138話:ソルティアちゃんを手に入れた
ホーチン湖を抜けてレイテン川沿いの道をひたすらに登っていく。
このレイテン川はベイリア帝国とティンクス帝国を遮るように北へ向かっている。その先は海洋交易都市のあるネトラレンド国に繋がっているらしい。勉強嫌いの私も馬車の中だと大人しく聞いてるので、お勉強を兼ねたうんちくを侍女ルアは教えてくれる。
そしてそれを聞いて、さすがに地理や歴史にうとい私にもピンときた。ライン川だこれ!
「ん……。ちょっと外を歩いてくる」
「お嬢様っ? 具合が悪いのですかっ?」
「サビィもいく」
サビちゃんもぴょんこら起き上がり、結局みんなで下車して馬の隣を歩いた。少し軽くなって馬はぶるるるといななき喜んだ。
ルアの手を掴んでぽってぽって歩く。サビちゃんは駆けてはしゃいで、川に近づこうとしたところをカンバに捕まっていた。サビちゃんなら逃げようと思えばするりと抜け出せるだろうけど、立場をわきまえるようになってきたようだ。もう野良猫ではなく飼い猫なんだぞ。サビちゃんはぬるりとカンバの腕から抜け出して駆け出していった。
ま、まあ、飼い猫でもこんなもんだし……。
レイテン川の橋を越え、ハイメン連邦からイキデンマイン公国に入った。雪をかぶったシビアン山脈の背景にして、のどかな田舎町が広がる。町の規模としては、湖のほとりで泊まった町よりも小さいかもしれない。そして小さい丘の崖の上に建つ小さな小城がまるでファンタジー絵画のようだ。
そして案内された城は、城を住まいとして改築されたオルビリア宮殿とは違い、暴れまわる魔物から人里を守るための城としての機能が残っている。城壁の上の歩廊の一角にはバリスタが備えられていた。
馬車が開かれた門をくぐっていく。
ふわわ。やっとこ着いた。最初にサビちゃんが馬車から飛び降りて、周囲の兵をびっくりさせた。注目を浴びたサビちゃんは思わず、馬車の屋根の上に飛び乗って、尻を上げて尻尾を逆立ててふしゃあと威嚇した。兵たちは握った槍を握りしめて緊張が走る。
しかしルアが下車したことで緊張がゆるむ。多分おっぱいがぽよふんと揺れたからだ。猫人メイドのことなんか忘れてみんなおっぱいに視線が集中していた。その身体に支えられて私は馬車をぴょこりんと降りる。別に手を借りなくても降りられるが、髪の毛をうねうねさせるのは不気味に思われるであろう。そうでなくても「油を被ったのか?」と言われるような虹色に輝く髪を私はしている。
まあしかし、私の容姿には驚かれなかった。本日迎える客のことは、ソルティア姫から聞いているのであろう。庭に立っていた執事が挨拶をして、城の中へ迎え入れた。ちらちらとサビちゃんを見ていて、気になっているが聞けない様子だ。
応接間にはすでにソルティアちゃんは待っており、両手を広げて迎えてくれた。私とソルティアちゃんは抱きしめ合って、ぴょんこらくるくると回る。これが幼女の挨拶である。そう学んだサビちゃんは私たちの間ににゅっこり挟まった。ぬむんと身体の間に入り込んだ猫人メイドに、ソルティアちゃんは「まあ」と驚いたが、すぐににこにことその頭を撫でた。
「この子はにゅにゅ姫さまのペットですか?」
「そんな感じ」
サビちゃんはソルティアちゃんの手を振り払ってぴゅーんと逃げた。その手には赤いリボンの付いた箱を抱えていた。
「あら? いたずらっ子に盗られてしまいました」
「あの子は盗っ猫なんだよ」
ルアに首根っこを掴まれぷらーんとしたサビちゃんは、包装のリボンをぺしぺしとしていた。リボンが気になって我慢できずに手が出ちゃったかぁ。
「開けていいのー?」
「どうぞですわー」
サビちゃんの手からプレゼントを取り上げて、リボンを解いてサビちゃんにあげた。サビちゃんはリボンの紐をはぐはぐと噛んだ。
そして箱の中からはなんと、赤いリボンの紐が出てきた。
「おお、リボンを解いたらリボンが出てきた……」
「うふふっ。狩りの時に付けておくのですよ」
ほう。腕章みたいなもの?
「私も私もプレゼントー」
「わーいなんでしょう?」
「精霊姫チップスー」
「わー」
私たちは手を取り合ってぴょんぴょん跳ねた。幼女挨拶はいくらでもしても良い。……もう少女な歳だけど。そこに気づいた私はクールキャラを取り戻して、すとんとソファに腰を下ろした。
「変わらずにゅにゅ姫は不思議ちゃんです」
「ふふん。まあね」
答えてから気づいたが、不思議ちゃんは素直に認めない気がする。しかし久しぶりに同級生に会えたことで興奮しているので仕方がない。
「ソルティアちゃんも元気そうだね」
「元気ですよー」
「ゴンゾーとビリーも元気だよ。今は私の町で働いてるの」
「そうなのですか? わたくしも今度おじゃましようかしら」
そしたら魔法学校の仲良しグループ揃い組だね。うふふ。
「あらー? ヴァイフくんを忘れておりますよ」
あっ。すっかり忘れていたぜ。
そういえばヴァイフくん絡みで何かあったような……。なんだっけ。忘れているということは大したことじゃないのだろう。
「ヴァイフは何してるのかなぁ」
「あら? お手紙届いておりませんか? 変わらずカードゲームにうつつを抜かしているようですよ。あとはそう、魔術師の友達ができたとか」
がたり。私は立ち上がった。ソルティアちゃんは目を丸くした。
ぽすり。私は座り直した。こほん。
「どうかなされたのですか?」
「いやあちょっとね……。そういえばヴァイフ少年が魔術師に命を狙われてたの忘れてたわ」
「なんですって!?」
私とソルティアちゃんはあわあわした。あわあわ。
周囲はなんのこっちゃとぽかんとしている。サビちゃんはくわわとあくびをして床に寝転がった。
「でも手紙の様子だと殺されてはいないようだね。よかったよかった」
「良い、のですの?」
「うーんしかし、私の元に手紙が届いてないというと、ティックティン派がまた手紙を盗んだのかなぁ」
まあそんな暗い話は置いといて。
どうにせよ今ヴァイフ少年と下手に接触するのは不味いと感じた。同じエッヂの街に住んでいる母方の叔父さん叔母さん経由で知らせるべきか。いや敵側もその辺りは警戒しているだろう。私とヴァイフが親しくしていることから、私の従兄弟と勘違いされベイリア皇帝の孫であると勘違いしているのだから、親類を使うのはだめだ。
ソルティアちゃんに頼むのも、すでに私がこうして接触したことでこのルートも警戒されるだろう。
もしかしたらソルティアちゃんへ手紙が無事に渡ったのも、こうしてヴァイフ少年がまだ生かされていることを私に伝えるためなのかもしれない。
いかんいかん。今は考えないようにしようとしていたのに、つい考えこんでしまった。
「それよりも、明日のことを考えよう」
「はい! どうなさいますか? 街に出られますか? それとも山へ向かいますか? わたくしたちは準備万端ですのよ」
「うーん、山、と言いたいところだけど、馬車旅で疲れたから街でのんびり遊びたいなぁ」
「かしこまりました! にゅにゅ姫歓迎パレードを行いましょう!」
いやソルティアちゃん、聞いてた?
その夜、一緒にディナーを食べて、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドでお話して一緒に寝た。
ふむ。ソルティアちゃんは細身だけどしなやかな筋肉だ。もにゅもにゅ。ふへへ。
「くすぐったいですよぉ」
「えへへ」
私がソルティアちゃんの肢体を弄んでいると、ソルティアちゃんも私の身体をぷにぷにし始めた。あ、だめ、そこは、腰の肉なのぉ!
「にゅにゅ姫さま、少しお肉が増えました?」
「むぅ。これでも少し痩せたもん」
まだ私の身体は幼女サイズなのだから仕方がない。子どもの身体は褐色脂肪で体温を維持しているのだ。だからぷにぷにでも仕方がないのだ。
「それにいたしましても、猫人の町に、大きい豆の畑。にゅにゅ姫さまは面白いことをなさっておられますね」
「ふふーん。見に来る?」
「行きます行きますー!」
「ついでに私の侍女になる?」
「なりますなりますー!」
きゃっきゃきゃっきゃ。
ふむ。しまった。ありがたいことにルアの後釜を見つけてしまったぞ。
「え? 勢いで承認した?」
「にゅにゅ姫さまと働くの楽しそうですもん」
「え? お仕事大変だよ?」
自分で言うのもなんだけど、ルアはしょっちゅう私に「んもーっ」て言うよ?
だけどそれはルアをちょっと困らせて甘えたいだけなので、ソルティアちゃんの前では私は良いところを見せていきたい。きりっ。
「私も猫人ちゃんと遊びたいですー」
「いいよー。あ、でも、サビちゃんは子どもだからちっちゃいだけで、大人の猫人はムキムキで大きいよ。こんなのだよ」
私は両手を広げてベッドの上でぴょんこらした。
「へーすごーい! 乗りたーい!」
「の、乗るの?」
ソルティアちゃんもちょっと変わった子なのを忘れていた。私の周り、なんか変な子率高くないか? 私は脳内で四角いグラフを思い浮かべてみた。ふむ。この中では私は常識人よりだな。




