114話:漆黒幼女
ねっとりとした視線が問わず私に付きまとう。黒フードだ。どうやら私は完全にロックオンされてしまったらしい。この世界に幼女性愛者は私くらいしかいないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。ぶるり。もうすぐ夏なのになんだか背中がひやりとする。
いやまあ、ロリコンとかではなくグリオグラを壊滅させた私に恨みでもあるのだろうけど。いやだなぁ。
私が立ち止まって後ろを振り返って見つめていると、侍女ルアが腰をかがめて私の顔を覗き込んだ。ぷるんと揺れる。ルアは大きくなったなぁ。背も胸も。おっさんになると時が経つのが早い。十二歳でまだ幼かったルアは気がつくと姉のリアにそっくりに成長していた。ぷるん。
私も負けていられない。もにゅにゅ。
「どうかなさいましたかっ?」
「ロアーネ体形にならないように今から豊胸しようかと」
『胸なんてただの重りですよ?』
無かった奴が何を言う。
いや待てよ。ロアーネは1000年以上の時代を憑依乗っ取りしていた疑惑がある。その中に巨乳だった頃があるのかもしれない。
いやなさそうだな。
「まだ付いてきているのか?」
私とルアがきゃっきゃしていると、いけすかお兄さんが間に挟まってきた。女子の会話の間に入り込むからいけすかなんだぞ。むっつりめ。
クール系美少女の私が無言でこくりと頷くと、いけすかお兄さんは再び探索の準備を始めた。この期間中の数日は毎日こうだ。どうせまた相手に逃げられ、またひょっこり戻って覗いてくるのだろう。
そう思っていたのだが、今日はいつもより私の脳内に入ってくる視界が鮮明で、なんだかすごく距離が近い気がする。
今は私は東ベイリアの村に滞在しているのだが、そこから肉眼で見える景色と、ウニ助が受信する精霊映像が一致する箇所がある。
「近くに……いる……」
少なくとも肉眼でそれがわかる距離。一キロメートルもあるかどうかだ。
「今度こそ捕まえてやりまっせ!」
おっさんみたいな口調になったスパイ侍女似非ロリおっさテーナはヤケクソ気味に拳を掲げた。いけすかお兄さんに引き釣り回されて壊れたようだ。近頃は技術者たちとやけ酒を飲んでる姿も……いや、彼女の目的は帝国の技術のようだから上手くすり寄っていると言うべきか?
「いや。黒フードの目的はきっと私。誘き出したほうが捕まえられる」
私は覗き見られてることを意識してミステリアス少女を演じた。体言止め美少女と敵の親玉との邂逅の相性は良いからな。
『ポンコツの間違いでは?』
ポアーネをもにゅもにゅ引き伸ばして、誘き出す方法を考える。油断した姿を見せれば寄ってくるだろうか。お腹出して寝てみるか? いやぽんぽんぺいんになってまうな。
『ルアに毛布かけ直されますよ』
それもそうだ。
やはりあれだな。飯で釣るか。お肉食べてる時にじっと見てくるし。
『そんなティアラ様じゃあるまいし……』
釣れた。
豚の丸焼きを用意して放置したら黒フードが罠にかかっていた。ロープが身体に巻きつけられて、木から吊るされてぷらーんとしている。
「捕まってるー!?」
『まさか同レベルとは……』
失礼な。私はここまでアホじゃないぞ。とりあえず枝でつんつこしたらぷるるんと反応した。
「おい。あまり近づくな」
いけすかお兄さんが私を下がらせ、黒フードのフードを剥いだ。
小柄な体形から現れたのは、光を吸い込むような黒髪ショートカットで銀色の瞳をした幼女だった。私の色違いかな?
『離れて!』
ロアーネがウニ助を通じて近くにいた全員に思念を送ったらしく、みんなは慌てて後ろへ飛び退いた。
瞬間。漆黒幼女から黒い魔力の渦が巻き起こる。幼女を吊るしていた木の葉は落ちて、外皮がぼろぼろと剥がれ、しおれていく。
え? めちゃくちゃやばそうなやつじゃん。
『まさか彼女は……!』
そういう思わせぶりなのはいいから。何? 何なの?
問答してる場合じゃなかった。丸焼きしてた豚が燃え上がり、近くにいたテーナに体当たりをした。テーナは「ぐえぇ!」とおっさんみたいな声を上げて、燃えながら地面に転がった。やばくね?
『やっちゃえゴリゴラム!』
セリフパクった私からさらにパクるな。しかし雑な命令によってゴリさんはその黄金色に輝く真鍮の身体を素早く動かし、燃えた豚を殴り飛ばす。よし!
しかしどうしよう。漆黒幼女が黒霧に包まれもはや姿は見えなくなっている。
「お、落ち着いて」
思わずそんな間の抜けた言葉をかけてしまった。だがすると黒霧はぬとーとタールのように地面に広がり、黒い魔力の暴風はおさまった。
「捕獲する!」
いけすかお兄さんの魔法の氷の檻が漆黒幼女を捕らえた。漆黒幼女は気にせずぼーっと突っ立ったままだ。
「……」
「……」
うーん。どうしよう。
あ、燃えテーナは無事だったようで、潰れた豚を再加熱していた。なんかさっきゾンビ化して動いてたけど食えるのかな……。
「なんの用?」
とりあえず理由を尋ねてみた。いつも「異教徒は殺せ」と騒がしいロアーネが静かな様子から察するに、おそらく漆黒幼女はペタンコだ。見た目からしてろりろりしいし。
黒フードの正体がいかれたおっさんとかだったりしたら本気で痛めつけようとか考えただろうが、幼女には手を出しづらい。イエス幼女ノータッチ!
「……」
しかし無口系ミステリアス幼女という私と属性被りをした漆黒幼女は問いに何も答えず、私に向かって手のひらを向けた。
「あぶないっ!」
私の前にルアが立ちふさがった。ルアは魔法の衝撃で吹き飛ばされごろごろと地面を転がった。
「ルア!」
「しまった!」
くそ、甘い顔をしていたら、私の大事なルアになんてことをするんだいけすかお兄さんめ! 私の前には氷の壁が築かれていた。ルアはいけすかお兄さんの魔法で吹き飛んだのであった。
「……」
何かしてくると思った漆黒幼女は無言で私に手を向けている。うーん。なんだこのドタバタな状況。
『何か手にしていますよ?』
薄い黒霧で見辛かったが、確かに漆黒幼女が差し出した手のひらに何か持っている。何か私に渡そうとしている?
あ、あれは……虹色の百合の花……!?
私がリルフィにプレゼントした髪飾りだ!
「なぜそれをお前が持っているッ!」
私の髪から魔力を放出する。一帯のタールのような黒い魔力を吹き飛ばし、薄い濃霧を消し飛ばした。私と漆黒幼女の間にあった氷の壁も、氷の檻も崩れ落ちる。
「……」
しかし漆黒幼女は答えない。
私はもう、ぶち込むことにした。
『待ってください』
ロアーネに寸止めされて、ぴゅるっとだけ魔力出た。それは虹色の百合の花に吸い込まれて光を放つ。漆黒幼女は慌ててそれを手から離し、驚いた猫のように逃げ出した。
「逃がすか!」
いけすかお兄さんがいかにも逃げられるフラグを立てて氷魔法の追い打ちをかけた。空から広範囲に雹が落ちてくる。
「やったか!?」
超低温による水蒸気の凍結、つまりドライアイスの煙のようなものが立ち込めていた。
そしてそれが晴れるとそこには足首にロープを巻き付かせて木の枝に逆さまに吊るされる漆黒幼女の姿があった。ぷらーん。
「捕まってるー!?」
『やはり同レベル……』
失礼な。私はここまでギャグ空間にしないって。




