123話:エアマメ
私はベッドにうつ伏せになり、枕を抱えて頬を膨らませていた。ぷくー。
「ダンジョンは危ないから入ってはだめですよーっ」
侍女ルアに言われなくてもわかってる。漆黒幼女が反体制派組織のアジトを潰さなかったとしても、私がダンジョンへ入ることは許されなかっただろう。後処理に同行することも叶わなかった。
ということで全ては事後処理。報告も、一当事者とはいえたたのぷにぷにお姫様に伝えられた情報は「片付いたぞ。あと地下墳墓は立入禁止となった」といういけ好かない報告のみだ。
しかしこれで万事解決ということでもない。ただの一勢力の一アジトを潰したに過ぎない。とはいえ、首都で活動するテロリストを壊滅させた功績は大きいようだが。
だがそれは私ではなく、隣の、私の白いネグリジェを着てぐでーと寝そべる漆黒幼女の手柄である。漆黒幼女なのに白いネグリジェを着るな。ややこしくなるだろ。
さらにさらに、このネクロマンサーノノンは公式にはここにいない存在だ。だってベイリア帝国の敵だし。無許可で入り込んでるし。ということで、誰が表舞台に立ったかというと、ソファーでぐでーとなっている働かないエセロリメイドであった。
「今日くらい休日にさせてくだちぃ……。あちこち引っ張り出されてテーナはおつかりんこでありんす……ぴえん」
口調があやしい。だいぶ脳みそがやられてしまったらしい。彼女はスパイとして敵のアジトを突き止めた上に、魔術師のネクロマンサーをそそのかし、敵組織を裏切らせ同士討ちにさせた。という、盛られた功績が作られたのであった。しかも大々的に勲章を与えるようなこともできない立場ゆえ、こっそりとよくがんばったで賞パーティーが開催されたとか。
念の為にポアーネを貸し出し、頭の上に乗せていってら、テーナは精霊姫と勘違いされたりとかまたややこしい一波乱があったようだが、大部分で軽口軍人お兄さんへののろけ話が混じってくるので、はいはいワロスワロスと聞き流した。
のんびりティアラで過ごしていたら、メイド服を着たリルフィがぱたぱたと部屋に入ってきた。うむ。やはり男の娘といえばメイド服だよな。もちろんサテンロンググローブは外せない。
「姉さまのエアマメが届きましたよ!」
「なんと!?」
「えあまめ」
私とノノンはリルフィに飛び付いた。私は邪魔なノノンに蹴りを入れる。ノノンは私の足元の絨毯を沼化して、私の下半身はすっぽり床に挟まってしまった。3DゲームのY座標ずれバグ状態である。私も負けじと精霊魔法を使って白毛玉をぶつける。ぽよんっ。0ダメージ!
「ふふん」
口角を上げて私を見下ろす白い暗黒微笑幼女。その横っ面を引っ叩くために私は床から抜け出そうともがく。んにっ。んにっ。
抜けんのじゃが。
「姉さま……?」
リルフィがかわいそうな子を見る目で私を見ている。私の方がお姉さんなのに! いや、私は年齢詐称だから本当は五歳だけど。魂は加齢臭だけど。
私は無表情キャラとなり、リルフィに「んっ」と手を伸ばした。リルフィが私の手を取り、ぐいっと引っ張る。あ、らめ、もっとやさしくっ! こわれちゃぅう! お腹千切れちゃうよお!
しゅぽん。
抜けた。
「なななんで?」
うろたえる漆黒幼女。なんやねん。
「絶対に抜け出せないはず」
そんな魔法に気軽にはめるな。
漆黒幼女はリルフィの手をむんずと掴み、くんくんと匂いをかいだ。
「カレー臭がする……」
あ、さっきカレー食べたから。錆色飛竜の国の小麦粉と香辛料炒めである。つまりカレーである。
そんなことより枝豆である。
「なんかでかくね?」
私の両腕を広げたくらいの大きさなのじゃが?
そんなのが荷馬車にごろごろと重なっている。
と、とりあえず茹でてみるか。
「お嬢様。本当に丸ごと茹でるのですか?」
元から屋敷にいたおばさんメイドのメアリーさんが大釜に水を満たす。あまり料理を任せたくない名前だが、ここはアメリカじゃないので大丈夫だろう。
「茹でて調味料は塩をかけるだけ。それで指でぷちぷち押し出して中の豆を食べるの」
「指で? 嬢様はいつも面白いことをいうねえ。巨人の食べ物なのかい?」
確かに。中の豆もサッカーボールくらいありそうだし。
とりあえず床に置いて体重かけて押し出してみるか。んにっ。んにっ。
さや固すぎぃ!
包丁で剥くしかない。全くもって私の知ってる枝豆と違いすぎる。
「えあまめー」
「あ! こいつ!」
私とノノンは巨大枝豆に飛び付いた。私は邪魔なノノンに蹴りを入れる。ノノンはさっと蹴りを回避して、バランスを崩した私の上半身はすっぽり枝豆のさやに挟まってしまった。
「姉さま……?」
ちゃうねんて。こいつが! こいつが悪いんです!
私は中の豆を掴んで引っ張り出す。んにっ。んにっ。抜けんのじゃが!
誰かが私の足を掴んで引っ張った。しゅぽん。ふう助かったぜリルフィ。リルフィじゃねえ! いけすかじゃねえか!
「助けたのになぜ不満そうな顔をしている?」
いけすかお兄さんからぷいと顔を反らして、私は抱えたお豆にがぶりとかじりついた。んまー。良かった! サイズが違うだけで中身はちゃんと枝豆だ!
「なんか妖しく光ってる……」
見なかったことにしとこう。しかし一個がでかすぎる。メロンくらいある豆とか食いごたえありすぎるぞ。一個でお腹ぽんぽこりんになるぞ。
私とノノンはひっくり返って倒れた。
「げぷー」
「おにゃか破裂すりゅ」
みんなはナイフとフォークで取り分けて食べていた。枝豆の食べ方じゃねえ!
侍女ルアがテーブルの上で豆を切り分けていく。ちょっと待て。その豆なんか白いぞ。ポアーネじゃね? 豆と間違えられたポアーネは、二つに切り裂かれた。
「あわわわわっ」
ルアは慌てて二つになった白毛玉の断面を貼り合わせてむにゅっと手で挟み込んだ。
「ふう。危ないところでしたっ」
セーフなのか……?
ポアーネは自身と同じサイズほどある枝豆をもつもつと食らい始めた。
『ふう。エアマメがなかったら危ないところでした』
枝豆関係ある? むしろ間違えられて切られたのでは?
「しかしなるほど。世界を変える豆か」
なんだよいけすか。まだそこに絡むの?
「ますますオルバスタが重要な地域となったようだな」
え? なにが? ただの枝豆じゃん。
いや、ただの枝豆じゃねえな。でけえし。
令嬢芋とともに食糧事情は改善しそうではあるか。ベイリアは寒い。食い物がねえよぉとオルバスタに頼るのもわかる。
そういやヴァイギナル王国がベイリア・オルバスタ自治から脱退して独立! とかやってるんだっけか。ベイリアが南部にこだわるのも、生命線となっているからだろうか。
「待てよ。ならオルバスタも独立を」
「聞かなかったことにしておこう」
ひっ。いけすかにじろりと睨まれてしまった。
パパはなんでキョヌウを受け入れてまでベイリアに従ってるんだろうな。クリトリヒとの関係の方が強いのだから、反旗を翻してもおかしくないのにな。
『やっちゃいますか?』
やらないけど。すぐ暴走する過激派ペタンコ白毛玉を揉みしだく。
「答えを教えてやろう。お前の父親はまともで、ヴァイギナルの王は狂ってるからだ」
む。ヴァイギナル王はルアの父親なんだが? これでいけすかとルアの仲は壊れたな! やったぜ!
だが、ルアはうんうんと頷いていた。なぜだ……。そういえば、リアとルアのパパは、朝から銃の空砲ぶっ放す頭おかしい人だった。納得せざるを得ない……。
魔術師のテロリストも、近隣情勢もややこしくなるばかりだ。私はおとなしく枝豆普及でもしていよう。
だが、そうのんびりしているばかりではいられなかった。ノノンがリルフィに引っ付くからだ。
「なんか気にいられたみたいです」
「リルフィは私のだし!」
引き剥がそうとしたが、私とノノンが全力でぶつかるとリルフィが跡形もなく消し飛ぶかもしれん。大人の私は妥協して、リルフィを左右から挟み込んで抱きまくらにすることに合意した。なお、リルフィの意思はないこととする。
朝起きたら、ノノンが私の寝ていた側に回り込み、私のことをベッドから蹴り出していた。ルアがキャッチしなかったら危ないところであった。私は北東の国は滅ぼす決意をした……。
「いえ、お嬢様は寝ぼけながら私に抱きつかれて、自らベッドから落ちましたよっ?」
ふむ。北東の闇の国は保留することにした。私は大人だからな。
「あーっ! シーツが濡れてますっ! お嬢様漏らしましたねっ!?」
私じゃない! こっちこっち! この黒いのに白いの着てる方!




