134話:お見舞い品
ヌアナクスが猫人をまとめあげる間、私は暇になった。その空いた時間に、私とシリアナは離宮へ向かった。パパのお見舞いだ。パパは腰をぷるぷるとさせながら仕事を始めてしまうので、強制休養のため離宮に移されていた。
「ねーたまー」
なんかはちまきをした知らないがきんちょが手を伸ばしてぽてぽてと走り寄ってきた。誰だこいつ!?
姉さまと呼ばれたなら仕方がない。がきんちょを認知してやろう。ほれ。
しかし、がきんちょは私ではなくシリアナに飛びついた。
「ねーたま、こっちのねーたまはだれですか?」
「ティアラ姉さまですよぉ」
なに!? あのシリアナがおしとやかに喋ってるだと!?
「そうでにゅ。わたしがティアラ姉さまでにゅにゅ」
にゅにゅってしまった。シリアナに完全敗北である。
で、誰こいつ。
「はじめまして、てあらねえたま。ぼくはアルテイル3歳です!」
「よく言えましたねぇ。えらいえらい」
シリアナがアルテイルの頭をなでなでした。シリアナがお姉ちゃんになってるぅ!?
アルテイル……ああ! そうだ私には弟がいた。おでこに魔法器官の目ができちゃった弟だ。だからおでこに布を巻いてるのか。
「わちちはティアラ。次の春で11歳になりゅます。よろしにゅにゅ」
にゅにゅってしまった。3歳児に完全敗北である。
「よろしにゅにゅ!」
弟ににゅにゅが移ってしまった……。いかん。これは悪影響である。
「ねーたま、遊びに来てくれたのでにゅか?」
「今日は父上に会いに来ましたの」
「わかりました。ぼくが案内いたしにゅにゅ!」
アルテイルくんがシリアナの手を取りエスコートを始めた。
おかしい……。私の知ってる田舎の子どもと違う!
まあ私もクールビューティーぷにぷに美少女だから、おしとやかになれますけども? ふふん。
いつもぴょんこぴょんこと幼女歩きしているシリアナが、しゃなりしゃなりと上品に歩いている。その隣で私はぽってぽってと歩いていた。おかしい……何か違う……これが育ちの差……いや、同じ家で育ったはず……。
ぽってぽってぽってぽって。
おかしい、なぜ私が歩くと幼女歩きの効果音が鳴るのだろう。まるで前世の幼児靴……。そう、迷子にならないように居場所を知らせるために音が鳴るように細工された靴のような……。
はっ。私は後ろに控える侍女ルアに振り返った。
ルアはすっと目をそらした。
確信した私は、歩きながら髪の毛を操り靴を脱いで裸足になった。そして靴底を見る。
なるほど。かかとの凹んだ部分に風の魔石が埋め込まれている。ここから風を起こしてぽってぽってと音を鳴らしていたのか。なぜこんなことを……。
私は後ろに控える侍女ルアの目をじっと見つめた。
ルアはすっと目をそらした。
わち、もうすぐ11歳なんじゃが?
侍女における私の信用がゼロなことがわかったところで、パパの寝室の前に着いた。
先にメイドが私たちの来訪を知らせていたのだろう。メイドさんによってすっとドアが開かれた。
「ちちうえ。ねーたまがたがお見えでにゅ」
「おおありがとうアルテイル。……にゅ?」
なぜパパは私の方を見たにゅ?
わちはしらないにゅ。
「ぱ……父上がお暇だと思って遊びにきまにゅた」
「ありがとうティアラ。こうして寝ていてもやることは多くてね。暇な時間は少ないのだよ」
「その暇な時間を潰せるにょうに、おもちゃを作ってきまにゅた」
「聞いてた?」
ばあん。私が作ったのはオリジナルゲームではなく、将棋盤である。ただ駒は漢字ではなく、ベイリア語で「金」とか「宝玉」とか書いてある。本来後手の「王」は「月」とした。
「これは東洋のヤフン国の盤上遊戯でにゅ。ヤフン人の同級生に教わりまにゅた」
「ほう、これが。耳にしたことはあるぞ。確か、一番強い者が宰相に選ばれるのであったか」
いや知らんけど。え、なに? ヤフン国って将棋で政治してる国なの?
「一朝一夕で遊べるゲームではないので、ルールブックと駒の動かし方を覚える詰将棋を持ってきた」
「暇はないって言ったの聞いてた?」
「じゃあ暇をつくってくだち」
パパは腰を痛めたのに働きすぎなのだ。
全く寝たきりのパパの仕事を増やしているのは誰だ。
むんっ、と両手に腰を当ててふんすこしてたら、後ろからルアに胸を頭に乗せられた。ルアがこそこそ話しをすると必然的にこうなるわけで、ルアが私を誘惑しようとしているわけではない。だが私はおっぱいの魔力に負けて誘惑され、言う通りを聞くようになる。
「侯爵さまは、ニャー猫人街を作る計画の書類に追われているのです」
ふむ。つまりパパが寝たきりでも忙しいのは私のせいということだな?
「パパ。タルトが俺にまかせろって言ってた」
「……そうか。そうだな。どうもタルトには厳しくするつもりで甘やかしてしまうな。息子に任せると決めたというのに」
本当は言ってないけど……。私の中の良心にウニ助の針がぷにゅりと刺さって痛む。
『それって刺さっていませんよね?』
おおう!? ポアーネのツッコミ思念が!? 一体どこから!?
シリアナのスカートの中からぽふんとポシロウが現れた。どこに入れてるのシリアナ……。
「父上の腰が痛むと聞いて、ポシロウを連れてまいりました」
シリアナはポシロウをパパの腰の下にぷにぷにと押し込んだ。
「ばいぶれーしょん機能付きです」
ポシロウがぶるるるると震えだす。シビアン兎の魔石が埋め込まれてる!?
「おっ。お゛お゛。あ゛り゛か゛と゛う゛シ゛リ゛ア゛ナ゛」
ちょっと振動強すぎない? ポシロウをぐにっとひねると振動が弱まった。これでよし。
「ちちうえ。ぼくからも差し入れでにゅ。靴下を編みまにゅた」
「おおありがとうアルテイル。にゅと言うのはやめなさい」
「でもティアラねーたまが」
アルテイルくんは不思議そうに私の方を見た。私は純心な瞳に負けて目をそらした。
そらした先のルアと目が合い、ルアは私に何やら包みを渡した。なにこれ。
「オルビリアの猫人族を治めている者からの見舞いの品です」
ヌアナクスから?
私も中身を知らない品をメイドさんに渡した。中には色んな色の細い棒状のものがいくつも束ねられていた。
「かわいい鉛筆だー!」
シリアナが幼女に戻りわーいと跳ねた。
アルテイルくんも真似してぴょんこら跳ねた。
メイドさんは跳ねる子どもたちを落ち着かせた。
「鉛筆ではないですね。お香でしょうか」
「香か」
パパがあごをくいとすると、メイドさんは指に火を灯し、香の先を炙った。香の煙がゆるりと部屋に立ち上る。
いや待てよ。ナクナムの王の贈る香ってもしかして……。
「手紙が入っておりますね。鎮静効果があると」
「ふむ。礼を伝えておいてくれティアラよ」
「にゅうん」
なんだか気持ちよくなってきたにゅ。身体の力が抜けていくにゅ~。ごろりん。
「お、お嬢様っ!? こんなところで寝転がってはだめですよっ!」
「ふにゃあん」
ええじゃないかええじゃないか。みんなごろごろしようじゃないか。ほらそこのちびっこもいっしょに……。るあーおっぱいー。




