14話:男の娘
補足:エイジス暦≠グレゴリウス暦。
エイジス暦1697年。オルバスタ侯爵ディアルトが皇都から自領への帰途に、アスフォートと接敵しそれを撃退。その際にアスフォートは魔法災害を引き起こし地震が発生したが、大きな被害は無かった。
大きな被害はなかったとは言え、民衆を恐怖させ、石造りの建造物のいくつかが崩れたとか。
わ、私知らないもん! ぷいっ。
次の日。
パパの右腕は無事にくっついたようだ。
だがしばらくは包帯でぐるぐる巻きにされ、ペンを持つこともできない。
慣れぬ左手で匙を持ち食事を取っていたので、私がスープをすくって口に差し出してあげた。
すると妹シリアナも真似しようとやってくるので、パパは幼女ハーレムとなった。その光景をアスフォートが見たならば、次からは幼女を用意して襲ってくることだろう。
ところで一体、アスフォートとはどんな奴かと今更ながらパパに聞いてみたら、パパは大きな山羊だと答えた。
山羊……? 山羊頭? まさかバフォメット!? 魔王じゃなくて悪魔じゃねえか!
そんなのに襲われてよく生きてたなぁと思ったら、あの紫水晶の魔除けが役に立ったとパパは言って私の頭を撫でた。えへへ。すぐさまシリアナは頭を突き出し、パパの脇腹をぐりぐりした。
でもあのお守りは新入りリーンアリフが付けていたのだが。
そうそう。パパがお守りを授けて先に逃し助けようとしたチビは一体何者かという話である。
パパはその答えを濁し、「今日から君たちの弟になる。仲良くしなさい」とだけ言った。
どう考えても訳ありじゃん! ってことで、部屋に戻った私は、いまだ疲れ果ててソファでぐでーとなってるロアーネに尋ねた。
「リーンアリフって、王族?」
ロアーネがむせた。
「ティアラ様、どこからそれを」
「勘」
「あー。あー……。ロアーネは何も言ってませんよ」
ロアーネはクッションを抱きかかえてソファにうつ伏せになってしまったので、私は腰をくすぐった。
「ひゃははっ。ダメですよ。ティアラ様はそんな顔で口が硬そうに見えて、熟しすぎた桃より柔らかいんですから」
「ロアーネほどじゃない」
私はロアーネの背中に乗って踏みつけた。べきべきと骨が鳴る。
「ああっ。いいっ……」
ふふふ。幼女の体重は気持ちよかろう。
ロアーネの背中を踏みつけていると、リアが「危ないです」と私を抱きかかえて下ろし、ロアーネの背中に座らせた。ぷにぷにのお尻の重さで我慢してほしい。
「お嬢様はどうしてそう思われたのですか?」
「リアは聞いていいの?」
「もうすでに耳にしてしまったので忘れることを諦めました」
ということは、姫のお付きの侍女にも知らされていない機密事項のようだ。
「パパが身元を言わなかった。隠したということは、隠すような子ということ」
「確かに、まあ、そうなりますね」
考えてみれば当然のこと。
庶子の可能性は、リーンアリフがそこらのガキの雰囲気ではないことからして違うことからわかる。宮殿や、その中の部屋にも、お菓子にも食事にも驚いてもいなかったしね。
王族の子ということが当たりということはつまり、これまた厄介な事が起こっているというわけか。だけど彼があの姿でいるということは、ふむ、みんなは簡単な解決方法に気がついていない?
「ロアーネ。私いい案がある。リーンアリフ、女の子にする」
「はい?」
かくして。リーンアリフはドレスを着せられ、女の子となった。
「かわいいかわいい!」
うんうん。子どもにしてもかわいい顔の彼はドレスが似合うと思っていたんだよ。
まだ四歳のリーンアリフは女装している意識はなく、ふりふりドレスの裾を持ち上げてひらひらして喜んでいる。
くくく……。このまま男の娘として育てられるとは知らずに呑気なもんよのぉ!
女の子になったリーンアリフを見て、パパは複雑な表情をしていた。かわいいのに。
私はパパと話し合いの場を設けた。
パパとロアーネ。そして私。給仕は秘密を知ってしまったリアのみ。
パパは開口一番、「どこまで知っている?」と私に聞いてきた。
「知らない。でもパパが困ってるのはわかった」
「だからこの子にドレスを着せたのか?」
私は頷く。
パパは頭を抱え、執事は「しかし単純ですが効果的ではあるかと」となだめる。
隠すだけなら地下室に幽閉でもすれば良いが、そういうわけにはいかないもんね。
「そうだね。ティアラはどうしてパパが困ってることがわかったんだい?」
「んー……」
まず、パパの手紙からして急いでいることがわかった。そして急いで連れて帰ってきた子が、身分を隠さないと行けないような幼い子どもである。
ということは、帝都で何かあったか、命を狙われているか、あるいは両方か。
身内にも秘密にして匿うということは、そんなのもう王族の子くらいになるだろう。
「はぁ。ティアラは賢すぎる子だね。どうやら知りすぎたようだ」
なっ!? まさかのここでパパが私を斬る流れ!? いやーっ!
「そう。その子は私の兄の子だ。母親が皇帝の血筋で帝位継承権を持つ」
あっ、この国は帝国らしいから、王族じゃなくて帝族だったか。
ん? 帝国なのに国がやばいことになってるの? 革命? クーデター? どちらも異世界語での言葉がわからなかった。
「帝都は、んー、危なくなった?」
「そうだ。だから私はこの子を……」
なるほど。それでか。
「だからアスフォートもパパを狙った?」
「ん? いや、アスフォートは関係ないだろう。偶然だ。運が悪かった」
偶然かよ! 絶対なんかこう悪い敵がけしかけてきたのかと思ったのに!
いや、私は悪魔崇拝者が黒幕説に賭けるね!
リーンアリフが何者かわかったところで、話は私の相談事となった。
「手紙に悩み事があるとあったが、何があったのかい? パパの肖像画を増やそうか?」
「それはいらない」
今でも部屋に入ったところの真正面の一番良いところに飾られているのだ。使用人が部屋に入る度にパパの肖像画に深々と礼をするので、外したくなってくる。私は絵にお辞儀はしない。
「みんなが私とプロスタルト兄様を結婚させようとしてくる。私はそれが嫌」
「どうしてだい? 君たちは仲が良いだろう」
「私はパパと結婚したい」
きゅるん。私は両手を軽く握って頬に当て、上目遣いでパパを見上げた。
おっさんはおっさんの弱点を知っている。かわいい女の子なら心臓をもえぐれる。例え中身がおっさんのぶりっ子でも、その素体は超一級品だ。鏡の前で色んなあざといポーズを研究している。なにせかわいいので私自身ずっと鏡を見て楽しめる。楽しみすぎて、ずっと鏡で自分の顔を見つめてる変な子扱いされた。変な子扱いはいつもどおりだった。
大ダメージを受けたパパは、左手で胸を抑えた。大丈夫? 本当に死なない? 心臓えぐりとられてない?
だがパパはすぐに平静を装った。さすがのカイゼル髭である。ついでに髭も褒めておこう。きゅるんとしててかっこいい!
うむうむと完全にデレデレになったパパは、きっと無意識に左手だけで私を抱きかかえ、自らの膝の上に乗せたに違いない。正直今の私の姿は幼女であり娘であるが、抱きかかえられるのはおっさん精神的にちょっと来るところはある。だがまあたまにはサービスしてやろうじゃないか。
「ところで昨日の地震は――」
「私知らない」
私はすっとぼけて逃げた。
さて。
帝族の身分を隠すということは、姿や性別だけでなく名前も変えなくてはいけない。
女装子はリルフィと名付けた。フィと付くと女の子っぽくなるのはなぜだろう。
リルフィはなぜか私に懐いた。くくく愛い奴よ。おっちゃんがかわいい女の子に育ててあげるねぇ。完全に犯罪臭である。
それが面白くないと思っているのがタルト兄様であった。弟ができたと思ったのに妹になったのだ。男の遊び相手に飢えてる兄様であった。
一方、シリアナはリルフィに対して姉ぶっている。残念ながらリルフィが先に誕生日がくるので、末っ子の座はシリアナのままなのだが。リルフィの誕生日はもうすぐだ。
エイジス教にとって五歳の誕生日は特別で、私が拾われたあとに行われた洗礼の儀が行われる。台帳に名が刻まれるのだ。衛生も医療も発達していないと子どもは死にやすいからな……。
そして皇族の男児リーンアリフは存在しなくなり、ディアルトの妾の子リルフィが記されることになる。思いっきり不正だ。だがその不正を改めるはずのロアーネも巻き込んでいるのでバレることはない。
リルフィの母はメイド長になった。メイド長なだけあって家格は高い。妾の子とはいえ侮られることはないだろう。
リルフィは正式に私達の兄妹になった。
私達と一緒に勉強をし、体術の訓練もしている。
私とシリアナが側転をしてみせたらリルフィは手を叩いて喜んだ。パパは卒倒した。
さて、その体術の訓練をしている裏庭だが、最近少し様子がおかしい。雑草がめちゃくちゃ生えて伸びてくる。一体誰が何をしたというんだ?