122話:カタコンベ編、完!
「おーい。先にやっちまったのかよ」
灯りを手にした男たちが手を振りながら、性別不詳なオネエさんに近寄る。
「まさか足止め要員にやられちまうとはな。やはりお飾りの神輿だったか」
「でたらめな情報を流していたガキも死んだか。何が精霊姫は要注意人物だ。こんな骨どもにやられるとはな」
「なんだ? 黙りこくって。いやいや別にお前の魔術を甘く見てるわけじゃねえさ。そう怒るなよ」
「おいふざけてんのか。それともお前、裏切り……」
地下墳墓の骨たちが男たちを囲む。ぐいぐいと押し込めていき、それに釣られて男たちは一歩二歩と後退る。後ろにいた男が足をもつらせて仰向けに倒れた。
骨のグリオグラが折れて尖った骨を持ち、倒れた男へ向けて倒れ込むように突き刺した。男の悲鳴が地下で反響する。
仲間たちはやっと、死体を操る仲間の様子がおかしいことに気が付いたようだ。彼らは魔術を使って死兵グリオグラを砕いていく。だがそれは、さらに押し寄せるグリオグラたちの鋭利な武器を与えることとなった。
一人の英雄に対し雑兵が十や二十集まったところで、子供の群れが相撲取りを転がせないのと同じで、魔法使いや魔術師にスケルトンの群れが襲いかかったところで苦にはされない。だがそれも無数となると、話は変わってくる。魔法は魔力を魔法器官に負荷をかける。それは通常は心臓にあり、魔法とは全力パンチと同等で、魔法を使いすぎると立ちくらみを起こす。魔法学校でも無理をして貧血を起こす生徒を度々見かけた。
魔法を顕現させるには、まず自身の魔力を基点とし、大気中の魔素を吸収することから始まる。魔法器官とは、魔素を魔力へと変える器官。変換された魔力は通常手に集められ、魔力は放出される。そこから詠唱により事象を引き起こすのが魔法である。
魔法が使えない者は、この工程のどこか異常を起こしている。ママは魔素吸収し魔力を体内で作り上げるが発することができずに、過剰となった魔力は仔に額に第三の眼を持つという影響が出た。タルト兄さまの場合は、そもそも魔力吸収が苦手のようであった。
魔術師の腕の墨は、魔力を発する魔道式を身体に刻み込んだものであり、魔術符は魔力の魔法変換を行うものだ。
要するに、魔法使いも魔術師も、魔力器官を使っているのは同じで、戦い続けるということは全力疾走を行い続けるのと同義である。
すなわち、いくら魔法に優れる者であっても、物量には押されるのだ。
『ロアーネはこんな骨どもに負けませんが?』
『む。やってみる?』
やるなやるな。ぷにぷに漆黒幼女とぷにぷに毛玉が火花を散らす。その隣で骨の中に膝を付いた最後の魔術師が、最後の声を上げる力もなく、骨に圧死された。
そして男たちも、骨の一味の死兵グリオグラとなる。
「よし。これで後はこいつらのアジトを吐かせればいいんだな」
私の言葉に漆黒幼女はこてりと首を傾げた。
『死者は話さない。頭悪い?』
え? アンデッド魔法って、死んだ者の魂を反魂して蘇らせて言うことを聞かせるものじゃないの……?
『何言ってる? 頭悪い?』
むかつくなこの漆黒幼女。地面からひょっこり頭を出したのでピコピコハンマーで叩いて追い払った。
『ロアーネをハンマー代わりにしないで貰えます?』
とりあえずどうやらアンデッドから生前の話を聞き出すのは不可能のようだ。なんで殺した。頭悪いの?
床に散乱した骨から生えた漆黒幼女は私の頬をむにーとつまんで引っ張ってきた。私も負けじとノノンの頬を引き伸ばす。むにょーん。
「テーナを放置して低レベルな戦いをしないで欲しいすけど」
「なんだと!?」
「むくー」
私とノノンがテーナに向かって放った魔法は、彼女の目の前で衝突して弾けた。ちっ。
「あっぶなー!? 今本気!? 本気だったよねえ!?」
そんなことは置いといて。
この散乱した骨はどうするの……。後片付けしないとまずくない?
「りょ」
骨が砕けて倒れたグリオグラたちが、黒魔力によって骨が結合し再び起き上がる。こいつのアンデッド魔法やべえな……。
「ん? なんか脚の長さ違うのがいない?」
なんか動きがぎくしゃくしてると思ったら、よく見ると手足やあちこちの骨の長さや太さがまちまちであった。
「なにかもんだい?」
いや、そりゃ問題あるだろ……いやないかな……? ないかも……。骨たちは壁の棚の中へカプセルホテルのように収まっていった。ま、まあいいか……。
そして残ったのはオネエ含めた魔術師の男たち四人。ちょっと身体のあちこちが曲がってはいけない方を向いてるが新鮮なお肉付きだ。改めて眺めるとホラー度がやばい。思わずちびった。
癖になってんだ。音を消して漏らすのが。
「あーもう! 今はルアパイセンいないんすから、あたしが下処理しなきゃなんねえんすけど!」
下処理いうな。
下半身を雑に拭かれながらゆらゆら動くホラーゾンビたちを眺める。魂を戻して動かしてるんじゃなければ、このアンデッド魔法はなんなんだ? ただ操っているなら人形と同じ? ある程度は自動で動くようにした……。
「ん?」
「まだ動いちゃだめすよ」
今なにか思いついた気がしたけど、太ももがくすぐったくて忘れた。
『ティアラ様の精霊魔法と同じですね。いや、もっと言うなら博士の研究と同じとも』
サンキューネタバレロアーネ!
そうなんだよ。漆黒幼女のアンデッド魔法と、博士の魔法燃料ネコラルに精霊を宿して動かそうとするのは同じなんだ。そしてロアーネの力でずるしてるとはいえ、ゴリゴラムを動かす成果が生まれた。
ゴリゴラムの戦闘記録はなんの為に取っていたんだ? ゾンビー軍団を見てわかるように、死兵グリオグラの利点は物量のゴリ押しだ。それなのにプロトタイプのゴリラメカの研究を進めたところでなんの役にも……。
「はいおわり! もうこんなとこからさっさと出て帰りましょ」
テーナにお尻をぱんと叩かれ、私の思考は霧散した。
むう。
「テーナって博士の研究を狙ってたよね? なんの為に?」
「そりゃあグリオグラの魔法と繋がるからすよ。解明できたら対策もできますからね。この子どもの」
子どもと言われた漆黒幼女はぷくーと頬を膨らませて、テーナに向かって魔法をぶち込んた。テーナは死んだ。
「テーナ……いい奴でもなかったよ……」
最近は開き直ってメイドの仕事もサボるし。
「けほっ。死んでねえすよ」
「いやあ危ないところだったねえ」
誰だこの軍服を着た男……。うっすら覚えがあるぞ。いけすかお兄さんのお友達の軽口兄さんか。
私は即座に疑問に感じた。なぜこんな地下墓所に彼が? そして素晴らしき知能を持つ私は即座にその理由が思い立った。
そうか、こいつが黒幕か……!
「精霊姫は勘付いていたようだね。そうだよ。こここそが反政府の一味のアジトだったんだよぉ。どうやら僕は出遅れたようだけどねぇ」
う、うん。さすがいけすかのお友達は優秀だなあ。私は信じていたよ。そこの優男顔に抱きかかえられて満更でもなさそうなヒロイン面したスパイメイドよりはな!
「人目が付かず、そしてどんな時間にどんな人物が出入りしても変に思われない。よく考えついたものだ。墓所での手紙のやり取りを流行らせたのはどうやら奴らのようだぞ」
そしていけすかお兄さんも現れた。結局来たんかい! なんだかんだいって私のことが心配でたまらないんだからー。
「任務だ」
ち。からかいがいのないやつだ。だからいけすかはいけすかなんだぞ。
しかしこんないかにも怪しいところを見逃してたって、軍人さんも職務怠慢じゃない?
「そう言ってやるな。正確には墓所ではなく、このさらに地下にできたダンジョンをねぐらにしているようだ」
ダンジョン! ついにダンジョン探索する時が来たか! ちょっと不安しかないメンバーだが、臨時パーティーでダンジョンに潜るのもまた冒険の醍醐味だ!
漆黒幼女が私の袖をぐいぐいと引っ張った。
「ん。地下にいたのも処理できた。帰ろ」
いまなんて?
「みんなぶっ殺した」
私の冒険は始まる前に終わってしまった! カタコンベ編、完!




