110話:ムダ毛
幼女になって良いことがある。それはムダ毛処理をしなくて良いことだ。
それはつまり私にはまだムダな毛が無いということなのであるが、陰毛なし派の私にとっては喜ばしいことである。陰毛撲滅派なので当然前世から全身つるつるにしていた。全身つるつるにするのは先進国なら当たり前なことなのである。
『またアホなことを考えてますね』
全身ムダ毛しかない白毛玉のポアーネが私の脳内にツッコミを入れてきた。魔法少女マスコットキャラくらい邪悪な存在になりつつある。私の身体を狙っているからな。
『ロアーネが助けたというのに……』
こうやって恩着せがましい毛玉である。その点ウニ助は侍女ルアにセクハラしかしないから良い。いや良くないが。ウニ助を服の中から取り出そうと身体をくねらせるルアがなんだかエッチなので良い。
話が逸れた。なんだったかな。
そう、私の成長の話である。
私はどうやら世界樹でパワーアップイベントを果たしたらしい。というより世界樹が私の身体を乗っ取ろうとしてきた時に魔力が注ぎ込まれたようだが。
一度私の魔力が吸われた時に私と世界樹が繋がった状態になったようだ。そして世界樹さんは全力で魂を集めた。その結果、死兵グリオグラも呼んでしまったようだ。おそらく、世界樹視線で見えた黒い影がリーダーで、世界樹さんはきっかけを作っただけで本当は悪くないのだろうけど……。
まあとにかく、なんやかんやで私の魔力は膨れ上がり、さらに成長が遅くなることが確定してしまったようだ。
私の虹色に輝く髪はキラッキラに光を放つようになり、自分の意思でそれなりに髪の毛を動かせるようになってしまった。長い髪の毛によくあるタイプの性能だな、うん。もっとも私はそれをテーブルの上のクッキーを取るのに使っていたりするのであるが。重いものはまだ持てないのでティーカップを持ち上げるのはまだ危険だ。
どうやら無数の魂たちが、私の髪の毛に宿ってしまったようだ。
「うーん……これはルアのお尻?」
「正解ですっ」
私は髪の毛の一部をルアに伸ばしテストをしていた。死んだ細胞であるはずの髪の毛に魂が入ることによって感覚を得ていた。次はスカートの中に髪を伸ばしてみる。うにょーん。さわさわ。これはテストだ。セクハラではないのである。
「やぁんっ。くすぐったいですよぉっ! もうっ! めっです!」
てへへ。叱られちゃった。
ルアの反応が楽しくてセクハラ……じゃなかったテストしているところもある。うん。どうやら傷つけないように動かすことができているな。良し。
「ウニちゃんも出てきてくださいよーっ」
ぬ。ウニ助はまだルアのお腹の中でもぞもぞしているのか。私が触手、じゃなかった髪の毛を伸ばして捕まえてみよう。うにゅーん。
「もーっ! 今度はなんですかーっ!」
いや違う。触るつもりはなかった。犯人はみんなそう言う。
私は言い訳できなくなる前にウニ助を捕まえて、ルアのメイド服の中から引っ張り出した。ウニ助は身体を震わせて不満気だ。エロウニめ。誰に似たんだか。
宿の二階の部屋の戸がノックされた。高めの位置で均等に三回のノック。いけすかお兄さんだろう。
ルアが衣類の乱れを直しながら戸を開けた。
いけすかお兄さんは顔を軽く紅潮させ上気したルアの様子を無視して私の側へやってきた。なんだつまらん。むっつりスケベが変な妄想をして慌てるところが見たかったのに。
いけすかお兄さんは白毛玉をむんずと掴まえた。
「これの力を借りたい」
いけすかお兄さんは白毛玉をロアーネと認めたくないようだ。しかし看板を立てて大々的に広めてしまったので、今では三分の一くらいの人が信じている。三分の一がまだ私をロアーネだと思っている派で、残りの三分の一はもう死んだよ派だ。そうに、いけすかお兄さんがさっき言っていた。
「どしたの?」
「世界樹はロアーネ様の魔法で救われたことになっている。教会からの監査にこれを突き出し納得させる」
『これ呼ばわりとは失礼な』
「ロアーネがこれ呼ばわりすんなって言ってる」
いけすかお兄さんは白毛玉を持ち直し、くるくると回した。目と口が小さすぎて、どこが正面かわからないようだ。
『目が回る!』
「ポアポアでも目が回るんだ……」
「失礼。俺には声が聞こえないのでどうしてもポアポアがロアーネ様だとは信じられんのです」
それで監査とやらを納得させられるとは思わんが、ポアーネはいけすかお兄さんに抱えられていった。
さて。
「それで、そこにいるのはどうするつもりだ?」
私は振り返った。そこには半透明の世界樹の精霊ちゃんが窓から身体を半分乗り出して、私たちのことをじっと見ていた。世界樹ちゃんはまだ私の身体を狙っているとしたら、ポアーネのいなくなった今を狙うだろう。だが彼女はぼーっとした様子できょろきょろしていた。私のクール系不思議ちゃんキャラと被るんじゃが?
「ちっ。勘の鋭いガキだ。俺に感づくとはな!」
窓の先、おっさんが庭木の枝の上の空間から突然ぬっと現れた。誰このおっさん。
「しかし、これで確信した。やはりお前が光翼のロアーネだな。大人しく付いてきて貰おうか。さもなくば……」
おっさんが格好良くナイフを取り出したが、私は光翼のロアーネの二つ名が気になって仕方がなかった。おっさんが色々と要求を突きつけて来たが、どうやって光翼いじりをしようか頭の中はいっぱいであった。
そのため、目の前に迫っていた危険に気づけなかった。おっさんはルアを人質に取るつもりらしい。
「えいっ!」
ルアはドライヤーの魔道具をおっさんに向けて起動した。激しい熱風が窓から侵入しようとしていたおっさんを襲う。おっさんは「あちゅあ!」と叫び、地面に落下した。その前に私は素早く髪の毛でおっさんの手にしていたナイフを奪い取った。
落ちたおっさんはなんとノーダメージであった。黒いコウモリのような翼を服の袖から生やし、おっさんの風魔法によって空中へ浮かび上がった。なにその技術。
「もう油断はし、あちゅあ!」
おっさんが火球の炎に包まれた。おっさんが風魔法で上昇気流を起こしていたせいで、炎はごおと激しく燃え上がる。火だるまになったおっさんは再び落下した。
下ではテーナちゃんが待ち構え、燃えるおっさんに木札を投げると、おっさんの身体は土で固められた。さらにテーナちゃんはおっさんの頬を蹴り飛ばし、口の中に布を丸めて詰め込んだ。
「あっ! 捕獲しましたよー!」
きゃっきゃと明るい感じに報告してきたが、私は一部始終を見ていたのだけど。魔術符を使ってるとこも見たんだけど。
ま、まあ、仕事したのだからとやかく言うことはないか。なんか突っつくのもやぶ蛇になりそうだし……。
世界樹ちゃんは騒動の間に部屋の中に入り込み、ウニ助と睨み合っていた。何してんだこいつら。精霊の考えることはわからん。
おっさんの元に衛兵が駆け寄り、おっさんに首輪をはめた。おっさんは土から掘り出されて連行されていった。なんだったんだろうあのおっさん。取り調べの結果が気になるな。襲われた被害者だけど関わるのもそれはそれで面倒そうだな。
そんな感じでうずうずしていたら、テーナちゃんが代わりに答えてくれた。
「あれはティックチン派の魔術師ですね。全く。お嬢様を勘違いで狙うなんて許せません! ぷんぷんっ」
いや、お前が言う?
もしや敵ではないと信じ込ませるための巧妙なティックチン派の自演……。にしても、魔術符を堂々と使っていたな。テーナちゃんが果てしなくぽんこつだとしたらありえるのかもしれないが。あるいは、私が魔術符を知らなかったら、テーナちゃんを味方だと信じたかもしれない。
だけどなぁ。ルアが「すごいですーっ」と褒め称えて照れてる姿は歳相応にも見えなくもない。ううむ。土埃で汚れたテーナはルアに脱がされていく……。
じー。
あ、腋毛!
「どうかなさいました?」
「テーナ。君は本当の歳は一体いくつなんだ」
「え? やだなぁ。お嬢様と同じ十歳ですよぉ」
十歳がそんな腋毛を生やすか!
いや、ありえるかもしれないが……、こいつはきっと違う!
「同じではない。私はそんな無駄な毛を生やしていない!」
「なっ!」
テーナはばっと両手で腋を隠した。
私の目の前で着替えたのは失敗だったな。
「やはり十歳設定は無理があったですか」
そもそも剃ろうよ。
「そうです。あたしは子どもではないです。本当はお嬢様の倍は生きてるですよ」
ふむ。本物の合法ロリだったか。え? 二十歳? サバ読みすぎじゃない? 私は驚愕した。
ルアはなんか普通に驚いていたけど。
「えっ、ではパンを盗んでいたのは……孤児の振りをしていたということですっ?」
「ええそうよ。まさかこんなことであたしの正体がバレるとはね!」
いや、元からバレてたけど。というか着替えで腕の魔術師の墨が丸見えなんだけど。
「へっ。どこからあたしがスパイだって気づいていたんすか?」
どこからだ。私はどこからツッコめばいいんだ……。




