117話:新たなる決意
夏休み。果たして不就学ぐうたら幼女は夏休みと言っていいのか分からないが。私はお勉強させようとしてくる屋敷のメイドといけすかお兄さんから逃げる生活を送っていた。
『というわけで、北国の燃料には泥の炭を燃やしていたのです。例の黒幼女ノノンは泥炭の精霊でしょうね。泥の中は腐敗が遅く、これは太陽の魔力分解の光が届かないからと言われています』
いや、腐敗はバクテリア分解の酸素の関係だと思うけど。
まあこんな感じでお勉強から逃げてもロアーネが思念で話しかけてきてうっとうしい。エロ小説を与えて黙らせないと。
『エロ小説ではなく恋愛小説です。そういえば、最近はルアとナス男の仲がよろしいですね』
ぐぎぎぎぎ。私のおっぱいだというのにいけすかめ!
『いい加減、乳離れなさい。ロアーネの揉みますか?』
もにゅもにゅ。白毛玉を両手で掴んで揉みしだく。ううむ。マシュマロの感触……。
「あっ! お嬢様を見つけましたよっ!」
「逃さんっ!」
侍女ルアと、本職の軍人はすでに忘れられてそうな執事状態のいけすかお兄さんが私を追いかけてくる! 廊下は走ってはいけません!
ひんやりとした魔力を感じたと思ったら、私の周囲に氷の檻が出現した。こいつ、姫に対する礼節はないのか。ないな。初対面でも閉じ込めてきたしな。
私は背中に魔力の翼を生やして、檻が完成する前に上部から抜け出した。そしてそのまま二階の窓から飛び出した。
「奇っ怪な魔法を使いおって!」
ぬふふん。私は簡単に捕まるような漆黒幼女とは違うのだ。
後ろの屋敷を振り返りながら地面に着地したら、足元がぐらりと崩れた。そして私の身体はすっぽりと地面に半分埋まってしまった。
「んっ! んっ!」
ずっぽりはまって抜け出せない。
そうこうしているうちに、いけすかお兄さんが玄関から現れた。万事休す!
「おのれ! 謀ったな!」
「ふん。ガキンチョの行動予測など容易だ」
「それはどうっすかね?」
私といけすかお兄さんの間に、メイド姿のスパテーナが立ちはだかる。
「そっち側についたか、クソガキめ」
「ガキじゃねーし!」
自称十歳……。ボソッと初期設定を漏らしたら、私はクソガキテーナに蹴られた。こいつ……!
「何を受け取った? 金か? 情報か?」
「答える義理はねえっすわ」
正解はチョコパイである。
テーナは手の魔術師の墨の文様から炎を膨れ上げさせた。そして、いけすかお兄さんの冷気に包まれ、炎は消え、テーナは身体を抱えてぶるぶると震えだした。
「しゃぶい! うちの負けっす! 降参!」
役立たずめ!
即座に寝返ったぽんこつ似非ロリスパイを連れて、いけすかお兄さんが迫りくる。
「たーすーけーてー」
「姉さま!?」
その声はリルフィ!? なぜ我が家に!? いや違った、私は居候で、そもそもここはリルフィの家だ。
「何者だ?」
「そっちこそ、フロレンシア家の庭で何をしているんです?」
リルフィがいけすかに正論を打ち込んだ。いいぞ! もっとやれ!
「お前の姉が座学から逃げ出したから捕まえた」
「姉さま?」
ちゃうねんて。ちょっと地面にはまりたい気分だっただけやねんて。
『そうはならんやろ』
ところでなんでリルフィがここへ? 夏休みだから帰省? リルフィ、もといリーンアリフの存在は隠しておく雰囲気じゃなかったっけ。ベイリア首都リンディロンに来て大丈夫?
「手紙の返事に書きましたけど」
手紙来てたっけ?
スパイ侍女テーナがあっという表情をして、ポケットからこそこそと封の開いたかわいい便箋を取り出した。
なに勝手に開けてるんだこのぽんこつ!
「えーだってお嬢様への恋文かなって思ったら、つい」
スパイだからとかそういう理由じゃなかった。そういう理由だったら素直に言わないだろうけど。こいつは言いそうだけど。
「まあ私とリルフィは恋人みたいなものではある」
「何言ってるんですか姉さま……」
リルフィに引っ張られて、私の身体は卑劣な落とし穴から救出された。
あれ? リルフィ大きくなった? 女の子は成長するのが早いなぁ。
「姉さまが小さいままなんですよ」
「にゃにを!?」
ミリ単位で伸びとるわ! んにっ! んにっ! おかしいな、背伸びしてやっと視線が同じくらいだぞ……。
いけすかお兄さんがテーナから手紙を取り上げ、勝手に取り出して目を通し始めた。こいつらプライバシー意識とかないの?
「なるほどな。そいつがあのジジイの孫なわけか」
「どうしてそれを貴方が!? やはり情報が漏れているようですね」
一体どこから漏れたんだ……。
いけすかお兄さんに手紙を渡され、その隙に腋を掴まれ抱え上げられた。ぷらーん。
「ああ。こいつが言ってた」
「姉さま?」
ちゃうねんて。じいちゃん博士が幼女殺しになりそうな事情があった……。
待てよ? リルフィがそのことを知ってるということは本当にお漏らししてるな? いけすかお兄さんはいけ好かないが、こういうことをお漏らしするような人ではないし、ルアももちろん私たちを裏切るわけがない。やはり博士の言っていたように研究員の誰かが……。
待てよ? 情報を漏らすのが仕事な奴がここにいるぞ?
「テーナ?」
私が名を呼んだ直後、容疑者の似非ロリが氷の檻に囚われた。
「む、無実っすよー!」
いや言い逃れは無理だろう。だって情報を流すためにこいつは私たちの側にいるんだから。
「その子が何かしたのですか?」
「スパイなのこいつ」
「え!? なんでメイドにしてるんですか?」
ふふ、それはね。「友は近くに。敵はもっと近くに置け」ってね。どこかの誰かが言ってた。ほら、実際犯人を即座に捕まえられただろう?
私がべらべらと適当な口を回してリルフィに感心されている間に、私のドレスについた土埃はルアによってきれいに洗い落とされた。
「それで、どのくらい知られてるの?」
「ああ、新聞の記事になっている」
皇帝の娘の子息が生きていた!? と見出しになっていた。あかん。漏れるどころかもろ出しだった。
「しかし情報は間違いだったようだな。生き延びたのは妹の方だったのか」
「え、あ、はい」
そうだ。ここにいるのは皇帝の孫のリーンアリフではなく、私の妹のリルフィであった。美少女に育っててお姉ちゃんは嬉しいぞ。そういうわけで、私はさっそくリルフィをお昼寝の添い寝に誘った。
「ちょっと待ってくだしい! テーナを置いていかないでくださいよ!」
「えー、何か言い訳できるの?」
「ちょっとその前に、お嬢は二重スパイってわかるっすか?」
馬鹿にしないでくださる? 知ってますわそのくらい! 二枚舌で大体悪い奴でしょ!
「どゆこと?」
「つまり、皇帝派ということだ」
「どゆこと?」
いけすかお兄さんに説明されたがよくわからん。
「テーナちゃんは魔術師の振りをした味方ってことですよっ」
「そゆことっす! だからいくら私でもあんな情報は口を閉ざすっすよ! 各方面から消されますもん!」
なるほど……。
あれ、じゃあ腕の墨は偽物? かというと、魔術師であることは間違いないようだ。ややこしいなこいつ。
「エイジス教にも色々あるように、魔術師にも色々いるってわけっすよ」
『ペタンコだけがエイジス教ですが?』
はいはいロアーネは黙ってて。
とりあえずテーナを開放して、リルフィをお風呂に誘って列車旅の疲れを癒やして貰い、お揃いのシルクのすべすべふりふりネグリジェを着て、リルフィを抱き枕にしてお昼寝をした。すやぁ。
「それでなんでリルフィはこっちに来たんだっけ?」
「ヴァイギナル王国がベイリア帝国から独立しようとしてるんです。それで危ないから姉さまのところへって言われて」
ふぅむ。私はリルフィの長く伸びたつやつやのプラチナブロンドをなでなでして楽しんだ。
待てよ。ということはこれからは一緒に暮らすってこと!? 好きにし放題じゃん!
『変態ですか』
ロアーネは無視してリルフィの身体をなでなでさわさわする。ふむ。運動をサボってぷにぷに幼女の私と違ってしなやかな筋肉が……。もう少し脂肪を付けさせたい。
「僕の身体って変、ですよね……。姉さまと違いますし……侍女とも……」
そうか、性差が気になる年頃になったか。大丈夫だ。ラベンダーエキスのお風呂に入ればおっぱい大きくなるぞ。私は一向に変わらないけど。待てよ、ルアのおっぱいが急成長した原因は遺伝だけではなかった!?
「あとはタンパク質……豆乳か……」
「トウニュウですか?」
タンパク質は身体を大きくするし、魔法を使うのにも使うらしいし、そして大豆は成分が女性ホルモンと似ていることから身体が勘違いして反応してしまう体質を持つ人がいると聞く。
やはり大豆か。一刻も早くこの世界に大豆を広めなくてはならない。男の娘おっぱいのために!
『それロアーネも摂りたいんですけど』
白毛玉には無意味でしょ……。もにゅもにゅ……。




