139話:兎狩り
小さなイキデンマイン公国の中の、これまた小さな町。
子爵であるソルティアちゃんのパパはこの町の町長だ。おそらくオルバスタと同じように、子爵は町長くらいなのだろう。多分。
そして次の日、本当に町でパレードが行われた。にゅにゅ姫歓迎パレードだ。街の人は誰だかなんだかわかってないと思うのだが、娯楽が少ない時代と地域、祭りがあれば酒を飲んで騒ぐのが田舎民だ。
トテトテトテトテプァプァプァーと汽笛隊の後ろを、私たちの乗った馬車が付いていく。幌のないオープンカー仕様の座席から、私とソルティアちゃんは手を振って愛想を振りまいた。
「うふふっ。これがわたくしたちの守ってる民なのですよー」
「うんうん」
「シェリーチェ家に生かされてるのですよー」
「うん。うん?」
私の脳内翻訳が悪かったのか、ソルティアちゃんがちょっと不穏なことを言った。し、信じてるよソルティアちゃん。ソルティアちゃんは変わらずにこにこしているので、やはり私の言葉の解釈が悪かったみたいだな、うん。
さて、今朝、ソルティアちゃんはさっそくお父さんに「にゅにゅ姫さまの侍女になりたい」と伝えた。いやまあ反対されるだろうなと思ったら、笑顔でサムズアップされた。良い悪いどころか「よくやった」と褒めるほどであった。そういやソルティアちゃんってメイド修行に魔法学校に来ていたのだったな……。しかし私が11歳。ソルティアちゃんは12歳。12歳でいいのかな……と思ったけど、ルアが私の侍女になったのも12歳だった。
とりあえず、ソルティアちゃんが侍女になるのはオルビリアに持ち帰ってからなので、今はまだお姫様だ。
家の窓から紙吹雪が撒かれて歓迎されている辺りから、シェリーチェ家が好かれている感じがわかる。そしてド田舎な国の、一つの小さい町に過ぎないのに人々の顔は明るく景気が良さそうだ。
「明るい町だね」
「はい! 魔石をいっぱい買ってくれるお得意様ができましたから、お金持ちになりましたー」
ほう……。魔石を買い漁るものがいる……。なにか臭うな……。
「それってどこが買ってるの?」
「それはもちろん!」
ソルティアちゃんは私を指差した。私は反対を向いた。そっちには誰もいなかった。
「シビアン兎がお肉だけでなく魔石も売れるようになってウハウハです!」
あ、そういえば魔力を流すとブルブルする魔石でマッサージ器を作ったのだった。事業はママに丸投げしていたので忘れていた。ぽしろうをブルブルさせて遊ぶための魔石じゃなかったな……。
次の日。兎狩りのために乗馬服のようなパンツルックとなった。パンツといってもおぱんつではない。
私がこういった男装のような服に慣れていることに驚かれた。私はフリフリドレスの似合うお人形のようなぷるぷる美少女だからな。ふふん。
「髪は束ねなくて本当によろしいのですか?」
「いいのー」
ソルティアちゃんは髪が邪魔にならないようにポニーテールにしてから丸くくるんと結い上げていた。
「私、髪の毛を動かせるようになったから、束ねない方が自由なの」
「えー! すごいですー!」
私は髪の毛をわさわささせて見せた。さらに髪の毛を使ってバック転をした。
ソルティアちゃんは革手袋の手でぽすぽすぽすと拍手をして喜んだ。
それを見た私は調子に乗り、秘技、髪の毛走りをしてみせた。これは髪の毛をもしゃしゃしゃしゃと動かす事で、自分の手足を使わずに地面を駆ける、私の生み出した超ぐうたら移動術である。本体である私は髪の毛で作った椅子に身体を預け、くつろいだ状態で移動することができるのだ。
「うわっキモッ。じゃなくてすごっです」
ソルティアちゃんにドン引きされてしまった……。そう。これの欠点は髪の毛がもしゃしゃしゃしゃと動くために見た目が非常に悪いことだ。ソルティアちゃんの従者たちからの視線も痛い。
便利だけど普段は封印しているのも、こうなるからであった。あと、筋肉を使わないのでダイエットにならない。ぐうたら移動は身体がぷにぷにになってしまうのであった。
なので徒歩で山を歩く。
らんららんららん。ソルティアちゃんとお手々を繋いでピクニック。そのソルティアちゃんの反対の手には猟銃が握られている。うーん、ピクニ……ピク……うーんやっぱピクニックではないな。登山道はすぐに足が取られる砂利道となり、どんどん道では無くなっていく。はひぃはひぃ。私はこっそり髪の毛を歩く補助に使ってずるをした。
い、いったいいつまで登るんだ……。私と同じく運動不足のルアとカンバは死にかけていた。元気すぎるサビちゃんのリードを引っ張ることで余計に疲れが出ていそうだ。
「三十分くらい経ったでしょうか? ここで少し休憩いたしましょう」
ふひぃ。道の脇に少し平らなスペースがあり、そこに山小屋が建っていた。
「にゅにゅ姫さまは健脚ですね。予想よりも早く着きました」
「ふふん。まあね」
ずるをしているからね。最初の十分くらいですでに心が折れて「もう帰ろう」と言い出しそうになっていた。
「ここからはさらにきつくなりますので、すでに辛い方はここに残った方が良いと思います」
はあい! と手を挙げそうになってしまった。
「大丈夫、と言いたいところですガ、私は残りまス」
カンバ脱落。
「私も邪魔になると思いますのでっ」
ルアも脱落。
え、じゃあ私も……。
「サビ行く。おじょさま、サビにまかせる」
サビちゃんは行く気まんまんだった。これだとつまり私は行くしかない。
ソルティアちゃんの従者の男女一人ずつが小屋に残り、私とサビちゃんとソルティアちゃんと従者二人の、五人でさらに山を登る。
元気よくにゃんにゃんと登っていたサビちゃんがぴたりと止まった。そして脇の一点を見つめ、耳をひょこひょこと動かした
「ここ、いる」
さすが猫人のサビちゃんだ。兎狩りに熟練した現地民よりも早く存在を見つけたらしい。
ソルティアちゃんは立ち止まり、視線の方向へ指を向けた。
「確かにいますね。にゃんこちゃんえらいです」
「サビィー」
サビちゃんは自分の名前を告げて、我慢できなそうにお尻をふりふりと振った。
「上と下から挟みましょう。わたくしとにゅにゅ姫さまとサビちゃんは上へ参ります」
従者二人は「大丈夫ですか?」と不安そうだ。一人が上のメンバーに付いていくことを提案したが、ソルティアちゃんは却下した。
あれ、でも兎でしょ? 危ないことあるの? 角とか生えてる? それとも首刈り兎だったりしないよね?
「行きましょう!」
るんらるんらと歩く道はますます険しく、一歩足を滑らせたら滑り落ちて身体が大根おろしになりそうだ。ぶるり。下を見たら足が震えて、じゅるりと石に足を取られた。
「ぬあ!」
「にゅにゅ!」
ソルティアちゃんが手を伸ばすが、私の手には届かない。いや、私は手を掴まなかった。下手をすると道連れにしそうだから。大丈夫。私には髪の毛がある。髪の毛を斜面にぶすりを刺して、ぷらーんと垂れる。くっ。重い! もっと痩せておけばよかった!
「にゃうー!」
サビちゃん!? お前!
なんで私の足にぶら下がってるの? どうりで重いと思った。サビちゃんは屈託のない笑顔だ。私を助けようとしたのだろうか。邪魔なんだけど。
んにんに。私は慎重に髪の毛でクライムして道へ戻った。サビちゃんも髪の毛で掴んで抱えあげる。
「重いよ」
「サビィ、やくだた?」
たってないよ。
「にゅにゅ姫さま、怪我はございませんか?」
怪我か。足首が痛むな。サビちゃんのせいだけど。まあ歩けないわけではない。髪の毛があるし。というより、サビちゃんが掴んで来なければ多分滑り落ちなかったし。
サビちゃんだから仕方ないけど。
「で、どうするの?」
「合図をして、下からシビアン兎を追い立ててきたところを、ばこん、です」
ばこん?
それに下から兎を追い立てるのか? 兎は下りよりも登りの方が全力で走れるはずだ。なので追い立てるとしたら逆だと思うのだが……。
ソルティアちゃんが空に筒を向けて、ぽすんと空に灯りを発する花火を打ち上げた。
そして地面に寝そべって待っていると、下の森からシビアン兎が三匹現れて、開けた斜面を駆け登ってきた。特に角とかないがシマウマ柄の兎であった。
サビちゃんが飛び出しそうになるのを、私は抱きかかえて抑える。どうどう。サビちゃんは興奮して私の腕をがぶがぶ噛んだ。いたたた。
ソルティアちゃんは駆け登るシビアン兎に猟銃を構えた。撃鉄代わりの魔石が筒の中で爆発を起こし、ばこんばかんと散弾が発射された。ショットガンだ!
撃ち込まれたシビアン兎はひっくり返って斜面をごろりごろりと転げ落ちた。下から追いかけていた従者が兎に追いつくと、目を回したシビアン兎の手足を縄でふんじばった。
「上手くいきましたー」
ソルティアちゃんは手をてちてちと叩いた。わー。喜びの少女ダンスは危ないのでしない。
喜びを分かち合っていたら、ぴゅうんと何かが坂を駆け下りていった。サビちゃん!? 我慢できなかったサビちゃんが、逃した一匹を追いかけて行ってしまった。
「あらどうしましょう!」
「うーん、サビちゃんだし大丈夫じゃないかなぁ」
一刻後。山小屋でシビアン兎を捌くのを見学拒否してぐでーっと疲れで寝転がっていると、メイド服をあちこち擦り切ったサビちゃんが、とてもいい顔でシビアン兎の耳を掴んでぷらーんとさせて現れた。えらいえらい。
褒めてなでなでしたら、再び森の中へ駆け出しそうになったので慌てて呼び止めた。いやもう帰るから!




