107話:脱獄編
世界樹の中の古代遺跡に入れるかと思ったら檻に入っていた。そもそも古代遺跡とか私の妄想なだけだけど。
腕組みいけすかお兄さんに檻から出してもらわねば。
「私は無罪を主張する!」
「ロアーネ様なら少し話をすればすぐに解放されるだろう。ロアーネ様ならな」
「ふむ。あれ? ロアーネどこいった?」
頭の上の白毛玉がいなくなっている。百合の髪飾りは付いてるな。触ったら『なにかしらなにかしらー?』と声をかけてきたので小声で「なんでもない」と返しておいた。
「どこいったとは? 貴女がロアーネ様なのだろう?」
「ロアーネは私の帽子になっていた白毛玉だよ。じょじゅちゅトリックってやつさ」
「あのポアポアが? そんな馬鹿な」
私も馬鹿だと思う。
ロアーネは私に全力の魔力を撃たせて、その力を使ってぽぽたろうに記憶ごと魂を移したのだ。
「そういうわけで、檻から出して?」
「ポアポアがロアーネ様だなんて誰が信じるんだ。馬鹿馬鹿しい」
え? それじゃ檻から出られないの? くすん。
脱獄編始まる。皇太子が地下牢にやってきて、秘密の抜け穴を開けて「付いてこい」と誘われるゲームのオープニング展開まで待つか。部屋のどこかに穴ないかな穴。きょろきょろ。
私が壁を叩いて脱獄できそうな穴を探していると、兵士が駆けてきた。む、イベントか?
「アルダナスコ様。緊急です」
「なんだ?」
「死兵グリオグラの動きが確認されました。応援をお願いします」
「ち、こんな時に……」
いけすかお兄さんは兵士と共に去ってしまった。
え? 例のアンデッド軍団が攻めてくるの?
え? 私を置いていくの?
え? 一人はさみしいのじゃが?
「お嬢様っ!」
侍女ルアがウニ助の刺さったポアーネ抱えて駆けてきた!
良かった。寂しくて死んじゃうところだった。くすん。
「なんか魔物が攻めてくるみたいですっ! 早く逃げましょっ!」
「うむ。鍵で開けてくれ」
「鍵ですか? ありませんけど……」
な、なんじゃと……?
ああ、そういう。なんだ最初から鍵はかかってないオチかなーんだ。
がしゃん。がしゃがしゃ。
「開かないのじゃが?」
「あわわわわっ」
『そこにいたほうが安全じゃないですか?』
ふむ。ロアーネの言うとおりかも……。
いやいや、一人置いて行かれるのは嫌なんですけど!?
「助けてロアーネ!」
『しょうがないですね』
さすがはロアーネ頼りになる! 解錠魔法をよろしくおねがいします!
『そんなのないですが』
「え?」
ポアーネはルアのヘアピンをちっちゃな毛玉の口に咥えて、鍵穴をかちょかちょ始めた。な、何やってるんだこいつ……。
『ふむ。開きませんね。諦めましょう』
「それで開いたらこの錠のセキュリティが疑問だわ」
役に立たないポアポアーネめ!
遅れてテーナちゃんが現れた。
「あのー。まだですかルアさん。そろそろ逃げないと……」
「鍵が開かないのテーナちゃんっ! どうしようっ!」
どうしよう。こうなったらテーナちゃんのスパイ技術に期待するしかない。
「鍵はナスナスさんが持っていたはずですけど。彼はどこへ」
「置いて行かれたの」
「ああ、嫌がらせ……」
やはりそうか! あのいけすか!
「ちょっとそのヘアピンでかちゃかちゃして開けてよ」
「え、ええ……。無理じゃないですか?」
いや、スパイテーナの君ならできるはずだ!
かちんっ。
「あ、折れた」
「あわわわわっ!」
な、なんじゃと……?
鍵穴潰れた! ジ・エンド!
こうして私は生涯を留置所で暮らすことになった。完。
『諦めが早すぎる……』
「あ、あの、錠を破壊してみますか?」
できるのかスパテーナ! 私は信じていたぞ!
スパテーナが錠に触れて、むむむと、唸る。錠がぼんやりと黄色く輝く。
「がんばれ! がんばれ!」
「す、少し黙っていてもらえます? 集中したいので」
怒られちゃった……。
錠が加熱で真っ赤になり、テーナちゃんはそこへスカートの中から取り出したハンマーでぶっ叩いた。
最近のスパイメイドはハンマーを持ち歩いているらしい。ぶるり。
がんがんと熱せられた鉄から火花が起こるも、変形しただけで破壊にはいたらなかった。
もう少し何か……。
みんなが諦めかけたとき、ルアが「あっ」と声を上げた。
「どうしたルアっち」
「あのっ。これって脱獄になりませんかっ?」
なんだと……。すでに錠がひん曲がってるしいまさらだぞ……? このタイミングでそれ気にする?
『ロアーネの偽称。世界樹にお漏らし。さらに脱獄。十回くらい死刑ですね』
おま。おま……。
再生魔法がある世界でそういうのやめろよ。信じちゃうぞ。拷問だめぜったい。
『むっ? なんだかウニ助がやる気ですね?』
ポアーネの頭の上のウニ助が、うにうにとぷにぷにのトゲを錠に伸ばしていた。
ルアは首を傾げながらウニ助を錠に近づけると、ウニ助のトゲが鍵穴ににゅるりと入り込み、かちゃりと音を立てた。
「あ、開いた……」
「そのウニななななんですか!?」
何なんだろうね。とりあえずポアーネより賢くて役に立つのは確かだ。
『むっ。ウニ助はロアーネの意識を読み取ってトゲを動かしたのですよ。つまりロアーネの成果です。半端な熱量しか出せないティックチンの魔術師の方が役立たずです。よろしいですね?』
はいはい。
私は牢から出られたぞー! ぴょんぴょん。
「急ぎましょうっ! 何だかやばい感じなのですっ!」
「え? そんなに?」
テーナちゃんは両手を広げてぴょんこら跳ねて、「こーんなに沢山の骸骨が動いてました!」とぶりっ子した。
さっきまでの雰囲気と急に変えて……もしやこの子ただの少女の演技が下手くそでは?
「こーんなに?」
「はい。こーんなに、です!」
私たちは両手を広げてぴょんこらした。同い年の幼女としてこの戦いは負けられない。ぴょんこら。
「はーやーくーっ!」
いつもほわほわなルアが本気で焦っている。これはまじもんだ。
手を引かれて慌てて外へ出てみると、なんか暗い。暗かった。真っ暗だ。
「あれ? もう夜?」
「違いますっ! なんか黒い霧が覆っているのですよっ!」
わーお何その演出。クールじゃん。
ゲームやアニメならともかく、光が乏しくて周囲が見えん。これ乱戦とかなったらマジでやばいやつやんけ。
「手を離さないでくださいねっ!」
私はルアとテーナに挟まれて手を握られた。なんで私が真ん中なんだ?
ん。んん? くさっ! なんが腐臭がするぞ!?
「テーナちゃんおならした?」
「違います! 魔物ですよ!」
黒い霧の中から「うばぁーうぼー」と聞こえてくる。い、いるのかそこに?
テーナちゃんは手から炎の弾を出し、黒霧の中のゾンビ声に向かって射出した。炎の弾はぱあと人型に明るく燃え上がり、推定ゾンビは燃えた身体で手足を振り回しながら、どこかへ走り去ってしまった。
「ちっ。倒しきれねーですか。厄介っすね」
テーナちゃんの本性が大分お漏らししてるのはスルーして、私はこくりと頷いた。
私はルアの手をぎゅむぎゅむ握った。
「私、怖いのと臭いの嫌い!」
「そんなの好きな人いませんよっ」
ですよねー。
ロアーネ。なんとかならんのロアーネ!
『身体に臭いが付きそうですね……』
白毛玉の身体で気にすること? いや気になるな。めっちゃ臭いを吸収しそうな身体だし。悪臭ポアーネになったらどうしよう。捨てるか。
「明るい方へ行きましょうっ!」
黒い霧の中、ぼんやりと明かりが空へそびえ立っている。おそらく世界樹であろう。
私たちは世界樹へ向かう。だけどおかしいな。世界樹に向かっているのにゾンビが増えている気がするのじゃが?
もしかしてゾンビーズも世界樹に惹かれてやってきてるのか? 最悪な防衛戦じゃん!
「うわっち!」
ひゅんと石弾が私の頬をかすめて飛んでいった。
私たち人間! 人間です!
「ポアーネ光って!」
『少しだけですよ』
頭の上のポアーネの身体がぽわーと光り輝き辺りを照らした。
すると世界樹の方から「新たな敵か!?」「まさかカボチャランタンまで!?」と声が聞こえてきた。余計に誤解を与えてしまっている!
それなら人型に光るようにすればいいかな? 私も全身に魔力を回るようにして……むんっ!
「亡霊か!?」
「近づくな! 取り殺されるぞ!」
「ひぃ! もうだめだぁ!」
状況が悪化していく!