116話:お互いの正義
森の調査から帰ってきたじいちゃん博士に、いけすかお兄さんは村で起こった出来事を淡々と報告をした。それを聞いたじいちゃん博士は白髪を怒髪天させ顔を茹でダコにし、脳いっ血しそうなほど額に血管を浮かび上がらせた。
じいちゃん博士は自分の右手の握り拳を左手で掴んで自制しながら、いけすかお兄さんに問いただす。
「では、敵を誘き寄せた上で儂のかわいい孫を拐われ、行方不明じゃと?」
「ええ。周辺を探索するために研究者の地図が必要だ」
「何を……貴様、すぐに追いかけなんだ」
「敵は魔力の門を潜って行ったからな。あの様子だとそう遠くには行っていないはずだ」
博士はついに怒りを抑えきれずに地面に魔力を放出した。土がドンと音を立て、水滴を水に落としたような王冠の形を作り出した。土魔法による土ドンである。
「ならばさっさと探しに行けい! あの子にもしもの事などあったら儂が貴様をこの地に埋めてやる!」
いけすかお兄さんはやれやれと肩をすくめて研究者たちに声を上げる。総出で森へ探索に行くようだ。
「儂はもう身内を失いたくない……。なぜ儂の側にはいつも不幸ばかりが訪れるのだ。あんな思いはもう二度と……」
じいちゃん博士は内ポケットから黒く硫化した銀の懐中時計を取り出した。蓋の裏には彼の孫である死んだリーンアリフの写真が入っていた。
『早く出ていきましょうよ』
出るタイミングを完全に逃した私は、闇の空間から外を覗いていた。
突然出ていったらじいちゃんは卒倒してぽっくり逝ってしまいそうだ。私の妙に感度が高い気がする嫌な予感レーダーがそう言ってるのでガチなのだろう。こんな時に発動する特殊能力っていったい……。
「隠れて出られるところへ行こう。もうちょっと左に寄れる?」
「りょ」
私の指示で、手を繋いだ漆黒幼女のノノンがすいすいと闇の中を泳ぐ。そして泣きそう顔でおろおろする侍女ルアの真下に来た。
生成り色のおぱんつ。脱色ではない自然な布のベージュ色だ。しかしそこはロングメイドスカートの中。拡散反射光は少なく、おぱんつはよく見えない。
つまり、隠れるには最適な場所だ。
私はおぱんつに向かって手を伸ばす。指が外との境界に触れると、指で押し出したにきびのようににゅるんと私の身体が外の世界に押し出された。
「ひゃあっ!?」
私が地面からすぽーんと出現したことにより、ルアのスカートが捲れ上がった。ついでにノノンもにょっこり現れて、ルアの太ももを挟んで満員スカートだ。
「よしバレてない」
「お嬢様っ!?」
『バレとるがな』
スカートの下から幼女二人はもぞもぞと這い出て、ささっとルアの背中に隠れた。
「何してらっしゃるんですかっ。みんな探してますよっ!」
「ちょっと出るタイミングを逃したの」
捜索始まっちゃってるんだよなあ。
「なんとかならない?」
「無理でしょっ。黒い子もまだ一緒にいたのですっ?」
「ノノン」
名前はいいから。
スカートをぱぱぱんと叩いていると、私の身体はルアに抱え上げられた。
「かくれんぼしていたお嬢様を見つけましたよーっ!」
まだ近くに残っていた研究員にはた迷惑な子供だという目で見られたが、私のせいじゃないし。漆黒幼女はぷいと顔を反らして知らん顔していた。こいつめ。お尻ぺんぺんしてやる。
じいちゃん博士は両手を広げて駆け寄ってきて、私を捕まえ頬ずりをした。くさい。
「おお、ララ。よう帰ってきた! お前を怖い目を見させたやつは必ず捕まえてやるからの!」
「それならこちらにいます」
ルアは逃げようとした漆黒幼女をすばやく捕まえた。黒魔力の沼に逃げそびれた幼女は抱えられぷらーんとしておる。
「こ、この子が?」
「そうですっ。もー、子どもだけで勝手に遠くに行ってはいけませんよっ!」
無表情な漆黒幼女はルアにお尻ぺしぺしされた。ざまあみろ。
「その程度で許せるものか! 儂の手で葬り去ってやるわ!」
「おちついて」
こういう時にカンバの精神魔法があれば便利なのに。カンバはおうちでパパとママの癒やし係になってしまった。
とりあえずじいちゃん博士の腕から、んにんにと抜け出して、なんとか怒りを抑える方法を考える。
んー、もう言っちゃうか。
「ところでリーンアリフは生きてるよ」
「ん? 何の話じゃ?」
「リーンアリフは生きてる」
「誰がじゃ?」
「じじの孫は生きてる」
「おお、ティティは生きてて良かったのう」
「私じゃなくて」
ついにボケたか。
「アリフが生きとる……?」
「うん」
「儂に手紙の一つも届いておらぬが」
「隠してるからね」
あれ? なんで隠してるんだっけ?
「はっ!? こんな耳のあるところで話してはいかん!」
むぎゅ。私の口が手で封じられた。誰も聞いてないと思うけどなぁ。
「それで、リーンアリフの所持品を持ってたのがその子」
私は、無表情でぷらーんとルアに抱きかかえられてる漆黒幼女を指差した。これ、伝える順番逆にしたらまあじいちゃん博士が早とちりして爆発しそうだからね。生きてるという情報を先に言わないといけなかった。
「つまり、どういうことじゃ?」
「森の中で死んだ泥棒から取り返して、私に届けてくれたみたい」
不思議幼女のノノンの行動を好意的解釈するとこうだ。まあ、森の中で殺したのは彼女の下僕だろうけど。
総合すると、漆黒幼女は敵ではあるが、私にとっては悪ではないということだ。
死兵グリオグラを使ってこの地域の村を破壊するようなことはしなかった。世界樹だって、本当に破壊しようとしたならば凶悪な魔物のゾンビを送り込んできたはずだ。
「世界樹は潰す」
私の思考を読んで、話をややこしくしないで?
「異教徒め! メイドから離れろ!」
ほら、いけすかお兄さんがいきり立ってしまった。また場が混乱してるよ。
「ふむ。どうやらこの子が儂らの敵なのは間違いないようじゃな。よかろう。彼女の目的はなんじゃ?」
知らんがな。
「目的……。ノノンたちの土地から汚れた魂を追い払う」
「それが儂らじゃと? この地はオーギュルト人の物じゃが?」
「違う」
漆黒幼女から黒い魔力が溢れ出た。いけすかお兄さんがルアの手を引いて抱き寄せた。おい! 私のハレム要員に手を出すな!
思わず私も魔力を吹き出してしまった。回転し膨れ上がる球状の黒い魔力と虹色の魔力がぶつかり合う。衝撃波でスカートがめくれ上がる。
「離れろ。汚れた魂ども」
「そうだ! 汚れた手を離せナスナス!」
お互いの主張は噛み合うことはなかった。お互いがそれぞれの正義を持っているからである。漆黒幼女は汚れた魂と呼ぶ私たちをこの地から追い出すため。私は自分のメイドさんをいけ好かない男から取り戻すため。
そして私の怒りはいけすかナスナスがルアの肩を抱きかかえた事によって頂点に達した。じょばあ。
「お前だけは許さん!」
「こんな力……どこから……」
荒れ狂う虹の魔力は、漆黒幼女の黒の魔力を包み込んだ。そして魔力は弾け飛ぶ。
爆発のような衝撃によって、漆黒幼女は吹き飛び、いけすかお兄さんの顔に尻から衝突した。いけすかお兄さんは顔面騎乗で地に倒れた。最後に立っていたのは、私とルアの二人だけだ。じいちゃん博士は腰を抜かしていた。
「ルアー!」
触られたところを消毒しなきゃ。ポアーネをルアの身体にぽむぽむ当ててきれいにする。この白い毛玉は浄化作用があるのだ。キッチンにあると便利。
『人を便利道具扱いしないでください』
私は幼女の尻に敷かれているいけすかお兄さんの側に立つ。
「私の勝ちだ。私の大事な者に勝手に触れるんじゃないぞ! わかったか!」
「むぅ。わかった。尻の下のは大事?」
「大事じゃないからちんこでも踏んどこ」
むぎゅ。
私はルアに後ろから抱きかかえられ、お尻をぺしぺしされた。なぜだ解せぬ……。




