108話:世界樹防衛戦
兵たちは世界樹を守っているのだろう。そして私たちは世界樹に向かっている。状況的には挟み撃ちだが、私も魔物だと思われているのでガンガン魔法が飛んでくる。
「うわちっ!」
私を目掛けて飛んできた炎の弾が目の前で弾けた。持ってて良かったお守り。私の前にバリアが張られて魔法を反射していく。
「おい! 亡霊に攻撃をするな! 跳ね返されるぞ!」
「グリオグラがぁ! グリオグラがぁ!」
「もう終わりだー!」
なんか世界樹防衛隊がやばそうな感じだぞ。そろそろ私が本気を出す頃合いか。
そんなこと考えていたら、隣のメイド魔術師テーナちゃんが私の手を離し、両手を広げた。
「エダウァルルーマス ソディララスエディッソ セルクライマ」
テーナちゃんは私の知らない言語で詠唱を始めた。もう完全に隠す気がないな?
私たちの前の地面を遮るように魔力の光が走り、地面から炎の壁が吹き出した。黒い霧の中で紅蓮の炎がゾンビーどもを襲う。腐った肉が焼け落ちて、残った骨は崩れ落ち灰となる。
フレイムウォールだ! かっけー! なにこの威力!
「え、なにこの威力……」
え、なんでテーナちゃん自身が驚いてるの?
『世界樹の近くは特別魔力が濃いからでしょう』
なるほどそういうサービスエリア。うっかり威力間違えて大変なことにもなりそうだけど。
フレイムウォールの炎が消えて、上昇気流で煙ごと黒い霧が空へ消え、目の前が晴れていく。兵たちがゾンビーに斧を振るい、その後ろで魔法使いがサポートしている姿が見えた。
向こうが見えたということは、向こうからもこちらが見えることだろう。これで同士討ちに怯えなくて済みそうだ。おーい!
「変な色の触手の魔物がいる!」
「メイドを従えてるぞ!」
「もうだめだぁー!」
いや、なんで?
どうやら私の髪が風でたなびいて、うねうねと舞い上がっていたようだ。触手じゃないよ!
侍女ルアが前に出て叫んだ。
「私たちは精霊姫一行ですっ! 人間? ですっ」
ルアは途中でちらりと私の方を見た。
人間だよ信じて!
私への攻撃が止まったのでどうやら信じてくれたようだ。その代わりルアの声でゾンビーたちが反応して、私たちの方へ振り向き「ゔあー」してきた。ゔあー!
まあじあるりしゅてあ! まあじあるりしゅてあ!
「抜けましょうっ!」
まあにゅにゅすてあ! まにゅにゅすてあ!
べしべしと周囲に魔力弾を飛ばしながらゾンビーたちを蹴散らして世界樹へ向かって走る。足元がぐちゃぐちゃ鳴って気持ち悪い。もうやだ帰りたい死にたい。
世界樹防衛隊までたどり着いたら、いけすかお兄さんが仁王立ちで立っていた。
「ナスナス何してるの? サボり?」
「貴女こそなぜここにいる。牢に居れば安全だったものを」
私を閉じ込めたまま置いていったのは一応優しさだったのか。ふん。許してやろう。
大人しくしてればゾンビーの腐臭まみれにならなかったのか……。失敗したな。もし旅装のブーツじゃなかったら足元がもっと悲惨なことになって泣いていたところだ。スカートの裾はもう状態に目を向けたくない様相だ。
「それでどんな状況?」
「見ての通り、際限が無く厳しい。その毛玉が本当にロアーネ様ならば協力を申し込みたい」
「だって」
ポアーネがブルブルと震えた。
『魔力使うと身体が縮むのでティアラ様がなんとかしてください』
わがままポアポアボディめ。小さくなるのは揉みごたえが無くなって困るのでしょうがない。
「身体が小さくなるから嫌だって」
「……」
疑わしい目で見るな。本当なんだぞ。
「私が代わりになんとかしろと言われたけど、どうすればいい?」
「どうもこうもない。ああ、翼ライオンを操れるのだったか。今はいないが」
「連れてくれば良かったね」
まさか急にこんなTD(防衛戦ゲーム)が始まるとは思わなかった。
そして博士が人造精霊でゴリゴラムを動かすような兵器を開発してるのも少し理解できた。アンデッド軍団と戦いたくないわ。きついわ。
黒い霧のせいで視界が悪く、どれだけの敵に囲まれているのかもわからない。延々を押し寄せてくる死体。身体は腐った肉にまみれ、腐臭が立ち込める中での終わりのわからない戦い。足元もぬかるみ疲労が蓄積する。気を抜けば一箇所から戦線が崩壊し、同士討ちも多発するようになる。
なんだここは。地獄か。
「もうちまちま戦うのやだ! 魔法ぶっぱする!」
スケルトンが目の前にぬっと迫ってきて、私の目の前で歯をカチンと鳴らした。ヒッ!
スケルトンはルアの水魔法で押し流されるも、私の太ももにもすでに水が流れていた。
じょばぁ……。
私の周りにキラキラが集まる。これは精体? いや精霊? 意思を持って私の周りをくるくると回っている。
なんだこれは? 私のパワーアップイベントか?
そして私の脳みそに何かカチリと繋がった感じがした。
私の感覚の中に、別の感覚が現れた。これは……髪? 髪の毛が何かを感じている。魔力か?
私の虹色の髪は魔力が垂れ流しになっている。そこへ精霊が絡みついているようだ。
『ももももももっ』
なんだこの声は。あ、ウニ助か。ウニ助が頭の上からぴょんと飛び跳ね、翼をぱたぱたさせて私の胸の中へ飛び込んだ。エロウニ!
ぷにぷにのウニのトゲが私の服の中を潜っていく。くすぐったい! あ、なんかだめな感覚がする。いやんらめぇ! そこは私の大事な敏感なところ! おへそだよぉ!
そして私のお腹に何かカチリと外された感じがした。
なんかあちこちで私の身体が改造されてる感じがする! 大丈夫? これ本当にただのパワーアップイベント?
「世界樹の輝きが!?」
「暗くなった!? どうなっている!?」
「また光ってる亡霊がいるぅ! もうだめだおしまいだぁ!」
世界樹の灯りが消えた……?
振り返ると闇が広がっていた。どうして……。
その代わりに私の周りが明るい。
『魔力集まりすぎてます! トルテネーレしてください! はやく!』
え、え?
「とにゅねてーれ!」
魔力の奔流が私の周囲に渦を巻き、霧散した。
黒い霧を吹き飛ばし、夕焼け空が広がる。
世界樹に攻め寄せていたゾンビーやスケルトンの死兵グリオグラは灰となり崩れ去った。空からは腐った鳥が墜ちてくる。
街に光が戻った。
世界樹は歓声に沸く兵士たちを見下ろす。世界樹ははるか先の山の上の影を見抜く。世界樹は精霊たちの光を感じる。頭の中が色んな声でやかましい。なんだこれ。なんの感覚だ。
助けてるあー!
「やりましたねっ! さすがお嬢様っ! すごいですっ!」
むにゅ。私の顔がやわらかいものに包まれて、私は正気を取り戻した。
「ふぅ。なんか世界樹に呑み込まれるところだった。ルアのおかげで助かった」
「ほんとですかっ!?」
『危ないところでしたね。ロアーネが阻止しました』
ロアーネなんかした? どう考えてもおっぱいのおかげでしょ。やはりおっぱいは世界を救う。キョヌウ派に鞍替えも辞さない。
『世界樹の精霊には、この身体はロアーネのものと主張しました』
いや、ロアーネのものでもないけど……。
私の身体を使って勝手に乗っ取り合戦しないで?




