112話:ぶっ殺す
一ヶ月の試運転を行い、ゴリゴラムは実戦テストが行われることになった。
相手は野良死兵グリオグラである。グリオグラの中でも魂が弱すぎる、または身体が欠損しているなどで兵として集団行動できずに取り残された者だ。彼らはふらりふらりと人里の生力に惹かれて村を襲うことがある。
野良グリオグラが二十体ほど観測されたとの情報が入り、私たちはゴリゴラムを乗せた軍用列車に乗り、世界樹の街からさらに北東へ向かった。
緯度が高く、まだ春なのになんだか薄暗い。黒い霧がぼんやりと陰を作っているせいもある。グリオグラは黒い霧を発生させ、死体から死兵を作るという。厄介なのはそれが人間だけとは限らないところだ。
「あれは、熊の死体?」
四トントラックを思わせる巨体が、腐臭を撒き散らしながら雪解けの泥の大地を闊歩していた。ぐずぐずの足がぐずぐずの大地にめり込ませながらぬちょりぬちょりと泥を引きずっている。あのサイズからして元は熊の魔物だろうか。
『ちょっと待ってください。いきなりあれと戦うのはおかしいですよね?』
ゴリゴラムの頭の上に鎮座している白毛玉のポアーネがぷるぷると震えた。
ゴリゴラムは結局、無人での活動はできなかった。一度は成功した感触はあったのだ。だが魂の残滓であるネコラルから生じた碧い霧を無理やり固めたところで、出来上がったのは空っぽの魂であった。その魂に共鳴したのはゴリゴラムの本体の中に残されたポアーネの魔力。
雑に言うと、ゴリゴラムは白痴化したロアーネみたいなものだった。
考えてほしい。そうでなくても生き物はみんな生まれたては生きるという本能しか持たないのだ。なので導く必要がある。
「人のグリオグラよりも熊のグリオグラの方が戦いがいがあるだろう」
「良い実践データが取れそうだ!」
いけすかお兄さんとじいちゃん博士は行かせる気満々であった。正直厳しい気がするんだが。
「いざとなったらお嬢様に任せればいいっすよ。じょばーとすればイチコロっすよね」
「お願いしますねっ!」
新合法ロリスパイテーナとぽわぽわ侍女ルアは私頼りであった。やっぱそれだけヤバそうな気配があるか。四本角大山羊級か。
「なあに最悪本体は壊れても構わん。コアさえ回収できれば良い。むしろ壊すつもりでやっとくれ」
『その時はロアーネが危険なんですけど?』
まあポアポアだから死なないでしょ。いや死ぬか。ポアポアって子どもが遊びで潰すような存在だった。RPGで言うならレベル1で倒せる雑魚だ。マスコット系キャラクターでグッズ化するような奴だ。
「死んだら私に乗り移っていいよ」
『言いましたね? いや、死んだら移れないんですけど? 魂移しの魔法は身体を枯らす必要があるので、身体死んでたら手遅れなんですけど?』
「そんなこと言われてもなぁ。まあ危なそうだったらいつでも撃てるようにしておくよ」
『絶対ですよ。ひよらずさっさと漏らしてくださいね?』
「言い方」
むしろあのゾンビ熊の姿を見てフライングお漏らしちびりそうなんですけど?
いつでも準備万端だ。
『いきます』
ゴリゴラムが立ち上がり、泥を跳ね上げ駆け出した。
ソンビ熊は聴力を失っているのか反応がない。体格差が何倍もあるゆえに、気にも止めない相手だと思っているのだろうか。
だがゴリゴラムは強い。
ゾンビ熊が払いのけようとした手のひらに、ゴリゴラムは光る拳を放つ。ゾンビ熊の手のひらの半分ほどがえぐれるように消滅した。
ロアーネの浄化の魔法だ。
「ぼぉうおうおうッ!!」
ゾンビ熊が喉を潰したかのような咆哮をし、両手を広げて立ち上がった。やっとゴリゴラムを敵として認識したようだ。だがそれはすでに遅すぎた。
ゴリゴラムはゾンビ熊の懐に入り込み、膝を蹴り飛ばした。ゾンビ熊の膝はぐにゃりと曲がり、巨体を支え切れなくなってバランスを崩した。
倒れ込むゾンビ熊に対しゴリゴラムは拳を一度振り上げるが、逆に身を引いた。ゴリゴラムのいた場所へ空からゾンビ鳥が急降下してきた。
やはり、いくら性能が高くても欠点がむき出しなのが辛そうだ。ポアーネは鳥についばまられただけで死ぬ。
『鳥の処理は任せます』
ロアーネの思念をみんなに伝えると、いけすかお兄さんは空から雹を降らした。
『ちょちょちょイタッ! 雑じゃわクソガキィ!』
雹はゴリゴラムにも当たり、思わずロアーネはロリババアが思念が漏れ出したのじゃ。
ロアーネはお怒りだが、雹はゾンビ鳥の群れの大半を泥に叩き落とした。落ちたゾンビ鳥はテーナの炎魔法で焼いていく。
ロアーネはすかさずゾンビ熊のもう片方の脚も折った。
「後ろから野牛が来てるっすよ!」
テーナの叫びに振り返ると、今度はゾンビ牛の群れの突撃が向かってきていた。北国のもこもこした毛があちこちハゲている野牛だ。
頼んだぞロアーネ!
待てよ。ゴリゴラムはゾンビ熊と戦闘中。
と、なると、しょうがない。
「ゾンビ牛は私がやる。新たな力見せてやろう! はーはっはは!」
私は両手を空に掲げた。私は調子に乗っていた。私だってかっこよく決めたいのである。漏らさないで。
「泥の精霊さん! ゾンビ牛を止めて!」
私は髪の毛を泥に浸し、辺り一帯に思念を送る。
泥の一部がぷるるんと揺らぎ、泥の上に波紋が起こる。
走り寄るゾンビ牛の群れにまで波紋が広がると、ゾンビ牛は突然足を泥に取られ、前につんのめって倒れた。次々とゾンビ牛は泥の中へ転んでいく。
「お嬢様すごーいっ!」
「ふふん」
私が得意気に胸を反らしていると、ゾンビ牛たちは起き上がり、再び駆けてきた。あわわわわ!
テーナが私の右腕をぐいと掴んだ。
「次は!?」
「えっと……」
ないけど……。
待てよ。テーナの炎の壁は地面が沼だから効果が薄い。いけすかお兄さんの氷の檻は全てを封じるだけの大きさはない。ロアーネは戦闘中だし、ルアはかわいい。
博士とスタッフは忙しくペンを動かしメモを取っていて、戦うつもりはなさそうだ。
あれ? やばくね?
「どうしよう……」
私の全力はいつだって高火力一点集中である。直線上のゾンビ牛の何頭かは屠れるだろうけど、全てを倒す範囲魔法はなかった。
泥の精霊にゾンビ牛を沈めるように頼めば良かった! もはやその余裕はない!
私の左腕がきゅっと握られた。
そしてルアの胸に押し付けられた。ぽにゅん。
「私を使ってくださいっ!」
え、いいの? 使うってそういう?
ルアの心臓の鼓動が私の左手に伝わる。その鼓動は早く、強くなっていく。
ルアの突き出した左手に魔力が集中する。
「だ、だめだよルア。そんな無茶したら死んじゃう」
「このままではみんなやられてしまいますっ」
ちょっとみんなルアを止めてよと、いけすかお兄さんの方を見たら、彼の手も異常な魔力が集まっていた。
「彼女の水魔法に合わせて俺が凍らせる」
「それじゃあ牛の頭はあたしが燃やすわ!」
テーナの手にも魔力が集まる。
ちょっとみんな? 待って。私がなんとかするから……。
「やれやれ若いのが無茶するでない」
三人はとつじょ後方へ吹き飛ばされ泥の中を転がった。
じ、じいちゃん博士?
「この程度でおろおろしおって。儂の孫ならしゃんとせんか!」
この程度って。じいちゃんなんとかできるの? おろおろ。
「大地よ 壁となれ」
じいちゃん博士が両手を振るうと、地面の泥が盛り上がり、壁ができあがった。
「ええかわけえの。全ての魔法の基本は壁じゃ。最近の学校では何を教えておる」
射出してましたけど……。
というか、泥の壁なんかで防げないでしょ? もう目の前に迫っていて、逃げられる距離ではない。もうだめだお終いだ。じょばぁ。
「鉄よ 茨となれ 阻め ぶっ殺す」
びくんっ。急にぶっ殺すとか言い出してびっくりした。
じいちゃん博士が詠唱を終えると、泥の壁が黒く硬質となり、棘を生やした。それはゾンビ牛の脚から身体へと絡め取り、殺した。
小さい頃に教育係に大事な言葉として教えられた「ぶっ殺す」の単語。そうか。魔法に使うものだったのか。
「立て軍人! 残り数頭くらいやれるじゃろう」
いけすかお兄さんは泥にまみれた顔を歪ませ博士を睨みつけ、しかし牛へと顔を戻し、氷の弾丸を発射した。それで終わりだ。
ルアとテーナは泥だらけになり顔を見合わせていた。
ゴリゴラムはというと、ちょうどフィニッシュブローを放ち、ゾンビ熊の巨体に大穴を開けたところだった。
『はぁ。ちょっと休憩します。やっぱ身体持ちませんってこれ』
とは言っても身体は白毛玉じゃん……。
「まだこれからじゃぞ。儂らの目的は野良死兵じゃからの」
あ、そうだった。ゾンビ動物はただの遭遇戦か……。まあたかが二十体程度のノーマルゾンビなら動物よりはるかに楽に倒せそうだけど。
待てよ。私は気づいてしまった。
私、結局何もしてない! 漏らし損だ! ぷるぷる。




