129話:ロアーネ増殖バグ
「お嬢様っ。朝ですよーっ。おしっこ漏らしますよーっ」
「んにぃ……」
漏らさないし……。
私は寝ぼけながらルアに引きずられていく。魔力詰まりによって魔石化しかけていた私のお腹はすっきり解消されて、体重は元に戻った。しかし体形は以前のぷにぷに幼女に戻ったわけではなく、ぷよぷよ幼女になってしまった。お腹の樽化や超重量化とは別に、脂肪は脂肪でついていたのだ。結局ぽっちゃり系幼女のままであり、ダイエットは継続された。ルアは「ころころしてるくらいの方がかわいらしいですよっ」と言うが、私はスレンダー系が好みなので、やはり美少女として自分の理想の姿になりたいものだ。ちなみにルアはおっぱい含めて肉付きが良い。まあ、ぷにゅぷにゅの抱き心地はそれはそれで。
「あれ? ポアーネは?」
「あら? ベッドにはいませんでしたよ?」
あのぐうたらが加速している白毛玉が部屋から抜け出しただと? さては何か企んでやがるな? 美少女の頃のロアーネは暖炉の前から動かない火守りの主であったが、雪の精霊のポアポアのぽぽたろうの身体になってからは、冷たい空気を好むようになっていた。なので、冷蔵庫にでも入り込んでいるのかもしれん。
「なんだか裏庭が騒がしいですねっ?」
窓の外へ顔を向けたルアが「うわーっ……」という表情をしている。裏庭といえば、先日魔力をぶりゅぶりゅと垂れ流した場所であるが……。冬だからか積もった雪が虹色になっただけで、特に変化はなかったはずだが。
私はんにっと背伸びをした。しかし、窓の高さに届かなかった。なので髪の毛を使って身体を浮かせる。
「うわぁ」
裏にはには巨大なぽぽたろうが鎮座していた。
「今度はポアーネがデブになってる……」
『失礼な』
ちょっとした納屋サイズだ。
なんだか得意気な顔で見下ろしているポアーネの毛玉の身体がもこもこっと膨らみ、しゅぽんと幼女が生えた。妹シリアナだ。
「ララも中にはいろー!」
は、入る……?
シリアナに手を引かれて巨大ポアーネの毛玉の中に埋もれながら進んでいくと、ぽっかりとかまくらのような空間が目の前に広まった。
何だこれ……。でもどこかで既視感あるな……。
ああそうだ。クソ羽虫、邪悪な妖精に捕まった時の空間だ。するとここは……。
『ふふふ。ロアーネダンジョンへようこそ』
なにダンジョン化してるの……。
「ぽぽたろうの中ぽよぽよだよー」
シリアナがもこもこぷにぷにの中をぴょんこら跳ねた。その振動で私は床にごろりと転がった。
『美味しそうな魔力があったからつい』
ついじゃないよ。
『いえ、ポアポアの体内がダンジョン化というより、すでにこの一帯がティアラ様の魔力で変異を起こしていたので取り込みました。美味しかったぁ』
ちょくちょくぽぽたろうの意思が漏れてるなこいつ。
シリアナがぼよんぼよんとトランポリンのように跳ね続けるので、私は立ち上がれずばるんばるん転がり続けた。酔った。おええ。
『吐いたら許しませんよ』
だが限界だ。吐くね。
侍女ルアがぽこんと壁から現れ、顔が青い私と、興奮で顔が赤いシリアナを、慌てて抱えてポアーネダンジョンから抜け出した。しゅぽん。
「もーっ。なにやってるんですかーっ。めっ」
めっ、されちゃった。えへへ。いや、私は悪くないぞ。
ポアーネの身体が巨大化してダンジョン化……。何か起こりそうな予感がする。しかし何も起きなかった。ただシリアナの遊び場が増えただけだ。
トラブルがあったといえば、シリアナがぽぽじろうさぶろうを持ち込んだことによって、ポアーネに合体吸収されてぽぽじろうさぶろうが消え去りシリアナがガン泣きして、ポアーネをぽにゅぽにゅと殴り続けたことだろうか。
最終的に、シリアナは巨大ポアーネじろうさぶろうの身体をちぎって持ち帰った。よかったよかった。シリアナが「ポアポアがお話できるようになったのー」と喜んでいた。よかったよかった。……ロアーネの意思が増えてない? 分裂してない? 大丈夫? ロアーネ増殖バグ……? 私もちぎってみたら、大ポアーネと小ポアーネが生まれてしまった。脳内ステレオで小言を言ってきてウザいので、ちぎった小ポアーネを大ポアーネにくっつけて戻しておいた。
ちぎりまくったらその分だけ増えるのかな……。いや考えたら負けだ。
そんな巨大毛玉のことは置いといて。
私の街で愛想を振りまく活動は順調だ。猫人街を歩いていると、猫顔の猫人のおっちゃんが「気持ちよくなる水飲むんぬ?」と勧めてきた。お前、エルダーでスクロールな世界のゲームにいなかった……? ポアーネを置いてきたからこの水の正体がわからないな。いやまさか、こいつ、それを狙って……?
改めて辺りを見回すと、浴びるように飲んだ酔っぱらいの猫人たちが地面に転がりふにゃふにゃしている。そしてその猫人たちは目が座っていた。
ど、ドラッグが蔓延している……?
なんだか嫌な予感がする。逃げるぞにゃんこ! 私は連れていた翼ライオンのにゃんこのたてがみを引っ張った。
しかしすでに遅かった。にゃんこは猫人のおっちゃんに怪しい水を嗅がされて、ぺろぺろぐにゃぐにゃふにゃあんしてしまった。
『ぐるにゃあん』
にゃんこが猫になってしまっている!
私はにゃんこをその場に置いて慌てて逃げ出した。ゆるせにゃんこ。懐柔されたにゃんこが悪い。
「ということがあったよ」
「猫人街で薬物か。そういう報告も聞いてはいたが……お前にまで勧めてくるとはな」
タルト兄様が腕を組み、背もたれをぎぃと鳴らした。
「おれも風紀的に問題だとは思っている。だがあれも彼らの文化だ。急な規制は乱れを生む、そうだ」
タルト兄様は頬をぽりぽりとかいた。周りにそう教わったんだろうな。
「だけどアレが中心街にまで広まったらもっと問題でしょ」
「それは問題ない。アレは猫にしか効き目がないからな」
「ふむ」
マタタビかな?
「ともかく、あれはヒトにとっての酒みたいなものだ。酒場のような然るべき場所を用意すればよかろう」
なんかタルトが大人みたいな喋り方をするので、近づいてほっぺをむにゅっと掴んだ。
「あんだよ」
「タルトはお酒を飲んだ?」
「ああ。しかしあんな気持ち悪くなるもの好んで飲むだなんて、大人はおかしいよな」
むう。私は飲ませてもらえてない。法律的には問題ないが、ルアに許してもらえない。
「まあ、お前やシリアナの飲酒はまだまだ先だろ」
「なんで?」
「なんでってそりゃ……」
なんで言いつぐむの。
「リルフィは?」
「リルフィは変な酔い方をしなそうだな」
いやそれが案外、ああいうおとなしい子ほど激しくなってしまうんだ。ふむ。酔ったリルフィ……えっちだな。
「そういうわけで、猫人が道端でふにゃふにゃしないようにお前から言っといてくれ」
「ええ……」
もしかして私に愛想を振りまいて歩けと言ったのは、そういう使いのため?
まあいいけど。
「にゅくーまのむんにゅー!」
「にゅはは! にんげんは『にゃくにゃむ』を『にゅくーま』いうんにゅかー」
わちは両手に美少女猫人を侍らかせて、人間のお酒が飲めないうっぷんを、猫人のお酒で満たしていた。にゅちにくにんにゃー!
「ぐるるるるぅ」
お腹をおっぴろげしたにゃんこを足でもにゅもにゅ。両手で美少女猫人の喉をもにゅもにゅ。
もっとじゃー。もっとわちに酒を持ってくるのじゃー!
猫の楽園はここにあったのじゃー!
「なにをなさっているのですか、お嬢様っ?」
は!? 殺気!?
私はにゃんこの冬毛の中に潜り込んで隠れた。ずぶぶ。
ポアポア白毛玉を頭に乗せたルアが私を引きずり出して、見下ろしていた。ひっ。
「隠れてこそこそ何かしていると思ったら、こんな悪い遊びをしていたのですねっ! お尻ぺんぺんですよっ!」
「ぺんぺんいやなのじゃー!」
『ほら。だから自立はまだ無理だとロアーネは言ったではないですか』
私の頭の上にポアーネが乗せられた。いやじゃー! わちはロアーネから開放されて自由になるのじゃー!
首根っこ掴まれて連れ去られそうになる私の前に、美少女猫人たちがルアの前に立ちふさがった。お、おまえたち……!
「おかんじょー」
「つけはだめー」
お、お前たち……。
私の味方はお腹を見せてぐにゃぐにゃとろけてるにゃんこだけであった。




