11話:虹の花と呼ばれる慈悲深く思慮深い慎ましやかなお姫様がいるらしい
「素晴らしい洞察力ですお嬢様!」
ふふん。
タルト兄様誘拐事件の犯人はすぐに見つかり、問題解決した。
では解決編へと入ろうか。
まず、早期に誘拐と見抜き、その犯人を特定した、虹の花と呼ばれる慈悲深く思慮深い慎ましやかなお姫様がいるらしい。一体どこの誰だろう。きっと中身はおっさんではないはずだ。
気がついたら私が問題解決したことになっていた。
何をしたかというと、私は連絡にきたメイドさんに、ついでに庭師に花壇の百合の花について聞いてきてと頼んだだけだ。あとついでに誘拐じゃなかった時のために納屋で隠れんぼでもしてるんじゃないのと伝えた。
そう、出入りしていた庭師の一人が犯人であった。
ついでに古くからここでは百合が育てられているという情報が入った。これは誘拐とは関係ない。こんな事件中にちゃんと聞いてきた辺り律儀だ。
さて、問題は庭に入る庭師は当然のこと身元が明らかな者しかいない。うかつに見習いを連れてくるような者もいない。いっそ不埒な者の身代金目的とかの方が良かったかもしれない。誘拐を企てた者の主張はこうだ。「ティアラお嬢様こそ、この地オルバスタを統べるに相応しい」と。そのため彼は、タルトと私をくっつけようと画策していた。
これはややこしいことになってきたぞ。
庭師の爺さんは普段からタルトに声をかけ、「ティアラ様かわいいよね」と売り込み、恋心を目覚めさせようとしていたそうだ。そしてタルトから私についての話を聞き出していたそうな。
そういうわけで、元々タルトと庭師は親しかったのだ。最近は外で三人で遊ぶことも多く、話す機会が増えた。ついでに庭の隠れんぼの時に、タルトは庭師から私とシリアナの隠れ場所を聞き出すという不正をしていたことも発覚した。有罪……。
もちろん、タルトお付きの失神侍女もタルトと庭師の爺さんが親しくなっていることは知っていたので、まさかと疑っていなかったようだ。私が庭師に百合について言及したと、さらに納屋が怪しいと聞き、駆け込んだ先にいたのは、タルトと、刃物を手にした庭師の爺さん。失神侍女は「やりやがったなこのジジイ!」と殴りかかり、タルトは間に入ってそれを止めた。
……そもそも誘拐が誤解であった。誰だよ誘拐とか言い出したのは。
タルトは納屋で作庭の道具について爺さんに尋ねていたようだ。足りないものはないかとか、古くなり買い換えるものはないかとか。タルトがパパの代わりに自分なりに家のことで何かできることはないかと考えた結果であった。
でもね、隠れんぼからそのまま流れるように納屋に篭もるなんてするんじゃあない。大人目線で子供だからと言いたいところだが、今回は事が事だ。
私は合法ロリシスターのロアーネに頼み、タルトを部屋に連れてくるように頼んだ。彼女をメイドのように扱うのは気が引けたが、どうやらただのシスターではない彼女の権力を使わせて貰おう。侍女リアが呼んでも向こう側に断られるかもしれないが、家の中で奥方、最低でもメイド長並に力のあるロアーネの言うことならば、向こう側もにべにもなく断ることはできないだろう。
渋るロアーネを私との一晩添い寝権で釣り、タルトを部屋に呼びつけることに成功した。
なんで血の繋がりもない妹にまで呼び出されないといけないんだと言った様子のタルトは「次からは気をつける」とふてぶてしい態度で言った。
でも私は首を横に振り「次はない」と答える。
「タルトの侍女、んー、になる」
クビになるがわからなかったので、私は自分の首を手刀ですっと引いた。タルトはぎょっと目を見開いた。
「どうしてっ……!」
と、言われても、子供が悪くないのだから、悪いのは大人になるのだ。
「庭のじじーも、んー、なる。庭で遊べなくなりゅ。タルト、なんとかする」
賢いタルトは私の片言で理解してくれたようで、「わかった」と一言答えて部屋を出ていった。
私は侍女リアに、「助ける、むずかしい?」と尋ねると、「残念ながら」と言われてしまった。包み隠さない辺りかなり無理そうだ。
なので私は、私の分のビスケットを齧る合法ロリシスターをじっと見つめた。
彼女はお風呂で私の身体を洗う権利を求めてきた。え? なに? メイドになりたいの? いやそれとも……。こいつただの変態ロリコンシスターかもしれん……。
私はその権利に加えてさらに、私の秘密を教えてあげると約束した。
結局のところ、誰が悪いのかという話である。平民だったらタルトが拳固を食らって終わる話だ。
当事者であるタルトが「僕が全て悪いから、二人を許せ」と言っても、それだけではきっと済まない。少なくとも二人は家を出ていくだろう。
だからロアーネがエイジス教の教義的に誰も悪くないとお墨付きを出す。誰かが悪い、責任を取ることになった方が問題になる方向にする。ノーカン! ノーカン!
ロアーネにはそこまで考えを伝えなくても、察してくれるだろう。彼女はそれができる立場なのだから。
察してくれなかった。
そして謎の私への高評価と至る。
ロアーネが何を言ってどう解決したのかは知らないが、全て私がこのから騒ぎ事件を収めた話になっていた。むしろ誘拐とか言い出したのは私なのじゃが。マッチポンプになっちゃうのじゃが……。
庭師からも失神侍女からも、泣かれながら全く私の知らない感謝をされた。
奥方からの評価もうなぎのぼりし、「わたくし、大きくなったタルトとこの子を結婚させるんだ……」とか言い出したとか。震える。兄妹だし……というのは通じない。そもそも血の繋がりはないし、子供同士で結婚させるために養子にするなんて昔には良くある話だ。
だがそれはいけない。私とタルトでは年齢が合いすぎる。ゆえにダメだ。結婚とかなったらそういうあれとかそれになってしまうではないか! 私とパパなら年齢的な差で回避できたとしても、私とタルトが婚約なんて話は生々しすぎる! 震える。
タルトはタルトで庭師の爺さんからすでに洗脳教育済みで、私との結婚に本気になってしまっている。庭師のジジイめ! 余計なことをしよってからに!
私は周囲の同調圧力を、「私はパパと結婚するんだよ?」と小首を傾げて回避する。いっそロアーネと仲良くなって、女の子好きとなっても良い。女の子好きは事実だし。
私は報酬のお風呂での身体洗いの前に、ロアーネに秘密を打ち明けることにした。
「私、太陽の国にいたころ、男」
ロアーネは顔を微笑ませたまま、理解できないという風に固まった。
「ティアラ様は地上に降りられる前は男だったということですか?」
「いまも男」
「失礼いたします」
ロアーネは私のスカートをめくった。きゃーえっちー! やはり変態シスターであったか。
「ティアラ様は何か勘違いなされているようですが、正しく女性であられますよ。ご安心ください」
「むぅ」
そうか。心と身体の性別が違うとか、前世の二十一世紀でも理解してる人は多くなかった。かくいう私も話で聞いてそういうのもあるという知識だけで、性同一性障害がどういったものなのか知ってるとは言い難い。今の私の状態はまた別物だし。
「そのことを他の誰かに話されましたか?」
「ない。でもみんなわからない、私わかった」
ロアーネの反応からして、他のみんなにも理解されないだろう。
私だって逆の立場で告白されたらどう反応していいかわからない。
「ティアラ様が男だったとおっしゃられても、今は女の子なのですから、みんな変わりませんよ」
私はロアーネにそう言われて安心した。おっさんだとバレることが怖かったから。そして私は他のみんなには隠し続けることにした。みんながロアーネと同じとは信じられないから。これは私が悩むことであって、みんなを悩ませる問題ではないから。私が女の子であれば、誰も困らないのだ。
でも、これだけは言いたい。
「私、男。だからタルトと結婚いや。無理」
「それは……また難しい問題ですね……」
結局私はロアーネに身体を洗われたし、ベッドで抱き枕にされた。