140話:猫人のトイレ
一ヶ月ぶりにオルビリアに帰ってきた。
すっかり春の陽気となり、裏庭に鎮座していたポアーネは小型サイズに戻っていた。
『やっと魔力を昇華できました』
いや知らんけど。ポアーネはポアーネで私の出した魔力の始末に頑張っていたらしい。どうやらオルビリアがダンジョン化するのを自らの身体で防いだらしいのだ。えらいえらい。私はポアーネをもにゅもにゅした。
『だけどこれでティアラ様の身体に入る準備ができました』
なんだって!? 私はポアーネを投げ捨てた。
『安心してください。ティアラ様の言うような乗っ取りなんてありませんから』
本当かなぁ? 乗っ取ろうとするやつはみんなそう言うんだ。
『おそらくロアーネの記憶や意識はほぼ限りなく消えるでしょう。そうですね、ティアラ様が時々見せる、のじゃとか語尾に付ける思考パターン程度には』
え? 私の中からたまにこぼれ出るのじゃロリってそういうあれだったのじゃ?
私という美少女の中のおじさんの中ののじゃロリは、おじさんの中ののじゃロリではなく、おじさんにくっついてるのじゃロリということ? ややこしいのじゃ! のじゃロリは考えるのを止めた。
「そんなことより同級生だったソルティアちゃんが侍女になったよ。ソルティアちゃんも覚えてるでしょ、私の隣にいたドロレス」
「え、あ、はい。でもそのポアポアはぽぽたろうちゃんではありませんでしたか?」
ええと。私はややこしい経緯を話した。ドロレスは実はエイジス教の偉いロアーネという人で、ロアーネの身体は死んでぽぽたろうと一緒になりポアーネとなり、ポアーネは精霊姫教の教祖となった。
「んんんんん?」
ソルティアちゃんの身体が90度に傾いた。わかる。言ってる私もよくわからないし。
それよりも大事なことは、ソルティアちゃんとの甘々な生活だ。へへへ。ベッドに行こうか。
「プロスタルト侯爵代理様にご報告に行きますよっ」
ルアにお預けされてしまった。
仕方がないので私は大人しくタルトにただいまの挨拶をしに向かった。
「ただいまんごー!」
「やかましい」
まあタルトと話すことなんてないんだけども。
「彼女が新しい侍女か。かわいい子だな」
「やらんぞ!」
私はソルティアちゃんに抱きついた。全くこいつは油断も隙もない。
タルトは「そういう意味じゃ……」と言い訳をしていたが、女の子に対して「キミかわいいね」なんて話しかけるということは、その後に予定とかLIMEを聞いたり直結になるに違いないのだ! ぷんぷん。
まあ、私はすでにソルティアちゃんと一緒にお風呂に入ったり、ネグリジェ姿で相互抱き枕になって寝たり、初体験の兎捌きで血を流したりした仲だけどね! ふふん。
あとソルティアちゃんは鶏の首を締めるのが上手だぞ。「へ、へえ……どうやるの?」と答えに貧してうっかりそう口にしたあとの、ソルティアちゃんの「こう」と冷たい手が私の首に触れた時は死を感じたね。ドキドキ。これが恋? こうして私は恋に落ちた。
私のドキドキ体験は置いといて。ソルティアちゃんが来たなら仲良し同級生で同窓会だーと、オルヴァルト高原のニャータウンへ向かった。畑の麦がめっちゃにょきにょきしていた。付いてきたサビちゃんがわーっと駆け出す。するとすぐに姿が見えなくなった。帰ってこーい。
ゴンゾーとビリーの姿が見えないと思ったら、うんこ混ぜてた。くっせえな……。思わずソルティアちゃんに頼んで二人に水魔法をぶっかけた。水魔法くらいでは臭いは取れないが。
製作中の猫人の町はまだ下水ができていない。だから猫人のうんちがいっぱい貯まるようだ。せっかくだから、このあと刈り取った麦を混ぜ込んで肥にするそうだ。
うーん。この畑ならなんかめちゃくちゃ育つから別に肥料いらなくない?
「いんや。麦の成長はええけんど、大豆の時ほどじゃあねえべさ」
なるほど。言われてみれば普通に麦だ。みょうに成長が早かったり、巨大化しているわけではない。さすがに魔力尽きたか。つぎ込んどく?
「ハハッ! にゅにゅちゃん。それじゃあ畑はにゅにゅちゃんの魔法頼りになっちゃうデスよ」
あ、なるほど。でももう出しちゃった。ずもももも。私は畑に魔力をつぎ込んだ。ふう。すっきり。
実は私はまた太り始めていたのであった。原因はシビアン山脈の魔力である。シビアン山脈は強い魔物がわんさかいる。つまり魔力が濃い地帯なのだ。その付近でしばらく暮らしていた私は、またお腹がぽんぽこりんになり始めていた。
すると、ベイリア首都リンディロンに居た時に樽のようなお腹になってしまったのは、あそこの場所の魔力が濃かったからだろうか。それ以外にも世界樹や、漆黒幼女や、色々あったけれども、私が一番気になったのは街を覆っていた碧い霧。ネコラルの煙だ。もしやあれが……。
「だとすると、ネコラルの碧い蒸気は害を及ぼす?」
考えてみれば当然だ。じっちゃん博士はネコラルの魔力で精霊を作ろうとしていた。ネコラルの煙はただの煙ではない。魔力の塵だ。それはゆくゆく公害となって人体を襲うであろう。
これはちょっと急ぎでパパンに手紙を送らなければいけないぞ。
さて。
ゴンゾーとビリーは石鹸で丸洗いしても臭かったので、お茶会同窓会は延期となった。まあいつでも会えるしね。
そんなことより丘の上の進捗が気になる。にゃんにゃんパラダイス宮殿の建設が始まり、下からでもすでに壁ができているのが見えるのだ。
「にゃんだこりゃあ!?」
にゃんにゃんパラダイス宮殿は宮殿ではなかった。円形の建物で、中庭があって……確かに私のイメージ図に近い構造になっている。だがしかしこれは、どう見ても円形闘技場であった。
「ヌヌ姫さまの図案の通り、血肉沸き起こる素晴らしい会場になりますじゃ」
この白髪交じりの猫人の職人が、今回の工事の総責任者の親方だ。お、親方……これはちょっとちゃうねん……。
「おや? 猫人が猫人らしく、そして来た方々を愉しませる施設と聞いておりましたのじゃが?」
それがああなってこうなったのか……。
しかし今からはもうすでに修正は……。
まあいいか!
私は良い仕事すぎて驚いたと親方に伝えた。はっはっは! 楽しそうな場所になりそうじゃあないか!
これはこれで良い気がした。これからこの町に集めるのは猫人のならず者たちだし。発散させる場所は必要となる。
まあ、街の箱物で最初に作るのが闘技場でいいのか、という疑問は残されるが。
猫人のトイレ。
また新たな問題であった。
猫人はやわらかい土の上でうんちするし、うんちは縄張り争いでもあるので、みんながトイレという同じ場所でうんちしない。もちろん、すでに人間の町に住んでいる者の多くはトイレでうんちできるが。
ああそれでか。私が土木工事として猫人が道路や線路の敷設のようなことだけに使われる理由に気が付いた。文明人は野糞に抵抗があるが、猫人にはそれが普通だからだ。猫人は劣悪な環境で働かされているわけではない。人間の町の方が暮らしにくい環境なのだ。
すると、町のトイレ事情はどうする?
「ティンクス帝国では排泄物は道路に捨てて、早朝に係の者が回収して水を流すそうですよ?」
そうソルティアちゃんが教えてくれた。
ふむ。そんな時代の町をいまさら作りたくねえな。
うんちの処理といえば、あとは豚に食わすとか……。いやだめだ。猫人はその豚を捕まえて食べちゃいそうだ。
するとやはり一箇所に集めて肥溜めにするのが一番なのだろうか。しかし衛生面と臭いが気になる。
まあ普通に作って、トイレのしつけをした方が早いか。
猫人のおトイレプログラムマニュアルの作成。私はソルティアちゃんにメモらせた。
そういやサビちゃんどこいった? おーいサビちゃーん!
「うさー!」
サビちゃんはいつの間にか森の中へ入って兎を捕まえて帰ってきた。
サビちゃん……。君も野生から人の暮らしに戻ろうか……。




