131話:ナクナムの王
私の粋な演出により、開会式は大成功。
ふふーん。私の承認欲求で鼻高々になっていた。豚もおだてりゃ世界樹に登る……豚じゃないにゅ。
精霊姫教。オルビリアで始まった怪しいカルトは一夜にして住民たちに広まった。恐ろしいことに、精霊姫ダイジュチップスを買うと入信したことになるのだ。まあ、私を崇めない人はわざわざ買わないしな。がはは。
私は精霊姫さまじゃぞー。みなのものわちをあがめよー!
しかし私は休憩中の神官たちに猫可愛がりされていた。
「やーんお腹ぷにぷにー」
「髪の毛さらさらつやつやいいなー」
「お尻もぷりぷりー」
やめんかこのこの! しかし若いシスターたちにおもちゃにされるのも満更でもないわちであった。
おっと、ハレムを堪能している場合じゃない。
教会には猫人たちはやって来ない。いくら猫人開放運動の中心となった精霊姫のお膝元のオルビリアでも、街の人からの印象は良くないことを彼らは知っていた。彼らは猫人街というコミュニティを独自に作って市壁の外で暮らしていた。
しかしそれでは精霊教による民意の統一が成功しない。これから精霊姫ダイジュチップスを詰め込んだネコラル自動車で猫人街へ向かうのだ。
エイジス教のシスターたちは異教徒の中へ入ることで緊張していた。
「変な耳もにゅもにゅー」
「ちっちゃいもみじおててー」
「おまたつるつるー」
緊張感はなかった。ひゃう! 変態が混じっておるぞ! やめんかこら!
「わたくし、精霊姫様の乾燥を頼まれておりますの」
そうか。それならしかたないな。太ももが凍りつきそうで困っていたところだ。ぶおおお。
「それではしゅっぱーつ」
だーいじゅだいじゅだーいじゅ。
このダイジュソングなんとかならんのか? 聖歌隊のガチの歌声が街中に響きながら共に進んでいく。
市壁の門を抜けると、顔に斜めの傷痕が目立つ一人の大柄なムキムキマッチョの猫人が私たちの前に立ちふさがった。
彼は猫人街一帯を取り締まるボス。名はヌアナクスといった。
「おい。ヌァキンチョ」
彼は私のことをガキンチョと呼ぶ。なまっているからヌァキンチョになる。
私はにゃんこに乗って車を降り、彼の隣へ向かった。
「空に爆発を起こしたのはてんめぇのしわざか」
「おっすボス!」
「なぁにしやがる。おかげでみんな驚きひっくり返って仕事になりゃあしねえ」
「今日はお祭りだから仕事は休みのはずだけど?」
「へ。こんな稼ぎ時に店を出さずにいられるかってよぉ!」
猫人街には屋台が立ち並んでいた。近くの店がソースをじゅうと焦がした香りを漂わせながら「おーいチビやーいどうかやー?」と猫人若え衆が私を呼んだ。私の教えた焼きそばだ。ふむ良い出来だ。しかし彼の焼きそばは高確率で猫毛が入っているので人間向けではない。
「こっちにショバを用意してある。一つは無料で配るってぇ話だったな。それぁ俺たちに任せろ」
「了解。たのんますボス」
私が頭を下げると、ボスは両手を腰に当てて愉快そうにがははと笑い、太い尻尾を揺らした。
「野郎ども仕事じゃあ! ヌヌ姫に迷惑かけんじゃねえぞぉ!」
猫人が「にゃふ!」と返事をし、精霊姫ダイジュチップスの箱を抱えて運んでいく。
オルビリアにおける猫人たちの待遇は悪いものではなかったが、それでも生活は苦しいものであった。そのため精霊姫ダイジュチップスの一つ無料配布とした。そのための資金は私のおこずかい貯金から出される。
だーいじゅだいじゅだーいじゅ。
青空の下、雑多な猫人街をキラキラ輝くネコラル車と共に練り歩く。にゃっしょいにゃっしょい。
「にゃらいま!」
宮殿に帰るとタルト兄様に呼び出された。なんや。
「ずいぶんと派手な開会をしたそうじゃないか」
なんのことやら。ひゅーひゅーぴゅるりらー。
「私わるくないもん。タルトがみんなのタマタマ縮み上げさせろって言ったじゃん」
「あの歌と踊りで魔力をきらめかせるのはどうだろうと言っただけで、雪雲を吹きとばせとは言ってないが?」
「まあまあ上手くいったのだから良いではないか」
「自分で言う?」
ふふん。得意気にしても美少女だから生意気かわいくて許されるのだ。
「しかし本当にいいのか? お前の資産を使って」
「だって、タルトがお金使わないと経済が回らないって言ったんじゃん」
――私のお金は工場やカードゲームや魔道具の売上で貯金が勝手にどんどん増えていた。ママンが管理をしており、お茶代やらお菓子代は引かれているようだが、資産投資をしていないため減ることがない。パパンやママンはティアラの将来のために貯めるのよと言っていたそうだが、タルトがそれに待ったをかけた。
街にお金を還元しろよ、と。
でもこの街で欲しいものはないんだよな。貴族が投資で買う高級品といえば魔法結晶だが、私はそれをぶりっと生み出すことができる経済の破壊者であった。
ならばとどんどこ猫人街に投資することにした。ナクナムをたしなめるバーを作り、サウナをつくり、箱物をぽこぽこ作らせた。労働力なら冬の閑散期で暇な猫人がそこら中に落ちている。そこで出会ったのが、猫人街のボス、ナクナムの王であった。
そこから彼とのすれ違い、誘拐未遂、シマの抗争、非合法ナクナムの取り締まり、仲間の裏切り、娘の涙。最初はいがみ合っていた私とボスは、いつしかお腹のなでなでを交わす仲となった。
まあそんなことは置いといて。
街の猫人流入の問題は、だいたい猫人のマイナスイメージの問題だ。猫人は不潔で汚らしい。何が悪いといったらそれは彼らが貧しいのが悪い。猫人の生活が良くなれば、街全体が良くなるはずだ。
ついさきほど、ナクナムに酔ったボスは私に尋ねた。「なぜ俺たちにこんな良くするんだと」普段の彼なら口にしないようなことだ。
気の置けない仲の私は正直に答えた。「美少女猫人を囲ってにゃんにゃんもふもふパラダイスを作りたい」と。彼は「やっぱ人の貴族どもは腐ってやがる」と尻尾でびたんびたんと不愉快そうに床を叩きながら、牙を剥きながら笑った。
さて。目の前のタルトはダイジュチップスをぱりりと齧り、ホットチョコミルクをちびっと飲んだ。そして子どもらしからぬ諦めの顔で視線を落とした。
「まあお前の好きにしろよな。尻拭いはこっちがするからさ」
「お尻くらい自分で拭けるもん」
「じゃあお前も書類にひたすらサインする仕事するか?」
「しません。いつもありがとうごにゃいにゅにゅお兄にゃま」
ぴゅーん。私は執務室から逃げ出し、リルフィの部屋に飛び込んだ。そしてリルフィを髪の毛で巻きつけてお風呂に誘う。リルフィとのいちゃいちゃお風呂で英気を養うのだ。だけどシリアナも付いてきたので、暴れん坊幼女と広い浴槽で水中鬼ごっこが始まってしまった。
なんかあの幼女、ジェット水流でびゅんびゅん飛び回って捕まらないんじゃが。飛ぶのはずるくない? どうなってるの?
かたわらでは、お風呂に持ち込まれたポアポアのぽしろうがお風呂の熱気で縮んでいた。ううむちょっとかわいそうだな。リルフィ、ちょっとぽしろう凍らせといて。
『ちょっとティアラ様。ロアーネの集めた雪雲を吹き飛ばしましたね? 陽気で本体が少し溶けたんですけど』
知らんがな。
雪の精霊を潰したら春が早く来るのは本当なのかもしれない。むにむに。




