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お漏らしあそばせ精霊姫  作者: ななぽよん
【1章】アスフォート討伐編(5歳春~)
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13話:感情の爆発

 なんでどうしてこんなことになってしまったのか。

 パパのことだ。この子にお守りを付けて先に逃したのだろう。


「パパ、助けに行かなきゃ!」


 私は侍女リアにしがみついた。急いで乗馬服に着替えて出発しなきゃ!

 今こそ一年間鍛えた成果を見せる時!


「お嬢様が行っても危険が増すだけです」


 足手まといだとぉ!?

 一年間鍛えた成果により、ぷにぷに幼女はなんと逆立ちくらいはできるようになったのだ。

 魔法? ん……なんのことやら……。


「ばばーんって! アスフォート、やっつけりゅ!」

「だめですお嬢様。坊ちゃまとの遊びとは違うのですよ。皆さんに任せて、お嬢様はお出迎えの支度をいたしましょう」


 んぐぐ……。

 今こそ私の本当の力が解放される時なのではないか!?

 むっ!


「出ッ!」


 リアに担がれて、トイレに放り込まれた。



 さて。

 おさらいをしよう。私はこの春で暫定六歳となった。タルト兄様は今年の秋の誕生日で八歳になり、妹シリアナは冬に五歳となる。

 そしてこの新入りのガキんちょは四歳なので、シリアナと同い年だ。

 この非常事態にフリーダムな子どもたちが好き勝手しないように、私たちは一室に集められた。

 とはいえ、状況を知っているのは私と新入りだけだ。タルト兄様と妹シリアナは「パパが帰ってくると聞いたのになんやこいつ」という視線でじろじろと眺めている。

 そして新入りのチビはおどおどと怯えている。いやそれもそうか。チビは敵に襲われたその場にいたのだから。逃される前に血生臭い目にも遭っているかもしれない。ならば優しくしないといけない。

 私はチビの隣に座り、ぎゅっと抱きしめた。

 怖い目にあって誰も知らない場所に連れてこられて、さぞ寂しい思いをしていることだろう。私も魂がおっさんとはいえ、パパに泉で助けられてぎゅっとされた時は安心したのだ。包容力ない身体ですまんが、まずはチビには安心してほしい。

 私の腕の中でチビは堰を切ったように泣き出した。よしよしわかるぞ。ちっこいのに我慢してたんだな。涙とおしっこは我慢せずに出した方がすっきりするんだ。特にこどもの身体だとな。

 シリアナはナッツ入りクッキーを手にしてチビの口元に運び、タルトは仁王立ちして「泣き虫でもおれの騎士にしてやる」と偉そうに言った。タルトは騎士団ブームだ。私とシリアナどころか、ロアーネまでプロスタルト騎士団の団員である。

 チビはリーンアリフという男か女かわからない名前をしていた。こどもで綺麗な顔をしているから性別不明で、旅装で男装してる女の子かと少し疑ってしまった。付いてるようだ。

 さて。

 うちの子ども達は遠慮がない。チビが落ち着きを取り戻したところで、私達が名前を名乗り合うと、タルトはさっそく遊びに誘った。

 タルトが号令をかけると、シリアナはチビの手を引き並び立った。私もその隣に立つ。


「遅いぞ! ロアーネ衛生兵!」

「ええー。ロアーネもですか、団長」


 ロアーネよ。大人にはこどもの遊びのノリはきついって顔をするんじゃあない。私だって辛いんだ。


「リーンアリフ二等兵はおれの後に復唱するように」

「は、はい」


 タルトはこほんと一つ咳払いをし、右手を掲げた。


「ひとーつ! 剣は民のためにあり!」


 タルト騎士団、十の心得。最後の「お菓子のつまみ食い禁止」まで宣言したところで、私が小太鼓を鳴らし、シリアナが旗を上下に振り、部屋の中で行進が始まる。テケテケテケテケ。私の後にリーンアリフが続き、ロアーネがお菓子の袋を持って最後尾を征く。

 それがメイド達に見守られる中行われる。メイドさん方は騎士団を見送る民衆の役だ。

 いつもはこのままどこかへ旅立つのだが、私たちは今、部屋の中に閉じ込められている。

 タルトはいつもならメイドによって開門される扉の前に立ち止まり、振り返った。


「みなはすでに聞いていると思うが、街道にアスフォートが出現した」


 そのタルトの言葉に、シリアナ以外がぎくりと身を強張らせた。タルトはパパのことを聞いていないはずなので偶然だ。


「だが安心してほしい。真なるオルバスタの戦士、ディアルトがすでに討伐しこちらへ向かっている。我々は彼を迎え入れる宴の支度をするとしようではないか!」


 ディアルトはパパの名前である。

 困ったな。タルトの設定がめちゃくちゃシビアな現実とニアピンしている。

 私は「タルト団長! 案があります!」と手を挙げた。


「なにかね。ティアラ軍楽長」

「戦士は戦いで傷ついているかもしれません。治療の準備をしておきましょう」

「パパ怪我してるのー?」

「真なるオルバスタの戦士は傷つかない! だが、包帯でぐるぐるにするのは面白そうだな!」

シリアナ(アナ)も包帯するー」


 私は振り返りちらりとロアーネを見た。視線の合ったロアーネは頷き、メイド達に指令を出した。


「皆の者! 怪我人の受け入れ態勢を万全にせよ。重傷者は浴場に運び込みますよ」




 パパが帰ってきた。パパは右腕を失っていた。


「お前達ただいま。元気にしてたか? これか? 大丈夫だ。なぁにすぐに生えてくる」


 腕は生えて来ないだろ……。

 パパはタルトとシリアナを抱きかかえようとして、片腕が無くて困りつつ、パパは左手で一人ずつ抱いた。


「旦那様。先に治療をいたしましょう」

「ロアーネ様。私より重傷者がいます。腹が裂けている。そちらを先に」

「ダメです。眠らせますよ」


 ロアーネの錫杖が光り輝き、日々の月への祈りのように詠唱を唱えた。


「月の光……眠り……導き……安らぎ……」


 私が聞き取れたのは四単語だけであった。魔法語は私が習っている異世界語とはまた異なる。

 ロアーネの錫杖がとんとパパの頭に触れると、パパはその場に座り込んだ。


「服を脱がして浴場に運びます。洗い、清め、腕を付けますよ」


 え? 付くの? 観たい。

 だけど私は、ちぎれたパパの腕を見て、生々しさに気分が悪くなってしまった。

 気丈に振る舞うパパは、片腕がなくても私の意識の中ではまだ非現実的だった。だけど、あるべきものがないだけと、あるべきものが分かれてるのとでは、それを見せられるとはっきりと現実を意識してしまうのであった。ゲームだってゴア表現は苦手だったのだ。


「お嬢様しっかりしてください! 私、お嬢様を夜風に当たらせてきます!」


 パパは大丈夫って言っていたのだから、大丈夫になるところを見届けなくちゃ。

 そんな意思とは別に、私の足は言うことを聞かず、視界はぐにゃりと歪む。

 そうそう。前世も血とかに弱くて、採血された時に私一人だけその場にへたれこんだなぁ。はは。血を失ったわけでもないのにおかしいな。

 私はリアに担がれて、パパとは逆方向に運ばれていった。

 庭には、軽症の臣下数名が心配そうに立ち並んでいた。彼らがパパの腕を止血し、ここまで運んだのだろう。彼らだって傷だらけなのにしっかり自分の足で立っている。私はパパの腕を運ぶ手伝いすらできない。

 パパは重傷者がいると言っていたがここには見当たらない。庭に入れる身分の者ではないか、それともここまで運べない状態なのか。すでに街で治療を受けているかもしれない。


 ああ。なんだろうこの感情は。言葉にできない。言葉にできない感情とか陳腐すぎる表現だな。そうだ。入り混じった感情の中で、はっきりと確かなことは、私は怒りを感じていた。

 それは、パパを傷つけた敵に対してでもあり、何もできない自分に対してでもあり、何もしてこなかった自分に対してでもある。

 あ、ちょっと子どもみたいに不甲斐ない自分に、抑制できない感情に泣き叫びたい。感情が爆発する。

 貧血状態だったのに、今度は頭に血が上りすぎている。

 血が拮抗してちょっと冷静になった。


「りあ。りあ。質問」

「はい。なんでございましょうお嬢様。今宵は月が綺麗ですね」

「魔法って感情で爆発する?」

「ええとそれは、爆発しそうなんですか?」


 りあー? 答えになってないよりあー。


「んー。森の側で一人にして」

「ダメです。危ないですよ!」

「このままだと、リアが危ない気がしゅりゅ」


 舌が回らなくなってきた。

 まだここは裏庭で、宮殿の建物が近い。

 だけどもう出る。被害が大きくならないように抑え込むしかない。


「りあ、にげて」

「お嬢様を置いてはいけません!」


 リアが私を強く抱きしめた。

 だめだリア。君を巻き込みたくない。一年一緒に、一番身近にいたのは君なんだ。

 だけどもう私は、くっ……。

 リアが私に微笑む。いつものように、安心させるように。

 で、出るっ!

 あっ、ちょっと引っ込んだ。

 ん、やばい! 今度こそ!

 ふぅ。

 私は月を仰ぎ見た。 

 でねぇじゃねえか!

 私は拳を地面に叩きつけた。

 月夜の晩に閃光が走る。オルバスタ地域一帯の地面が揺れ、謎の地震が発生した。

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