119話:精霊姫、家出騒動
私は漆黒幼女に掴みかかり、ベッドの上でごろりごろんちょキャットファイトを繰り広げ、ルアにお尻ぺしぺしされることになった。
「どうやって来たんだよ」
「マーキング」
マーキング? 漆黒幼女は虹百合結晶を指さした。なるほど。それを辿ってポータルを開いた、と。
「つまり、いつでもリルフィを夜這いできる魔法だと!? 許せん!」
私は漆黒幼女に掴みかかり、カーペットの上でごろりごろりんちょ絡まり合ってぐるぐる回り、横向きに寝転がるにゃんこのお腹にもふっと衝突して止まった。
「もふぁ……」
「もふー……」
休戦。
「姉さま。喧嘩しちゃダメです。めっ」
リルフィにめっされちゃった、えへへ。
「恩人なのですから。あっ! よかったら家に泊まっていきませんか? 姉さまが美味しい豆料理を用意してくださる話をしていたのです!」
いやいや落ち着けリルフィ。こいつがここにいると話がややこしくなるんだ。ノノンも満更でもない顔するんじゃない。
私は黒髪黒ゴスっ子をベッドの下にぐいぐいと押しやった。暗がりに突っ込んでおいたらそのうち消えるだろう。
「おまめ……」
こいつ私の枝豆を狙ってやがる! 私の食べる分が減るからダメです。めっ。
しかし結局リルフィに説得されて私は負けてしまった。リルフィがノノンに構っているのも気に食わない。ぐぎぎ……。
ディナーの時間。引きこもりの博士を連れ出してリルフィとノノンに会わせると、博士は思考停止し、完全にボケたおじいちゃんの顔をした。
まあ、長テーブルに国敵がナプキン付けてナイフとフォークを手にして掲げているのだ。さらに隣には見知らぬ幼女も座っているのである。
「あっちの黒いのは置いといて、こっちは私の妹のリルフィ」
「じじさま。お久しぶりでございます」
「おひさし……?」
お久しで気付いたのか、じじさまの目が生き返ってくわりと開き、もさもさの白眉毛が跳ね上がった。
「おーおー! 久しいのうアリフよ!」
じじさまは両手を広げてリルフィに抱きついた。そして頬ずりを繰り出す。臭そう。
「じじさま。わたくしはアリフではなくリルフィでございます。しばらくここに滞在させて頂くことになりました」
「そうかそうか! 我が家のようにゆっくりしていくがよい!」
じじさまの涙がリルフィの顔に垂れる。リルフィを汚さないで?
その隣で漆黒幼女のノノンはナイフとフォークを打ち合わせてちんちんと鳴らし、料理はまだかと催促し始めた。
「こちらの子に僕の大事な髪飾りを届けていただいたと聞きました。お礼をしたいので、家に泊めてもいいでしょうか?」
「む……むう……。アリフが言うなら仕方ないのう」
「リルフィです」
これ、皇帝の孫を狙ってる人が見たらバレバレになるやんけ。しかし戸籍を漁ってもリルフィは女の子だし、裏付け取る真面目なテロリストならバレないか。まさかエイジス教の神官が不正をしているとは思うまい。
『不正じゃないです。手違いです』
共犯者が言い訳したところで、料理が配膳された。スパイテーナは漆黒幼女の姿を見て、台車ごとずっこけそうになった。
「ななななんで!? お客ってそいつ!?」
「つばをとばすな。ころすぞ」
漆黒幼女は右手のナイフを投げ飛ばし、ノーコンナイフは私の頭上のポアーネに突き刺さった。
『ぬわー!』
あぶねえなこいつ。もう少しで私の額に第三の目ができるところだったじゃねえか。
そしてディナーが始まり、私とノノンの壮絶なお肉の奪い合いが始まった……。
リルフィを抱きまくらにしてすやりんこした翌日。私はにゃんこに乗る準備をして発つ。
しかし、問題が一つ発生した。
リルフィがうずうずした様子だったので、一緒に行こうと誘ったら、黒いのが「ノノンも行く」とか言い出した。そしてノノンが乗ったところでにゃんこは潰れた。
「にゃんこー!」
そもそも猫科の動物は背中に乗れるようにできていない。さらに飛ぶとなったら私とリルフィの二人でも無理であった。
「しかたない」
ノノンはリルフィの髪飾りをむしり取り、私に渡した。
「これがあれば追っていける」
「なるほど」
ほんとに来る気?
しかしそれでも問題はある。ノノンがリルフィを連れて来るとしたら、二人きり手繋ぎ沼移動ランデブーじゃないか! そんなの許せん! リルフィは渡さない! ぎゅっ。
すると、ノノンもリルフィの背中側から抱きついてきた。
「ずいぶんと私のリルフィを気に入ってるようじゃない?」
「うん。貴女と違って魂がきれい。この子は聖女になれる」
聖女……リルフィは男の娘だけど……。
「聖女ってなんだっけ」
『ロアーネのことです』
「ろくでもねえな」
ろくでもない話は置いといて、私はにゃんこにまたがり飛び立った。あ、そういえば勝手に飛んで大丈夫かな。まあ平気か。ちょっと色んな人が腰を抜かすだけだろう。いけすかお兄さんが腕を振り上げていたのは見なかったことにした。
休憩を取りながら小さい村をいくつか飛び越え南西へ向かう。小一時間飛んでへばったので、適当な街に着地してにゃんこと共にサロンカフェへ向かった。
通りゆく人みな驚き慌てふためき離れていく。そんなに怯えなくてもいいじゃん。そして誰かが「魔物いるぞー!」と叫んだ。衛兵が私を取り囲む。
「おつかれ様です」
職務質問には好印象で迎えた方が問題は起きない。
「よし! 捕まえろ!」
職務質問ではなく現行犯逮捕であった。にゃんこは投げ縄にかけられてしまった。にゃんこー!
「お嬢さん、もう大丈夫だからね」
「にゃんこは私のペットなので離してください」
「何を言っている。ほら、危ないからはやく離れなさい」
まいったなこりゃ。
そんな中、衛兵の一人が私を指さし、「もしかして精霊姫じゃねえか?」と口にした。うんうん。こんな田舎でも私の名は広まっているんだな。
「むっ!? そっちの幼女も捕まえろ!」
私も縄にかけられた。なんで?
取り調べにはカツ丼は出なかった。あれはドラマの演出らしい。
それでなんで私は捕まえられたのさ。
「貴女は自由に行動することを許されていません」
「なんと」
誰がそんなことを!?
「オルバスタ侯爵。貴女の父上です」
パパかー。パパじゃしょうがないな。
「連絡しましたので、迎えが来るまでこの街で大人しくしていてください」
「あい」
しょうがないなあ。
「ところで、どちらへ向かっていたのですか。家に帰りたくなったのかな?」
「まあそんなとこ。豆をね。作っててね。育ちすぎる前に茹でて食べたかったの」
「なるほどわかりました。この街の美味しい豆料理をごちそういたしましょう」
いや、ソーセージの付け合わせの豆じゃなくてね。
また口の中が枝豆ビールの口になってきた。うずうず。
「ところでオルバスタからリンディロンまで遠かったでしょう。どのくらいかかりましたか?」
「うーん?」
東に半日くらい、ヴァイギナル王国からさらに丸一日……?
衛兵のお兄さんが机の上に地図を広げた。
「ここがこの街です。オルバスタまでは五倍、五倍ってわかるかな。あと五回も飛ばないといけない。とても疲れるよ。家の人も心配してるし、リンディロンに帰ろうね」
ふむ。ふむ? なんか私、家出に思われてる?
「いや、家の人からは許可を得てるけど」
侍女のルアだけど。ルアも家の人には違いない。よし。
だけどまるで幼女のわがままを聞くかのように流されてしまった。
「はいはい。詳しくはいつも貴女の側にいるいけ好かないお兄さんから話を聞くからね」
ぬう。いけすかには話を通してないからまずい。というか、この街の衛兵にもいけ好かなく思われてるんだ……。
「帰りは列車で帰ろうね」
「いやだあ! 大豆が! 大豆が世界を救うんだぁ! 急いで大豆を手に入れないと世界が滅んでしまうー!」
「はいはい。そのダイジュというのも探しておくから。街の美味しい豆料理を食べに行こうか」
「カツ丼……」
「ん?」
「豚かつ……豚肉をパン粉の衣を付けて揚げたものがいい……」
「わかった。それも作らせよう」
やったあ! カツレツうまうま。中濃ソースがあれば完璧なんだが。
ドイツ豚カツレツはシュニッツェルというらしい。にゅにゅっつぇる




