120話:異世界とは
ロアーネはいつだか言っていた。魂は混じり合うと。私が幼女として生活できているのも、元の幼女の魂が影響しているのかもしれない。私がこの世界に目覚めた時に、内なる幼女に呼びかけても反応がなかったのは、すでに私と混じり合っていたからだろう。すると、おっさんとようじょが混じり合った私の魂はさしずめ「おうじょ」。
「おっとすまんがまた俺の勝ちのようだ」
「むぐぅ……」
迎えが来るまでの暇つぶしに衛兵さんたちと戦争カードゲームをしていたが全く勝てない。こうなったら禁断の限定強カード、精霊姫カードを使うしか……。
『恥ずかしくないのですか』
色んな意味で。取り出しかけたカードをそっとポシェットに戻した。
背中がゾクゾクと嫌な悪寒がした。これはまずい! 反射的に椅子を跳ね飛ばし逃げようとしたが、背後からがっちり掴まれてしまった。きゃー! おまわりさーん!
「何をのんきに遊んでいる」
「みんなの相手をしてた」
仕方なくね?
苦笑する衛兵たちに手を振られて私は荷物のように肩に抱えられて連行された。あの、私、お姫様なんだけど?
「余計な手間をかけさせおって。黒ガキを連れ込んだと思ったら今度は家出か? 急にホームシックにでもなったのか」
「オルバスタが大変なことになっているんだ」
「なに?」
いけすかと共に付いてきた侍女ルアは、いけすかの視線に対し首を傾げた。
「私には見えるんだ。大豆が今にもにょきにょき育ち過ぎている姿が。急がねば」
私はぴょいと飛んでにゃんこに跨るが、後ろから抱え上げられてしまった。ぷらーん。
「伝えたいことがあるなら手紙を送ってやろう」
「むぅ……」
「そう膨れるな。そのダイジュというやつを運んでくればいいんだろ?」
「ビールも……」
「それは許可できん」
くっ……。仕方がない。今回は言うことを聞いてやろう。だがルアといい感じの雰囲気で歩いてるのは許さんぞ! 許さん! 私の虹色の髪がぶわりと重力に逆らい、身体から魔力が放出される。
「なにやってんだお前は」
ぺちんといけすかにお尻を叩かれた! えっちー!
「ルアー! いけすかナスナスがお尻触った! 変態! ドスケベ! むっつりロリコン!」
「はいはいっ。お嬢様が悪い子だからですよーっ」
うぐ。それじゃあ仕方ないな。
「なぜメイドの言うことは聞いて、俺の言うことは聞かんのだ」
信頼性の問題じゃないかな。あとおっぱい。そんなことは口にしないけど。
「してるが」
む。ナスナスまで私の思考を読むようになったか。うっとうしいやつめ!
「読んでおらん。口から出ている」
「お嬢様は考えてることが口から漏れていることに気付いてないのですよーっ。まだ子どもですからねっ」
な、なんだと……? 私は無口系不思議キャラなはずでは……。
『そんなキャラはいませんでしたが』
ロアーネやルアやリルフィは付き合い長いから、こう、雰囲気で会話してくれといると思っていたのに……。
『まあ、思考もだだ漏れですが』
むう。ちょっと基本に立ち返り、キャラを見直そう。すんっ。
「あっ。おすましモードになりましたっ!」
「ふん。そうしていれば人形みたいだな」
私は精霊姫。なんだか神秘的でミステリアスでぷりちーなお姫様である。深窓の令嬢で、お漏らしとかしない。
「お嬢様がこの雰囲気になった時は、何か真面目に変なことを考えているのですよっ」
「ろくでもないな」
『あってますね……』
わちは大豆とビールを求めるものなのじゃ。塩茹で枝豆をぷちぷちして口の中に放り込みたいのじゃ。じゃが食べ過ぎには要注意なのじゃ。お腹がぽんぽこりんになって破裂しちゃうのじゃ。ぷにぷに幼女がぽんぽこ幼女になって令和ようじょ合戦になっちゃうのじゃ。
「今のヤフンって何時代なんだろう」
「なんだ急に? それも調べる要件か?」
「いいや。どうせ明治時代くらいだろうし……ん?」
いや、本当にそうか? 今年はエイジス歴1701年だが、エイジス歴って西暦何年だ? いや、地球と比べるのはおかしいだろうが、どう考えてもこの世界は地球ベースだろう。異世界らしさが足りなすぎる。未来の地球説は、SFだとありきたりだが。そして魔法はナノマシン設定なんだ。世界樹は宇宙船なんだよね。
そんなこと前も考えたけど、結局違ったんだよな。世界地図もうろ覚えながら知ってるものとは違った。だがしかし地球温暖化やらで様相は全く変わるはずだ。地形なんて同じなもののわけがない。大体異世界って言いながら人間がいること自体がおかしいんだよ。異星人はタコとかイカの形してるんだろ!?
私は世界の真理に気付いてしまったかもしれない……。
『なるほど。エイジス教にも失われた古代文明があったという記録がありますね』
あるのかよ!? じゃあ確定じゃん! どこにあるの!?
『クリトリヒ帝国の南の半島ですね。古代人の叡智がありましたが、愚かにも燃える黒い粉と黒い油によって破壊されました』
ふうむ。あの辺りから南に半島か。ん? それバルカン半島じゃね? 古代ギリシャ? それ地球にもあったやつ! 私の考えてる古代遺産と違う!
『そんなこと言われても。ならばやはり似た違う世界なのでは? 神の国がこの世界と似通っていてもおかしくはないでしょう。いや、この世界は神の国を模倣して創られた裏付けになりえます。もう少し詳しく』
ポアーネがやかましくなってきたので、頭の上の白毛玉をルアに向かってぽいと投げた。
模倣した世界、というとまた少し違うんだよなあ。私は地球アセット説を信じている。それは、地球と異世界が似ているのは同じアセットを使っているからという説だ。簡単に言うと地球ツクールである。
地球ツクールの標準設定で魔力や魔法の要素の追加設定したのが魔法のある異世界と言うわけだ。好みによって地形をランダムにしたり、ステータス要素が足されたりする。いわゆる異世界が地球ベースであり、異惑星ではないという理由付けだ。
「〈大体、ヤフン語が日本語にそっくりな時点でおかしいんだよなあ。異世界にはよくあることだけど〉」
今更だけど。
「ん? どこの国の言葉だ?」
「ニホン語ですよっ。お嬢様は太陽の国の記憶があるのですっ!」
「あー。そういう年頃か」
なんだかそういう妄想に思われてしまったが、そういうことにしておこう。無口キャラな私は黙ってこくりと頷いた。
そしてネコラル機関車に乗って、蒼い霧のリンディロンに戻ってきた。ただいま!
「あれ? 姉さま捕まってしまったのですね」
「捕まっちゃった」
リルフィに抱きついて半日ぶりにリルフィ分を堪能する。黒い幼女はリルフィから離れろ。おいこら私のだぞ。んにににっ。
そうして後日、枝豆は無事に私の元へ届けられることはなかった。
枝豆届かないんじゃがー!?
「それなんだが、まことにすまない。輸送隊が反体制派の
魔術師に襲われた。心当たりはないか?」
またあいつらか! おのれ!
「て、テーナは関係ないですからねっ!? ダイジュのことは漏らしましたけど!」
「漏らしたの!?」
「はい!」
自称二重スパイメイドのテーナは良い笑顔で返事をした。
「それが原因か」
「え? でも豆の話ですよね? 豆の情報くらいなら漏らしても良いかなって思ったんすけど」
「ああ。だが軍が入手した情報によると、『ダイジュは世界の命運を握る豆』と魔術師が口にしていたようだ」
「ええ!? まじっすか!? そんな話はテーナはしてないっすよ!?」
ダイジュが世界の命運を握る豆? 一体誰がそんなことを?
『ティアラ様が言ってましたが?』
え? そんなこと言った? 言ったっけ? 言ったとしても、それを魔術師はマジにとらえたの? マジで?
「奴らはダイジュを奪ったことで勢いを増している。さらに勢力の一端がオルバスタの農場を狙っている」
大豆のせいで国内情勢が不安に?
わ、私しらない……ぷいっ。
「だ……ダイジュ……エアマメ……」
漆黒幼女のノノンもぷるぷると震えていた。まって。君は落ち着いて? 黒魔力はシャレにならんから。




