132話:泥棒猫
「ぬあああ……」
猫人たちの朝は毛づくろいから始まる。猫人衛生条例で定められている。
ヌヌ孤児院の猫人の子どもたちの雑魚寝の中で目覚めた私は、子どもたちにつやつやの髪の毛を櫛で梳かされていた。半分くらいは私の長い髪を首や尻尾に巻きつけたりして遊んでたけど。
ここに集められた子どもたちはいわゆる獣人度が低い。二年前の旅行で行った、クリトリヒ帝国ヘンシリアン伯爵領のエッヂの街で見かけた少女たちのような、いわゆる猫耳少女だ。こういう猫耳っ子の多くは訳ありであった。簡潔に言うとハーフ猫人だ。ハーフ猫人を人の街で多く見かけて、純正猫顔猫人はいままで人里では見かけなかったのは、だいたい想像通りの理由なのだろう。
猫人は正しくは猫人である。誇り高き猫である彼らにとってヌルポとは蔑称に近かった。初対面の猫人街のボス、ナクナムの王に向かって「ヌルポ」と呼んだ私は「ガッ」されたのも必然であった。
まあ、彼らも人間を「毛無し猿」と呼んでいるので、お互い様だ。
「ご飯の前に手洗いにゃよー」
「ごあーん」
「ぬぁーん」
子どもたちは「ご飯」という言葉にだけ反応した。私たちは言葉での意思疎通は難しいが、幼女ランゲージでなんとかなるボディだ。幼女はぴょんぴょん跳ねながら踊ればだいたい伝わる。
「こっちこっちー」
「ごあーん。ごあんちゃう」
「ねーね。それ、おみずー」
「お風呂やー!」
ご飯と言われて付いてきたのに、お風呂場に連れてこられて子どもたちはぷんぷんぷんすこして尻尾を床にぺちんぺちん叩きつけた。
猫人たちにもお手洗い習慣はなかった。石鹸を手にとって匂いを嗅いで「くっしゃー」とごろごろ転がりまわった。背脂豚のねとねとから作った安価な平民用石鹸は匂いがきつかった。私も「くっしゃー」と思うが、我慢して臭い石鹸で手を洗う。臭い石鹸で手を洗わされた猫人っ子たちは自分の手をぺろぺろした。
おててを洗ったらちびっ子たちは配膳だ。先に起きた年長が作った朝ごはんをちゃぶ台に並べていく。手元が危ないよちよちっ子はパンとスプーンを並べる係だ。
準備が終えると、みんなが各々好きな席に付いていく。私の隣の席の奪い合いが始まり、「んなーごなーご」耳と尻尾をおっ立てて喧嘩が始まった。その隙にマイペースな青毛のアオちゃんが私の膝の上にちょこんと座った。
いかつい顔のお兄さん猫人がみんなの前に立ち、両手を掲げた。
「ヌァークァーヌヌンナーアグムァー!」
その言葉を合図に、猫人っ子たちはがっつがっつと温かいスープにパンを浸して口に詰め込んでいく。
「アーグアーグポッポヌァニャンガー!」
お兄さんの一喝に、子どもたちはぴたりと手を止め、もそりもそりと静かに食べ始めた。
「なんて言ったのアオちゃん」
「しぽぽ、ぬく。おにぃゆうた」
ああ、静かに食べないと尻尾引き抜くぞ! とか脅したのか。
孤児院を仕切るのがチンピラヤクザお兄さんなのはどうかと思うが、ナクナムの王がよこした人材なら信頼できるのだろう。多分。と、思ったら「グルァー!」と言いながらチンピラヤクザお兄さんは一人の子どもの首根っこを掴んで壁に投げ飛ばした。おいおい。
「サビちゃん、盗んだ。盗み、だめ」
どうやら投げ飛ばされたサビちゃんはチンピラヤクザお兄さんのチーズを一欠片盗んだらしい。投げられたサビちゃんは壁を蹴って梁に登り、次の獲物を探していた。したたかすぎる。
サビちゃんは次のターゲットにとろそうな私を選んだらしい。私の背後にしゅたっと降り立ち、私のソーセージにひょいと手を伸ばした。させるか! 私は先にソーセージにフォークを突き刺す。だがサビちゃんの手はフェイントであった。サビちゃんは跳躍し、アオちゃんのチーズを狙う。だがアオちゃんは即座に反応してチーズをひょいぱく、先に口に入れた。しかしそれもフェイント! サビちゃんの真の狙いは私の角煮! サビちゃんの手を守る手はすでに使ってしまった!
「ニャゴォ!?」
しかし手はないが髪はある!
私は髪の毛をしゅぱんと動かし、サビちゃんを縛り上げた。勝ったぞガハハ!
だがサビちゃんの口はすでにもごもごしていた。す、すでに口の中に入ってしまっているじゃと……!?
「私のおにきゅー!?」
「もぎゅぎゅ」
サビちゃんは私の髪の毛拘束からにゅるんと抜け出し、しゅぱんと再び梁の上に登って、目を金色に輝かせた。
こ、こいつできる……!
猫人のガキンチョは人間が思っているほど弱い生き物ではなかった。
猫人街で別の種族との問題が起きた。相手は犬人族であった。猫人族と犬人族の力関係は、種族全体では犬人族の方が圧倒的に強い。しかしオルビリアでは数の差が圧倒的であった。
ベイリア帝国における犬人族は、ネコラルの産地であるベイリア西部のロータブルト地方で多くが暮らしていた。従順に働く彼らはネコラルの坑夫として働いている。
まあイメージとして大体ファンタジーコボルドであった。
「だから、そこのきたねえガキが俺らの宝を盗みやがったんだ!」
猫人族と比べて小柄の犬人族は、並んだうちのチンピラ若え衆にひるまずに叫んだ。
サビちゃんはビクリと身を震わせて私の背後に隠れた。
「そんなでけえ声しなくても聞こえるぜ犬っころぉ。穴を掘りすぎて耳がいかれちまってるのかぁ?」
ヤクザまがいの下品な猫人族たちはニャハハと笑って犬人族を煽る。犬人族はぐるるると牙を見せ口からよだれを垂らした。
後ろから現れた杖を付いた白髪のおじいちゃん犬人族が、怒りを隠さない犬っころの肩に手を置き、下がらせた。
「わっしらはこのシマのあんたらにたてつこうってわけじゃあない。ちょいとそのいたずら子猫を改めさせてもらえばいいだけさぁ。それで全てが治まる。なあ?」
孤児院のお兄さんがサビちゃんの首根っこを捕まえ、犬人族の前に放り投げた。サビちゃんは押さえつけられ公衆の中でひん剥かれていく。汚いガキと言われるとおり、サビちゃんの服はボロ布であった。孤児院では新しい服を支給していたが、服もお風呂も拒んで汚い猫人のままなサビちゃんであった。そんなボロ布がますますボロボロになっていく。サビちゃんは「ふぎゃあ!」と抵抗するが、手足は抑え込まえれ、牙をむく口の中には脱がしたボロ布を突っ込まれた。
「長老。どこにも見当たりません。こいつ持ってないですよ」
「むぐぅ」
長老のふさふさな白眉がぴくぴくと震えた。
「どこかに隠したんだ! 吐け!」
犬人族がサビちゃんを蹴り飛ばし、サビちゃんは全裸で地面を転がり、口に突っ込まれた布を吐き出いて喘いだ。
追い打ちをかけようとした犬人に、チンピラお兄さんが遮る。
「宝かなんか知らねえが、シロだったんだ。これで治まるつったなぁ! ああ!?」
サビちゃんは白猫じゃなくてサビ猫だけど。
「ふん。辺りを探せぇ! 匂いを追跡しろぉ!」
犬人どもが散っていく。全く、この街には厄介ばかりだ。
腹を抑え下を向いてくつくつ鳴いてるサビちゃんに、私は近づいて横にしゃがみ、慣れない猫人語で「ダイジョブ?」と声をかけた。
サビちゃんはぴょいんと飛び跳ねて私の背後に周り、私のバッグに手をかけた。
「なぬ!?」
サビちゃんはぴゅーんとその場から逃げ出し、その手の中にはきらめくカードがチラリと見えた。
あ、あいつ!?
サビちゃんはシロではなくクロだった。サビ猫だけど。
後日。孤児院の庭の太陽の下で精霊姫USSRカードをみんなに見せびらかすサビちゃんの姿があった。あの様子だと価値を知らずに盗んだなあいつ……。
私は犬人族のシマへおもむき、長老にめっちゃ謝った。その場でぬんとカードを魔法結晶化したら、嬉ションされながらめっちゃ崇められた。お互い漏らして水に流したのである。




