133話:傍若無人姫
「それではただいまよりサビちゃんの公開処刑をおこないまーす」
てちてちてち。私が手を叩くと、真似するように子どもたちが、チンピラ猫人が、整列する犬人が手を叩いた。
同等品を渡して手打ち……とはならず、悪い子にはお仕置きが必要なのである。
そういうわけでサビちゃんは寒空の下、水責めとなるのだ。
「ふぎゃるるるぅ!」
首輪と両手足に枷を付けられた罪人サビちゃんが猫人お兄さんによって連れられてきた。猫人と犬人がにゃーうわおーんと囃し立てる。
「何か言い残すことは?」
「ぶっころ!」
「……やれ」
ざぶんこ。サビちゃんは庭に掘られた温水プールに放り込まれた。
「ふぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
猫が水責めに合うところを見ると、なぜ嗜虐心が駆り立てられるのだろう。子どもたち意外はみんなにこにこと笑顔になった。
だがこれだけでは終わらない。次は泡責めが待っている。年長者組が石鹸と櫛を手にしてサビちゃんに近づく。しんなりしたサビちゃんは耳をぺたんこにして観念した。サビちゃんにとって、大人たちよりも年長者組の方が恐ろしいようだ。いくら悪童サビちゃんとはいえ、子ども社会のヒエラルキーには勝てないようだ。
丸洗い猫にどんどんギャラリーが増えていく。冬場の彼らは娯楽に飢えていた。肉を焼く煙が漂う。誰かがが鳥肉の串刺しを焼いて売り始めたようだ。
「じゅるり」
「がまんがまん」
私は今回のお仕置きの秘密兵器を用意していた。隣でうずうずしている妹シリアナである。
サビちゃんはすっかり洗濯されて白猫となった。錆色に見えたのは全て汚れだったようだ。シロちゃんと改名するのも混乱するので、サビちゃんのままで通すことにする。
温水プールから引き出されたサビちゃんは、この世の全てに憎悪するような目で私を睨みつけた。ひっ。
しかし、妹シリアナは動じなかった。
それどころか、シリアナはサビちゃんの元に真っ先に駆けつけた。
「ぎゅあう!」
「あそぼー!」
シリアナは風魔法でサビちゃんを上空に吹き飛ばし、自身も跳んで追いかけ空中でキャッチ。サビちゃんの身体を掴んでぐるぐると振り回した。そのままプールにざぶーんと落ちたと思うと、今度は水流ジェットで横にすっ飛んでいった。
みんな呆気に取られて彼女らを見送り、何事も無かったかのように串焼きを愉しんだ。
私はシリアナに「遊び相手がいる」と言っただけだ。そしてこれは水責めなんかより遥かに恐ろしい。
サビちゃんが戻って来た時には死んだ目で静かに串焼きをかじるようになっていた。あんなに服を着るのを嫌がっていたサビちゃんは、お姫様のようなふわふわ髪の毛にされて、キラキラドレスを着せられていた。串焼きの脂がぽたぽた垂れて汚れていくのだが。
そんなサビちゃんに同い年くらいの猫人幼女が集まり群がっている。悪童が連れ去られたと思ったらお姫様になって帰ってきたのだから、そりゃみんな驚くだろう。
いつもなら逃げ回るか得意気にしているサビちゃんは「毛無し猿こわい……」と身体をぷるぷる震えていた。
そう。幼女パワーはこわいのだ。サビちゃんを上回るシリアナが恐ろしいともいう。そして当の本人は宮殿の庭でぐーすかぴーしているらしい。サビちゃんはこっそり抜け出して帰ってきたそうだ。
そんなサビちゃんの変容に一番驚いたのは、孤児院のチンピラお兄さんであった。
「あいつがあぬぁに大人しくにゃるとは、あの人間の子どもは何をしたのだですかヌヌ姫どの?」
多分幼女パワーで振り回して遊んだだけだと思う……。色々な才能に目覚めてしまったシリアナはもはや手に負えない幼女となってしまった。シリアナ姫が長男だったら……という声もある。それはタルト兄様が泣くからやめろ。
それにもしそうだとしても、あのはちゃめちゃな性格で施政者は無理でしょ……。全くあのフリーダムっぷりは一体誰に似たんだか……。
オルビリアの中央広場に四角い建物がどでんと建っている。オルビリア市長官邸だ。オルビリアはオルバスタ侯爵のお膝元であるが、市長は市長でちゃんと居た。別に私は行政に直接関わるようなことはなかったから、しわくちゃ顔のヒゲ市長とは初対面だ、多分。忘れてるだけかもしれない。みんなヒゲ生やしてるから見分けがつかん。
市長官邸に集められたのは、猫人街ボスのヌアナクス、犬人の長老だ。ここになんで私が混じってるのかわからん。
お互いに挨拶をしてソファに座った。ソファにはシーツがかけられて抜け毛対策はバッチリだ。
にこやかとは言えない微妙な雰囲気の中で最初に声を出したのは犬人長老ケファクウであった。
「まずわっしらをロラッタと呼ぶのは止めていただきたい」
え!? 違うの!? 私は驚きを隠しつつ紅茶をずずっと飲みながら長老を横目で見た。
「ロラッタの代表ではないと?」
「左様。ロラッタとはロータブルトであんたら人間にこきつかわれとう奴らじゃ。誇り高きわしら一族はダーケと呼んでいただきたい」
「けっ。北から逃げてきた犬っころには違いねえだろ」
ぐるるる! ふしゃー! 犬猫が牙を向いていきなり一触即発である。
なるほどこうなるから私も呼ばれたのだな。私の美少女力で場を静めるために。
「にゅあーん!」
「ぐぁ!」
「ふぎゃあ!」
私たち三人は床に転がり、衛兵の槍の石突でつんつこされて止められた。
「なにすんじゃワレぇ!」
「ギドウの若造が!」
「ぬっころすぞ!」
私たちの牙は衛兵に向いた。にゃおーん!
私は侍女ルアに首根っこを掴まれてソファに戻された。
こほん。ちょっと我を忘れてしまった。クールビューティーにだって取り乱すことはある。
「話を続けて?」
「ぬ?」
「ふむ……」
急に私が大人しくなったのを見て、犬猫は自分の毛をもふもふしながら恥ずかしそうにどさりとソファの上であぐらをかいた。
ルアは私に「なに一緒になって暴れてるんですかーっ」と耳打ちをした。私は暴れてないもん。
「まあわっしらがロータブルトの方から来たのには違いない。若いのは意味も知らず自分をロラッタと言う者もいる。人間が呼ぶのは……わっしの心の内に抑えといてやろう」
「何が抑えとくだ。牙むいてた癖によお」
「ぐるぁ!」
「ふしゃー!」
やれやれまた始まった。私は二人の間に立つ。するとボスは私の身体を押して、長老は私の身体を押し返した。私は二人の間でぐるぐると回る。
「おのれらぁー!」
私は髪の毛を彼らの首に巻きつけて、頭を床に押し付けた。
「暴力よくない!」
場がしーんと静まる。ふっ。決まった。
「落ち着いてください。精霊姫さま」
しわくちゃヒゲ市長がソファに座ったまま私に声をかけた。
「お前もお前じゃー! 偉そうによう!」
私は髪の毛を市長のヒゲに巻きつけて、頭を床に押し付けた。
「これで平等じゃあ!」
私はテーブルに立ち、勝利のポーズを決めた。
私はルアに首根っこを捕まれソファに戻された。こほん。
「続けて?」
犬、猫、市長は気まずそうに毛と服に付いた埃を叩き、ソファに座り直した。
「近頃は街で暴力事件が増えております」
「暴力はよくないね」
「だがよお、犬っころをしつけるには尻を叩くしかねえだろ」
「なんじゃと!?」
私は髪の毛を犬猫二人の首にしゅるっと巻きつけて大人しくさせた。
「自警団を名乗る猫人が民を脅かせています。なんとかなりませんかね」
「ふん。ならねえなあ」
ボスはテーブルにどかっと足を投げ出した。
自警団。それはボスの手下たちだ。ヌアナクス組の示威行為である。なのでボスはこれを止めるつもりはない。
「猫に首輪を付ける面倒はわっしらはやらんぞ」
長老は先に犬人は関わらないと拒否した。犬人は統率力に定評がある。しかしオルビリアの犬人の数は少数派なのだから当然だ。
「しかしこのままでは――」
「ちっ。俺らだって軋轢を生みたいわけじゃあねえ。だが今じゃない。人間どもがてめえらの勝手で俺らの作った鉄道を止めたんだろうが」
ふむ。話がわからない私はお茶請けのケーキを食べた。もぐもぐ。
「これ以上の急激な流入には対応できない。それはそちらも合意したはずだ」
「だからといってよぉ、追い返したら野良猫が増える。だったら犬人を北へ追い返せばいいだろ」
「やれやれ。マクナムのやりすぎで脳が干し肉になってるようじゃな」
「クソジジイ!」
「飼い猫!」
またぐるるるふしゃーを始めたので、私は髪の毛で二人の首をきゅっと締めた。
「オルビリアに入らないなら郊外に場所を作ればいいじゃない」
「猫に畑暮らしはできんと思うがのう」
「犬だって穴掘るしかできねえじゃねえか」
ぐるるる! ふしゃー!
「精霊姫さま。お願いできますか」
「できる? ボス」
ボスは手をべろりと舐めて猫耳をがりがりとかいた。
「ヌヌ姫にそう言われたら、できねえとは答えられねえな」
「やはりお主は飼い猫じゃな」
「ほざけ。尻尾を振るしか脳のない犬っころが」
犬猫は再び牙を剥く。しかし首根っこを髪の毛で掴まれているので、お互いくふぅと息を漏らしただけだ。
長老は太い白眉をくわりと上げて、私に顔を向け直した。
「そゆことじゃしたら姫様。わっしらも生意気な猫どもを街から追い出すのを手伝いますぞ」
「そこまでするとは言ってないけど」
ヌアナクスの支配下の猫人コミュニティを郊外に作る。そのプロジェクトの場所に選ばれたのはオルヴァルト高原であった。私が魔力をぶっ放して、邪悪なフェアリーのダンジョンとなり、跡地で百合の花やダイジュの産地となった場所だ。
そこへ男の働き手を移住させ、街には美少女にゃんにゃんパラダイスを作る。完璧な計画である。




