124話:ラストバトル
ベイリアの首都リンディロンの夏の夜は長い。緯度が高いために零時近くまで外が明るいのだ。オルバスタでも夜は長かったが、なるほど、ベッドの天蓋のカーテンはこのためだったのかと合点がいった。
そして秋が近くなると急激に冷え込むようになってきた。ぷるり。こんなの人が住む場所じゃねえ! 私は実家に帰らせて頂く!
「帰るのか? 構わんぞ」
え? いいの?
いけすかお兄さんが腰に手を当て、私を見下ろしている。スーパーキラキラカラフルぷりちー幼女に対して高圧的なんだよなあ、こいつ。
「菓子代の経費にあれこれ言われなくて済む」
そ、そんな食べてないけど……。
「丸くなりましたよね、姉さま」
そ、そんなにぷにぷにじゃないけど……。
ところが私の脂肪はぷにぷにからぶよぶよになりつつあるのであった。脂肪はやわらかいイメージがあるが、それは密度が低いときだ。当然のこと、ぎゅうぎゅうに詰め込めば密度は高くなり固くなる。(※ただの内臓脂肪)砂糖とバターで作られた肉の鎧はこれからの寒い季節に向けてさらに厚くなろうと蓄える。夏がダイエットに最適と言われるのはそのためだ。全ての動物は寒さに対し、脂肪を蓄えて厳しい冬に備えるのだ。
だから、私がぶよぶよ幼女になったのは、寒いリンディロンが悪い。ぶよん。こんなの美少女が住む環境じゃねえ! 私は実家に帰らせて頂く!
侍女ルアは私の手からチョコチップクッキーを奪い取った。何するのルア?
「甘い物食べ過ぎですっ!」
餌付けする方が悪くない? そうだよ。自制できない子どもにお菓子を次々に上げる方が悪いじゃないか。監督責任だぞ! 誰だ! おやつを用意したのは!
スパイ似非ロリメイドのテーナであった。
「だって、お嬢様はコーヒーには甘い物に限るって言ってたじゃないですか」
それはそう。
しかし、調整はできるだろう? 私を太らせてどうするつもりだ? まさか、それが目的でスパイメイドになったんだな! 許せん!
「あーもう、このガキめんどくせえっす」
舌打ちして暴言を吐いたテーナに対し、いけすかお兄さんはべしんとその頭を叩いた。いいぞいけすか!
「相手がクソガキだろうと態度を表に出すな」
いや、お前もな? 泣くぞ。ふえぇ。ぴえんっ。ちらっ。しかし誰も私を気にしていなかった。
もつもつとチョコチップクッキーを口に頬張っていた漆黒幼女だけが私を見ていた。お前もまだうちにいたの?
「でぶ」
それを口にしたら戦争だろうがよぉ!
私は虹色の魔力を放出した。
「魔力が脂ぎってる」
え? この虹色って油膜なの?
衝撃の事実に私の魔力は引っ込んだ。
『油の精霊ですね』
ロアーネ!? ロアーネは冗談言うようなキャラじゃないだろ! シャレにならんこと言うな! 信じちゃうぞ! ロアーネも丸くなってる癖に! 身体がポアポア化してるから当然であった。
しかし、改めて見ると漆黒幼女ノノンも丸くなってないか?
「なってない」
鼻の横のほっぺとの境がぽよんとしてらっしゃる。そしてあごも消えかけておる。
「なってない!」
ノノンは私にチョコチップクッキーを投げつけ、腕を振り回し突撃してきた。やんのかこんなろー! 私はポアーネをノノンに投げつけた。ポアーネは弾き飛び、リルフィにキャッチされる。
そしてぷにぷに幼女二人がぼよんとぶつかり、がっぷり四つに組み、お互いを投げあいながら自ら倒れ、床をごろごろと転がった。そしておばさんメイドのメアリーさんの足にごつんとぶつかる。おっと失礼。
「何やってるんですかもうっ」
侍女ルアが私たちの首根っこを捕まえようとしたところ、足元が黒い魔力の沼となり、私たちは呑み込まれていった。ぬああ……。
そして闇の中に浮かぶ四人。二人ほど巻き込んでしまってますけど。
「精霊姫。貴女は気づいていた?」
「ああ」
何が? とは言わない。ここは空気を読む。私は空気が読めるおっさんだ。ちょっと時々おっさんの中の幼女が漏れて幼児帰りはするけれど、彼女が意味もなく私たちをここへ連れ込んだことだけはわかる。ノノンはそういうことをする奴だ。
「私は最初から怪しいと思っていた」
ノノンが私の家に現れた理由。何か企んでいるなと思っていた。だがこいつは何も考えていない。私と違って何も考えずに行動する奴だ。
「何の話ですかっ!? 早く帰してくださいよーっ!」
ルアが闇の中をほよほよと泳いで、ノノンのほっぺたをほよほよと突付いた。器用だなあのおっぱいメイド……。あんなに上手く動けないんじゃが? んにっんにっ。
そんな中、おばさんメイドのメアリーは静かに腕を組んでいる。ふむ。冷静なおばちゃんだ。
「そう。明らかに怪しい人物がいた」
「スパイメイドだろ?」
「そう。いや違う」
怪しい奴? よくわからんが話に乗ってやろうじゃないか。
テーナじゃないとしたらいけすかお兄さん? いや、あいつはただいけすかない奴だ。だとしたら地下墳墓でいきなり現れた軽口兄さんか。いや、あの人は街を歩いてると飴をくれるから良い人だ。
すると……。なるほど、あいつか。テーナをスパイとして送り込むためにパンを盗ませたパン屋だな! 犯人はわかった! 何の犯人? まさか……そういうことか! 私が太った元凶は……!
「なるほど。私たちをおとしいれた犯人は最初から居たんだな……」
摂りすぎた炭水化物は脂肪として蓄えられる。犯人はクッキーだけではなかったのだ……。
「そのとおり。ひれつなやつ」
ノノンはくるりと闇の中を宙返りして、おばさんメイドを指差した。
なるほど。そっちか……。おばさんもジャム付きスコーンなど甘い炭水化物を与えてきたのであった。
「くくく。はっはははっ!」
するとおばさんメイドのメアリーは突然笑い出した。私たちの寸劇がそんなに楽しかった?
「何を笑っている。おばちゃんは今から報いを受けるのだ!」
ぷにぷにの恨み! ダイエットに協力してもらうぞ!
「そうかい! バレちまったんじゃしょうがないねえ!」
おばさんメイドの身体から黄色いガスが噴き出した。いかにも毒ガスっぽいやつ。え? おなら?
「吸ったら危ないやつだ!」
昏睡してえっちなことされるやつだ!
「そうだよ。しかし逃げられるかねえ?」
いや、この闇の空間広いけど……。いくらでも逃げられるけど。んにっんにっ。ちょ、ちょっと待って! ルア引っ張って!
わたわたしながらルアに追いついたら、ノノンがぷうと丸くなった頬を膨らませていた。突付いたらぷひゅうと息が抜けた。
「む、逃げられた」
「なんだと?」
あの毒ガス、煙幕を兼ねていたのか。
「それに、認識阻害。厄介な魔術」
「なるほど、それでか」
なんか影の薄いおばちゃんだと思ったんだよな。そういう魔術だったのか。ふむ。知ってた。
「え? でもノノンなら簡単に追いかけられるでしょ?」
なんかすごい魔法持ってるんでしょ?
だが、ノノンは首を横に振った。案外使えない幼女だこいつ。
私とルアは闇の中をノノンに引っ張られ、とぷりと地上に湧き出た。ただいま! しかし登場した場所が悪く、リルフィのスカートの中であった。飛び出た私は危うく勢い余ってリルフィを女の子にしてしまうところであった。
「姉さま!? お怪我はありませんか!?」
「ふ。生きていやがったか」
いけすかは相変わらずいけすかだが、安堵した顔を見せた。一応ちょっと心配してたようだ。いや、私ではなくルアの方を見てやがる!
「はいっ! 生きてました! えへへへっ」
何ちょっと良い雰囲気出してるんだ! 私の前でラブロマンスは許しませんよ!
いや待て、それはひとまず置いといて。
「メアリーは?」
「メアリー? 誰だそれは」
ふむ? ふむ。いけすかお兄さんも把握していなかったのか。
「なんだかよくわからないけど、私たちに屁をこいて逃げ出したんだ」
「話はわからんが、さっき屋敷から離れたのは庭師のジョセフだな。なにやら急いだ様子だったか……。わかった。追おう」
ふむ? ふむ。つまりどういうことだ? 私の知らないうちに何かが起こっていた?
おい教えろこのやろう。私は用事は済んだとばかりにすたすたと家から出ていった白ネグリジェ漆黒幼女のノノンを追いかけた。それ私のネグリジェだぞ。返せ。
私がノノンの腕を後ろから掴むと、彼女はぼーっとしている顔をキリッとさせて、振り返った。黒い镸い髪が、木の葉のざわめきと落葉とともに秋風に流れる。
「ロアーネに気を付けて。アレは貴女の身体を狙ってる」
何か大事なこと言うのかと思ったらそれかよ。とっくに既出なんですけど。ロアーネ本人からいつか乗っ取るとか言われてるし。
「貴女は人形。私と同じ」
『お喋りが過ぎますよ』
ぶるり。いつの間にか私の服の中に入り込んでいたポアーネから冷気が溢れる。ただでさえ寒いんだから、雰囲気出すな。もにゅもにゅ。揉んだら治まった。
しかし人形か……。いいね! 人形みたいな美少女は人気キャラである。悲劇性があるとなお良い。そう、私はロアーネに使われてるの。分かっているけど逃れられない。それが運命。
『ティアラ様は制御不能じゃないですか』
私は人形。ふふふ。
「それじゃあ、また」
こくり。私は黙って頷く。人形キャラエミュをしていたら、なんだか聞ける雰囲気ではなくなっていた。
結局どういうことなの!? 教えてネタバレロアーネ!
『その場にいなかったから何があったかロアーネはわかりませんが?』
役立たずめ!




