティンクスか、南のハイメン連邦の魔法学校か、東の独立を狙うヴァイギナル王国か、南東のクリトリヒか……。
次の目標ができた。軍事強化か!
「わかりましたパパ! きたる日に向けて準備いたしにゅにゅ!」
「待て。ティアラは大人しくね、ほらしっかりお勉強を学んでね? 社交界デビューに向けてね? もう11歳のレディーなんだから、ね?」
……遠回しに余計なことはするなと釘を刺されておる?
「でもほら、ぽちっと押したらムカつく国を更地にできる兵器とか……」
「そういう怖いこと言うのは止めなさい」
ごめんなさい。
なぜか私の日程が遊ぶ暇もなくダンスレッスンばかりとなった。な、なぜじゃあ!




