104話:証明完了
泥棒魔術師少女の名前はテーナちゃん。十歳にして私より背が一回り高かった。私が小さいだけども言う。
私の方が小さいためにどうにも体裁が悪い。つま先をぷるぷるさせて背伸びをしても見上げる形となってしまう。
テーナちゃんにはひとまずお風呂に入ってもらった。服も泥で汚れていたのでルアの予備のメイド服を着せた。
「ふん。大豚に鎧(馬子にも衣装)だな。それで研究とはこの子どもに何をさせるつもりなんだ?」
いけすかお兄さんが腕を組んで、つま先立ちぷるぷるの私を見下ろす。
ふむ。それはだな……何も考えてなかったな……。
「もちろん人造精霊の研究」
私はクール系美少女お姫様。キリッ。なりきればなんとかごまかせるはずだ。
「魔術師は人造の魔法使いでしょ。人造精霊兵器を作る博士と通じる部分があるはず」
「なるほどな。魔術師も人造兵器とも言える」
いい流れだぞよし。
私はテーナちゃんに振り返った。
「人造精霊……?」
あ? これ漏らしていい話だっけ?
そしてテーナちゃんが家に来てから三日が経った。
博士は部屋と工場に篭もりっきりなのでテーナちゃんが敵国の魔術師ということはバレていない。誰が増えたとか減ったとか気にしないタイプなのだろう。だからこそスパイに入られたのだと思うが……。今はいけすかお兄さんがいるから大丈夫だろう。いけすかお兄さんはまだテーナちゃんを疑っていて、メイドとして働く彼女を冷たい視線で追っている。
「こんな真面目に働いてるのに、まだ疑ってるの?」
「だからこそだ。彼女は俺たちの信頼を得ようとしているように見える」
疑い深い奴だなぁ。それが仕事だから仕方ないけど。そりゃあ誰だって拾われた先での信頼を得ようとするだろうよ。
そんなテーナちゃん。ポットとカップをトレーに乗せて廊下をおろおろと歩いていた。
「どしたの?」
「あっはいお嬢様。博士にお茶をご用意したのですが」
「あー、あの人そういうのいいから」
博士は自分で置いたカップをうっかり落として「どうして運んできたんだ!」と怒り出すから。更年期障害だから。
かといってほっといて水分不足で枯れても困る。トイレの近くにワゴンを置いておくと勝手に飲むのだ。
「ではこちらはいかがいたしましょう……。南方の美味しいお茶なのですが」
テーナちゃんはちらっちらっといけすかお兄さんを見た。
ふむ。これはあれか。「いらないなら私が飲みたいけど、軍人さんに叱られるかな」って思ってるのか。
「それなら食堂で一緒に飲もうか! 私お茶請けのお菓子取ってくる!」
テーナちゃんと一緒にティータイム! 何がいいかなー。
焼き菓子があったっけ。ナッツの入ったパウンドケーキ。よしこれに決めた!
私は魔道冷蔵庫からパウンドケーキとお皿を取って、包丁で切り分けフォークを乗せた。よし!
「テーナちゃんお待た……っ!」
テーナちゃんが泣いてる!
そしてリナが慰めて、いけすかお兄さんが腕を組んで見下ろしていた。
私犯人わかった! こいつわるい軍人!
「なにしたの?」
「足がもつれて転んだんだ。茶葉と湯を床にぶちまけた」
あちゃー。カーペットにぐちゃぐちゃに散乱していた。これは泣く。
まあそういうこともあるよね。
「おいっ!」
ぬ?
テーブルにパウンドケーキを置こうと踏み出したら足元がつるっと滑った。こ、これはお茶を運んでいたトレー……!
「へぶちっ」
私は床にずべーんとなった。け、ケーキがぁ!
しかしケーキを乗せた皿は手にはなく、床にも転がっていなかった。
いけすかお兄さんが私の手から素早く救出していた!
「私の身体よりケーキを優先した……?」
「救うべき方を救っただけだ。ケーキを落とした方が痛いと考えるだろう?」
確かにそうだけど……。お菓子ロストの方が辛いけど……。納得いかぬ。
「ご、ごめんなさい! 私のせいでお嬢様にお怪我を!」
テーナちゃんがさらに身を丸めて小さくなってしまった。あわあわ。
ルアに片付けを任せて、元から屋敷にいたサラさんに代わりのお茶を入れて貰って、私とテーナちゃんは一緒にケーキを食べてお茶を飲んだ。
テーナちゃんはずっと恐縮したままだったけど、こういう失敗をした後こそ心に余裕を持つべきなのだ。
いけすかお兄さんはまだテーナちゃんを疑っているけれど、こんなかわいい少女が悪い子なはずがない! 無理やり魔術師にされたかわいそうな子なのだ! こんな子を疑うなんてかわいそう!
もし私が間違っていたらそうだな……博士の研究を真面目に手伝ってやろう。ゴリゴラムを動かす再現のためにポアーネを貸せとうるさいのだ。適当に理由をつけてだらりとしている。
「少し俺は出かけてくる。家で大人しくしていろ」
む、珍しい。いけすかお兄さんが一人で外出だと……。まあまだ若いし遊びたいこともあるだろう、うん。私も元おっさんだから、そういうあれもわかる。若くてぴちぴち美少女のルアが一緒にいるからな。むらむらしてしまうことも私だって多々ある。我慢できず一日五回は抱きつく。幼女の特権である。
さて。私は珍しく一人になってしまった。やはり人手不足を感じる。
『変だと思いませんか』
「何が?」
『少女にしては敬語と所作が良すぎます』
そうかな? リルフィだってあのくらいできるけど。まあリルフィは貴族だから……。ああそうか。孤児の魔術師がメイドの仕事ができていることがおかしいのか。
『初めて会った時も孤児にしては服がきれいすぎました。いえ、汚れてはいたのですが、わざと汚したかのような。ティアラ様はご存知でしょう。オルビリアでのスラムの子どもを』
ふむ。精霊カードの海賊版カードであるソーセージの精霊を作った四人組のことだな。汚れているというよりはボロ布が服の形をしているといった感じであったな。
つまり?
『彼女はティックチン派のスパイでしょう』
「まじか」
私の見る目はなさすぎたようだ。いやじゃ……博士の手伝いなぞしとうない……。
いやだがしかし、まだロアーネの妄想という可能性も……。
ポアーネの上に刺さってるウニ助のトゲがぴーんと伸びた。なんや?
『お待ち下さい……。今トイレでの密談を受信しました』
え? なにその特技。どんどん人外化してるじゃん。いや、人外なのだけども。
『侵入は成功した。計画とは違うが女中として拾われた。家主はアホなぷにぷに幼女だ。追って連絡する。以上』
……やっぱ適当なこと言ってないこいつ?
あんな儚げでおどおどした大人しい子が「アホなぷにぷに幼女」とか言うわけないじゃないか! どうせロアーネが話を作ってるんだろう! 吐け! 白状しろ!
むにょーん。私はポアーネを引き伸ばした。
『止めて下さい。一語一句そのまま伝えましたよ。自覚してください』
「百歩譲って本当だったとしても、アホなぷにぷに幼女と言われる云われがわからん……」
『本気ですか?』
テーナちゃんがスパイだとしたら、テーナちゃんの騙す技術がすごすぎるだけだ。騙されたぷにぷに幼女がアホなわけではない。証明完了。
「だけどどうしよう……」
『追い出せばいいんじゃないですか? ナスナスに言えば檻に放り込んでくれるでしょう』
「それだと私がただ気づかなかったアホみたいじゃん。なんとかして『知っててスパイをあえて家に入れた』ことにしたい」
『気づかなかったアホなのは事実ですが。というか、本当に無警戒だったのですか?』
いや最初から怪しいと思っていた。あんな内気な少女が白昼堂々とパン泥棒なんてするわけなかったんだ。きっと私の気を引くための行動だったのだ。まあそんなものに騙されないけどね。全部知ってた。
『ちなみに連絡を取ってたのはそのパン屋のようですね』
「ふむ。点と点が繋がったな」
『最初から線しか無かったと思いますが』
テーナちゃんが百合を挿した花瓶を手にし、きれいな歩き方で私の側に近寄り一礼した。
「お待たせいたしました。あの、どなたかと話されていたのですか?」
こっそり話していたのはお前だろ! 私はもう全部知っているんだからな!
だけどそんなことを思っていてもおくびにも出さない。私はクール系美少女だ。
「私はお花と話せるの」
そして不思議ちゃん系でもあるのだ。だがこのごまかし方は失敗だったようだ。よく見るとテーナちゃんの顔の微笑みが少し引きつっている。
『あらー? 私のことかしらー?』
え? 今のロアーネのギャグ? いや、ポアーネは頭の上でぷるぷる身体を揺らしている。
テーナちゃんの手にした花瓶の百合の花がゆらゆら揺れていた。
『ちょっとここは眩しいわー。日陰に連れて行ってちょうだいなー』
「日陰に置いてほしいって」
「あ、はい」
テーナちゃんの私への好感度がぐいぐい下がっていくのを感じる!
テーナちゃんが「失礼します」と下がった後ろ姿から『またねー』とお花の声が聞こえてきた。