135話:猫人の新天地ニャータウン
初春の前の流星の月。雪解けのはずの時期なのにコートを着込んでもまだまだ肌寒いのは、雪の精霊がはしゃいでいるせいだろう。
七歳の頃に馬車で遠足で来たオルヴァルト高原に、今度はネコラル機関車でかんかんしゅぽーっとものの二十分ほどでやって来た。
そして同乗者たちはわーわーきゃっきゃにゃんにゃんと騒がしい。孤児院の子どもたちも一緒である。みんな列車の中で大人しく席についていられない。特に問題児のサビちゃんはきれいなワンピースドレスの裾をまくりあげ、座席の上で尻尾を膨らませてぐるるるるふしゃーして怯えていた。引率のチンピラお兄さんの眉間の血管がいきなりはちきれそうだが、一両まるごと貸し切りなので子どもたちのはしゃぎっぷりは今回は見逃された。
オルヴァルト高原の丘にぽこぽこと家が建ち並ぶ。しかしこれはただの作業員の宿舎である。あちこちからどんがどんがと建設の音が聞こえる。
オークの森から豚をしとめて抱えてきた猫人が現れて問題が起こった。豚はオークのどんぐりを食べさせるために森へ放し飼いにされている。魔物化した背脂豚が街道に現れたなどならともかく、森の豚は勝手に獲ってはいけない。まず人間と猫人はその辺の違いから理解し合えていなかった。
まあ、私も知らなかったら野豚だと思うし、以前森に入った時もそう思ってたし。
オルヴァルト高原の麓の町、英雄の地にお詫びにいく。返そうにももう食べてしまったので骨しか返せない。町長に「多分今後もこういうことあるからよろしくー」とかわいく伝えておいた。おっさんは理不尽なことを言われても相手が美少女だと何も言えないのである。
ついでに元フェアリーダンジョンの農園を視察する。
そこで元同級生の黒髪のヤフン人ゴンゾーと、黒人アフロのビリーに一年ぶりに会った。
「ひさしぶりだなあ」
「やぁにゅにゅちゃん! 元気してたでぇすかー!」
ゴンゾーは私に手を振り、ビリーは私の身体を捕まえてぐるぐると振り回した。
侍女ルアに回収された私は目を回して地面に倒れた。おえっぷ。
「もー。ビリーさん。お嬢様はこう見えて繊細なんですから手荒くしないでくださいっ」
「オーすみませーん。はしゃぎすぎました」
ダイジュを作っていたのは白衣おっぱい眼鏡研究員お姉さんとゴンゾーだったはずだが、どうやらお姉さんはハイメン連邦チェルイの町の魔法学校に帰ってしまったようだ。残念。代わりにビリーがいた。代わりにビリーかぁ……。アフロはおっぱいの代わりにならないんだよな。私のやる気ゲージが一段下がった。
さて、案内された農園だが思った以上に広かった。フェアリーダンジョン化してた時は認識阻害されていたし、その後も「焼き払えー!」している時だから私は広さを知らなかった。うーん。ぴょんこら跳ねても先が見えん……。たしか平坦な地平線の場合で5キロメートル弱? 待てよ、私の身長は幼女だからもっと低いか。さらに決して平坦ではないことをかんがみるに……。
「2マイル……3200メートルか」
天皇賞(春)。
「オウ! ひと目で計算するなんて、さすがにゅにゅちゃんです! えらい! かしこい!」
えへへ。私はVtuberのチャット欄なみの褒め言葉で身体をくねくねさせた。
「幅はだいたい400メートルちょっとだなあ」
全然違った。東京ドーム四個分の広さだった。改めて見ると果てが見えないというほどでもなかった。
そこには一面何やらくしゃっとした草が生えていて、ゴンゾーとビリーはそれをむぎゅむぎゅ踏み始めた。なにこれ雑草? 私も真似してむぎゅむぎゅ踏む。
「土地の魔力でね、ダイジュの収穫が早く終わったからね、ボインさんが小麦作ってみよう言ったですね」
小麦? ボインさん?
このむぎゅむぎゅ踏んでるのは小麦なの? 私はそっと足を退けた。私知らない。踏んでない。ぷいっ。
ゴンゾーはそんな私の足元を指差した。
「踏んでいく、仕事」
あ、踏んでいいんだ。むぎゅ。しかしそういうことなら……。
私は丘の上に猫人孤児院の子どもたちを呼んできた。
「むぎゅをむぎゅむぎゅしましょう」
「にゃーい!」
がきんちょの三分の一は年長組と一緒に真面目にふみふみを始めて、三分の一はすぐに飽きて鬼ごっこを始め、三分の一は昼寝を始めた。さらにごく一部は畑にばりばりと穴を掘ってうんこした。
「役に立たない……」
「子どもだし。猫だし。猫に農業は無理」
「猫はネズミ捕るヨォ」
ゴンゾーは呆れ、ビリーは微妙な擁護をする。
よく考えるとすごいめんつだ。平たい顔族の東洋人に、黒人アフロに、猫人の子どもたち、ふんわりおっぱいお姫様メイドに、クールビューティーな私。ふむ。まともなのが私しかいないな。
「猫に農業は無理かもしれないけど、お姫様にはもっと無理」
私は早くも飽きていた。前世での農業体験でじゃがいもですらまともに植えられなくて鳥に食べられた私なのであった。
「猫のお姫様は駆け回っていまぁすよ?」
猫のお姫様? ビリーはサビちゃんを指差した。ああ、たしかに一人シリアナのドレスを着ているからお姫様に見えるな。
「あれは悪ガキだよ。まあ少しは大人しくなったけど」
むしろシリアナに連れ去られてからはあちこちに怯えて震えていたサビちゃんであった。外で走り回れるくらいに元気を取り戻したともいう。私はシリアナの暴走力でサビちゃんを懲らしめられると思ったのだが、シリアナは弟ができたことで私の知らないうちにお姉ちゃん力も鍛えられていた。もしかしたらシリアナはサビちゃんをきちんと躾けたのかもしれない。
しかしそんなサビちゃん。ふと目を離したらどこかへ消えてしまった。あれれ?
「あっ!」
サビちゃんは背を低くして、いつの間にかビリーの背後に回り込んでいた。そしてビリーに向かって飛び跳ねた。狙いはビリーのアフロだ!
「うおう!? なんでぃすかー!?」
サビちゃんのスティールが発動! しかしビリーのアフロは盗めなかった! アフロにサビちゃんの爪が引っかかり、ビリーは反動で前のめりに倒れ、畑の中をごろごろと二人は転がった。サビちゃんはいち早く起き上がり、再びビリーの頭をぺしぺしと叩き始めた。
「くろいぽぽぁ! くろぽぽぁ!」
「いたいいたい! やめください! ポアポア違うます! とめてください!」
なんだポアポアと間違えただけか。それじゃあ仕方ないな。
「たすけ……たす……」
がくり。ビリーはしんだ。サビちゃんはビリーの背中の上で勝利のダンスを踊った。
私は忘れないうちにルアにメモを取らせた。「猫人に農業は無理」と。
そうそう、丘の上に猫人の町を作る話だ。
丘の上には遺跡が残っている。下水や基盤のために穴を掘ると建造物の名残が現れた。まさに歴史的遺産だ。ちょっと困る。工事を一時中断して町長に確認を取ってもらったところ、「除けてええよー」と返事がきた。いいのか……。そもそも「侯爵様が決めたことに口出しできん」とのことだ。すまん。決めたのは私だ。そしてこの場にいる責任者も私……。
いっか。潰しちゃえー!
どうにせよここの開発はすでに動き出しているんだ。遺跡だけを残して観光地としても周囲は猫人の町になるのだ。どうしようもねえ。開発に犠牲は付き物なのだ。ごりごりごり。でも石は残して再利用する。
猫人の新天地ニャータウン。その丘の上に何を建てるか。それはもちろんにゃんにゃんパラダイス宮殿だろう。中庭にプール付きの日向ぼっこスペースで酒池モフ林を開催じゃ!
猫人の町……? こいつらほっといても勝手にあばら家建てて住み着くでしょ。
「まじめに考えてくださいっ」
ルアにほっぺぷにってされちゃった。えへへ。
ぷにっとされたからには真面目に考える。しかし問題は山積みだ。あ、また猫人が森から豚を捕まえてきた。んもー。
猫人は狩猟民族だ。仕事はダイジュ畑でもやらせとけばいいだろと思ったけども、果たして上手くいくだろうか。ふかふかの土はトイレだと思っている奴らだぞ。
かと言って森で自由に狩猟させるのも問題だ。むしろオルバスタでそれが問題になっているからこそ、ここにひとまとめにしようという計画である。
そして集めたとしても割り振る仕事がないとお互い困る。
仕事。仕事かぁ。
働きたくないぐうたらぷにぷに幼女なので他人の仕事を考えるのもおっくうだ。とりあえず猫っ子たちと日向ぼっこでお昼寝しよう。アイデアというのはリラックスしている時に出るものである。すやぁ。
がばり。
「お、お昼寝が仕事……?」
いやだがしかし……。
まだこの世界には子どもを働かせてはいけないなんて倫理観はない。
それに彼らは見世物となる……。だが猫人は猫人らしく生き、人は猫人の猫となりを知る。
「にゃんにゃんもふもふ触れ合い公園……」
人はよく知らないものを怖がる。街の人が移民を嫌うのは猫人のことを知らないからだ。
私はオルバスタの民と猫人は仲良くならなくて良いと思っている。お互いを知れば、手を取り合う部分は手を取ることができる。それでよい。猫は人に支配されず、飯をよこせと鳴き、ノートパソコンの上に乗り、布団を占領する。ひ、人が負けてる……。
そう。私が作るべきは、猫人が猫人として気ままに生活し、人は猫人の文化を知れる場所。
ようこそにゃふりパーク!




