105話:百合の花の精霊
ちょっと待て。なんだその百合。
初夏の花がなぜ春に咲いている? ハウス栽培でもあるのか?
……いや、魔力だ。この世界は魔力があればめちゃくちゃ伸びる。そういう栽培があるのか? はっきりと花が意思を持ってるのはそのせいか!?
『その花瓶が声を遠くへ繋げる魔道具のようですね』
ネタバレロアーネが変なタイミングでネタバレしてくるし! それより今は百合の花が気になってるの!
私はテーナちゃんを呼び止めた。
「その花、どこから取ってきたの?」
「ルアさんが仕入れたって言ってました。庭が寂しいからって」
『運ばれてきちゃった。こっちは寒いわねー』
『怪しいですねその花』
百合の花とロアーネで頭混線するわ。ロアーネちょっと黙ってて!
ルアに聞いたらたしかに、庭先に花を付けた百合の花がどっさりしていた。
そして庭師がえっほえほと花壇と庭を整えていた。
「お嬢様も驚きましたっ? 庭が荒れてるって送ったら、すでに花を付けてる百合が届いたのですよっ」
そしてこの百合の花の出どころは、妖精の巣になっていた燃やした花畑の跡地だった。再び妖精の好む幻惑の花が咲かないように百合の球根を植えたとか。そしたら春先なのにめっちゃ伸びてきたと……。
「お花さんたちよろしくね」
庭に植えられていく百合に話しかけたらわさわさと花を揺らした。茎が折れそうで怖い!
『わーよろしくー』
『なんかこっちさむくない?』
『魔力もうすいよー』
花に精霊が宿るほどの環境だったようだからな。ただの花壇では不満なのだろう。
「私の魔力撒いてもいい?」
『ちょーだい』
『まいてー』
『いっぱいほしー』
『全力出さないならいいんじゃないですか?』
最後の思念がロアーネか。あ、全力はなしで?
というか、普通に花壇に魔力撒くとかできるのか。
『普通はできませんが』
あ、普通はできないのね。できそうなのに。魔法の水とか魔力豊富そうなのに。
んー。んー? 私は手のひらに魔力を込めて、畑に向かって「散らばれー」と意識してみた。魔力がシャワーのようにきらきらと花壇に降り注いだ。
『やわらかー』
『ぷにぷにー』
『もうないなったー』
待って。何その感想。私の魔力がぷにぷに? きらきらではなく?
もっともっととやかましい。
『この魔力育ったところの味がするー』
『おいしー』
『ぽわぽわー』
ぽわぽわはルアのイメージだと思うけど……。ルアが水魔法を撒いたからか?
『もうおしっこ撒いちゃえばいいんじゃないですか?』
汚いこと言うな。おしっこ撒いたら枯れるだろが。ぽぽたろうの身体になってアホになったのかこいつ。
『冗談はともかく、どうやら全ての花に意思を持つ精霊が宿っているようですね』
「そだね」
『これはそれだけの魂があったからなのです。あのジジイの研究は無意味とわかりますね?』
「どゆこと?」
『魂を土に還したじゃないですか』
あ、妖精虐殺のことか。妖精は性格がクソ悪いけど言語能力を持つ魔虫だった。その魂が土に還り、そこへ植えられた百合に宿った……?
え、じゃあこの花はクソ害虫の魂ってこと!?
『もちろん分解再生されているので別物になっていますけどね。ロアーネのような魂の移植とは違いますから』
「なるほ」
ゾンビが生前と違うのと同じようなものか。死兵グリオグラというべきか。
「じゃあ博士の研究は上手くいかないのね」
『魔力をいくら集めたところで魔力は魔力ですから。強い魔力には魂は惹かれるものですが』
「そうなの?」
『世界樹の話は知ってますよね?』
ああそうだっけ。教官おじいちゃんもそんなこと言ってたな。
この世界の世界樹は世界を支える世界樹ではなかった。これは世界の中心の木と昔言われて「世界樹!」と思っただけで実はちょっと違ったということだったのだけど。
「世界樹って世界樹って言う割には小さいよね」
「でかいぞ」
おう! 誰かと思ったらいけすかお兄さんが背後に立っていた。もう帰ってきたのか。
「私が知ってる世界樹はちっちゃいけど……でかいの?」
「ああ、でかい。世界樹が小さいとか口にするな。エイジス教の神官に折檻されるぞ」
ひっ。頭の上に乗ってるんだけど。
ポアーネは私を折檻しようとポアポアの小さい手足で私の頭をぷにぷにしていた。やわらか。
ルアがぴょこんと私たちの方へ振り返った。水魔法が降り掛かった。ぽわわっ!
「私、世界樹見に行きたいですっ!」
「わたしもー!」
私とルアが手を取ってぴょんぴょん跳ねた。
「そうだな……。精霊姫こっちへ来い」
『またねー』
なんやなんや? 私はいけすかお兄さんに屋敷の中へ連れ込まれた。
「やはり拾ったガキはスパイだ」
「知ってた」
その話はさっきやった。
「博士に飲ませようとしていた茶葉に意識剥奪の毒が入っていた。上手くいかなくてわざと転んでこぼしたのだろう」
「あ、それ調べてきてたの」
遊びに行ってたんじゃないのか。
「知っていたというなら何か考えがあるのだろう。どうするんだ?」
「ふむ……」
いけすかお兄さんの視線が痛い。どうしよう考えてなかった。
「世界樹観光へ連れて行こう」
翌日。私たちは旅行の支度をして駅へ向かった。
テーナちゃんを誘ったところ「家に残ります」と遠慮したけど半ば無理やり連れてきた。だって家に残したら博士の部屋を荒らしそうだし。スパイなのはもう知っているんだ。ぷにぷに幼女を甘くみたな。ふふん。
代わりににゃんこは置いてきた。留守の間を守ってもらおう。
今回は一般車両である。わーい! 四人でボックス席だ。私の隣はいけすかお兄さんだ。ちっ。
いつものネコラル列車で二時間ほどの旅。都会の電車は揺れが少ない。でも私の乗り物酔いは二時間でやすやすオーバーキルだ。隣のいけすかお兄さんは文庫本を読んでいて、私はそちらに目を向けられない。乗り物に乗っているときに活字を見た瞬間に数々の状態異常を起こすからだ。状態異常耐性くれ。
『むぅ。右手が邪魔ですね』
ポアーネは私の頭からぴょいんといけすかお兄さんの頭へ飛び乗った。こ、こいつ私を裏切った!?
いけすかお兄さんは頭の白毛玉をもにゅっと掴んだ。
「おい。何をする気だ」
「本が読みたいんだって」
「バカなことを言うな。何を企んでる」
何も企んでないけど。もー、いけすかお兄さんに睨まれてしまった。そしてポアーネを投げつけられた。
『説得してください』
もーめんどくさいなぁ。
「いいから頭に乗せて。さもなくば少女愛好者の噂を流す」
「……こいつッ!」
十歳の美少女お姫様と、十歳の異国のメイドと、十五歳の童顔おっぱいメイドを連れての小旅行だ。言い逃れは不可能だろう。ふふん。
そういうわけでポアーネをいけすかお兄さんの頭にセットして、腕を組んで目を瞑り無心となる。
ルアとテーナちゃんの話し声が気になるが、意識を飛ばすことは難しくない。
乗り物酔い回避はまず第一に視界を塞ぐことだ。本当は耳も塞げればいいのだが。
『ちょっとめくるペースが早いです。クレーム付けて下さい』
脳みそに直接響いてくるから意味がない。
『あらー? お話しましょうよー。眠るには早いよー?』
そして百合の花もやかましい。なにか精霊の研究の役に立つかなと切り花を髪飾りにして連れてきたのは失敗だった。
私は心を無にする。むむむむっ。
着いた先の本物の世界樹は本当に大きかった。でっけー。駅へ下りた瞬間に空高くそびえる姿が見えた。
ただなんというか、神秘性はそんなに……という感じであった。世界樹の周りが観光地化してる……。エルフの密林の奥にあったりするんじゃないんだ……。